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第四話 女囚と刑務官

第四話 女囚と刑務官


━━━━━━━━━━━━━


 宮殿の中庭。

 月明かりの下には、豪奢な石像や数々の植木。

 色とりどりに咲き乱れた草花。

 ムード溢れるロマンチックテイストの庭園になっている。


 その隅のほうの一角に、私と、一人の警護兵が佇んでいた。

 仏頂面の警護兵。

 その実態は、私を監視、管理する刑務所からの同行人。

 刑務官であるスヴィドリガイリョフだった。


「では聞きますが、壽賀子」

 夕食の宴もそこそこに、私たちは二人、顔を突き合わせる羽目になっていた。

「襲撃騒ぎの際、あなたはどうして無抵抗で逃亡したのですか?」

「え、ええ?そりゃあ、信者の子たちを怪我でもさせたら大変だし……騒ぎ起こしたら聖者様の評判にかかわるし……え、やり返してもよかったん?それとも、毅然とした態度でもって、ありがたい説教とか演説とかでその場を収めることが求められるん?何が正解なん?」

「自分で考えなさい」

 え、えええええ。


 さっきから、ずっとこんなかんじで尋問でも受けているかのようだ。

 スヴィドリガイリョフは、掌サイズの手帳のような筆記具に向かって何やらずっと書き連ねている。

 調書を取る、ってかんじか。


「普段の言動や態度、思考傾向、刑務作業への貢献度。これらに、ある程度の努力が認められればね。模範囚として減刑や恩赦に繋がり、仮釈放の道も近いのですがね」

「仮釈放……」

「あなたの刑期はざっと八十年てとこでしょう。寿命のうちに本釈放されて元の世界へ戻ることは不可能に近い。保護観察付きの仮釈放で、こちらの世界の一般国民として過ごすことが、今のあなたにとっては一番の安寧の生活になると思うのですがね」

「あー、まあ」


 あ、これ、パロールってやつ?

 パトロールじゃなくて、パロール。

 仮釈保の対象になったことを知らせてくれる吉報。パロール。

 仮釈放が近づくと、刑務官からたくさん書類が渡されるって聞いたぞ。仮釈放にふさわしい更生具合かを評価したり、調査してるわけだな。

 私はまだ、こっちの世界での読み書きが不自由だから、代筆してくれてるのだろうか。

 仮釈放申告票、就労希望調書、出所後の生活設計などの書類。

 とりあえず、反省してますという意が、伝わればいいらしい。


 Q:「罪について、今はどう思っていますか?」

 A: 政治家ども、為政者どもめが、許してやらん


 Q:「受刑中は、どのような生活を心掛けてきましたか?」

 A: いまだに恨み、憎み、呪い続けてるぜ


 Q: 「出所したら、どのような生活をするつもりですか?」

 A: 暴露本とか出してやろうか


「ふざけないでください」

「ああ、だめだ!反省なんかできねぇわ!再犯確実じゃねぇか!」

 なんとかうまいこと答え直して、書き直してもらったが、中間監査の結果は思っていたよりも評価が悪いようだった。


「壽賀子、あなたの場合はとてもじゃないですけど、減点が多く、加点も見込めない。このままではせっかくの仮釈放の道が閉ざされてしまいますよ」

「減点、って……」

「たとえば旅の道中、悪路や旅程の不満を口にして、聖者様を困らせたり。他の従者に雑事を押し付けて、供としての役割を怠っていたり。他国において、一人勝手な行動を取り、騒ぎを起こしかけていたり」

 ウワアー。

 それ、プロローグから第三話までの出来事ぉ。全部チェックしてるんかい……。

 監視怖い。


「ていうか、警護兵団って結構離れて歩いてるのに、よくわかるな」

「刑務官としての基本能力です」

 お、おう。

 視力や聴力が優れているってことかな。

 観察眼や、洞察力とかも。ヤッベェ奴。


 あー、疲れるー。

 私はちょうどいい高さの花壇を見つけると、その縁石の並びに腰掛けた。

 見上げると、綺麗な月が目に入る。


 何度か同じ形の月を見たから、そうだな、聖者様との旅も、けっこう長いんだなぁ。

 刑務所を出てから。


 私が知らなかっただけで、この刑務官スヴィドリガイリョフとも、同じだけの付き合いがあったってことなのか。

 スヴィドリガイリョフは、まさにお役人といった、愛想笑いひとつしない仏頂面で、私を睨んでいた。

 ずっと姿勢を崩さず、背筋をぴしっと保ち続けたまま。

 私が縁石に座って、背伸びなんかしてリラックスしていると、常に門番のように不動を貫く彼に見下ろされているわけで、とっても気まずい。

 こ、こえぇ。


「壽賀子、私が刑務官なのを知るのは警護兵団の団長だけです。他の者には黙っておくように。あまり二人きりで話し込むと怪しまれる。では、そろそろ失礼しますよ」

「あ、うん」

 スヴィドリガイリョフは、それだけ言い残して、庭園から足早に立ち去った。


 その後すぐに、入れ替わりに、グエンが姿を見せた。


 ああ、スヴィのやつ。あいつ、グエンが訪れるのを早々に察知し、それで退場したんか。

 なかなか端っこい動きするなぁ。


「どうした?何かあったか?あいつ、警護兵団の真面目そうな奴だろ」

 グエンもグエンで、しっかり目視していた。

「さっき、ちょっと街へ出た時、付いててもらったから、それで話してただけだよ」

「そうか、他のみんなは酔っ払ってるしな」


 グエンは言いながら、私の左隣へ腰を下ろす。

「街はどうだった?」

「うん、楽しかったよ。市場で着替えも買えたし、美味しい果実酢も飲んだ。町のみんなも親切にしてくれたよ」

「そうか、よかった。俺たちの世界がおまえに気に入ってもらえたのなら、俺も嬉しいよ」

 そこまで言い終えると、一息ついて、グエンはこう続けた。


「それで、何かあったのか」

「えぇ?」

「おまえが街の文句も言わずに、ただ褒めるだけなんて、普段と様子がちがいすぎるだろう」

「あ、あぁー」

 意外に、私の観察や分析とかしてるんだなぁ、こいつ。脳筋かと思いきや。


「いやぁ、やっぱ、路地にゴミが多いかな!市場の各露店にそれぞれゴミ箱設置すべきだな!あと、下水道の造りがイマイチ!見た目ばっかりキラキラピカピカゴージャスで観光や広報に金かけてるんだろうけど、それより基礎的なインフラを大事にすべきな!あと、市場には計算ができない客もけっこういたから、初等教育をもっと普及させたほうがいいだろうな!」

「………そうかよ。わかったよ」


 二人で花壇の縁石に並んで座り、月を見上げる。

 私の左隣に座ったグエンが、私の左手の上に、自らの指を重ねてきた。


「冷たい手だな。夜風で少し冷えたんじゃないか?中へ入るか?」

「大丈夫だよ。グエンがあったかすぎるんだろ」

 こいつ筋肉質だから、平熱高そうだしなぁ。


「綺麗な月だな」

 私たちはそのまま、しばらく空を見上げた。


 恋人同士なら、こうするのだろう。

 隣に座って、手を握ること。

 一緒に月を眺めたり、夜空を見上げて一緒の時間を過ごすこと。


 恋人のふり。

 それは、恋人のふりだった。


 しばらく、二人きりでゆっくり話す機会もなかなかなかった。


「グエン、あのさ。聖者様が、どうやら私たちの芝居に気づいてたらしいんだ」

 私はようやく、こんな恋人のふりには効き目がなく無意味だったことを、グエンに伝えることになる。


 作戦は失敗だった。

 聖者さまは全部、お見通しだったということ。


「ああ、そうみたいだな」

 グエンは静かに答えた。

「聖者様には、お芝居はすぐにバレるんだな。しゃーない、別に作戦を考えるか」


「……芝居じゃなきゃ、いいんじゃないか?」

「え?」

「恋人のふりではなく、本当の恋人になればいい」


 私の左手は、ぎゅうっと力強く、グエンの右手に掴まれていた。

「おまえさえよければ、俺は、本当に恋人になってもいいと思ってる」


「え、本気?」

「ああ、本気だ。俺は、おまえのことが好きになったみたいなんだ」


 い、いやいやいや。


「グエンは聖者様一筋だったのでは」

「俺のフューリィ様への敬愛は、恋愛感情とは全然ちがうだろう。まったくの別物だよ」

 そ、そうなのか。

「主従としての関係性を築けて誇りに思っているし、宗教家として誰よりも崇拝してやまない。自分にとって、フューリィ様はとても大切な存在だよ。だが、恋愛とは、まったく別物の感情なんだよ」

 グエンは、きっぱりと言い切った。


「俺が今、恋愛対象として意識してしまっているのは、気になって、目で追ってしまっているのは、おまえのほうなんだよ、壽賀子」

「……ほ、本気なのか?」

「本気だよ、好きだよ」

 私は、グエンのほうに顔を向けた。


「おまえは?俺のことをどう思ってる?」

 月明かりに照らされたグエン。

 その姿を見て、冗談ではなく真剣な眼差しであることがわかった。


 だが、私は。


「……ごめん、わからない」

 わからなかった。

 

「グエンがどうとかいう以前に、なんというか、恋愛そのものに対して、なぁ」

「なんだよ」

「うーん、私にできると思う?恋愛、恋人同士のやりとりとか、お芝居や演技ならともかく、本気のやつ……ピンとこないというか現実味がないというか」


 私は左手を引っ張って、グエンの右手から逃れた。

 グエンの顔が見れなくなった。

 立ち上がって、月を仰ぎ見ながら言葉を紡いだ。


「だって今まで、恋愛とは一切無縁の世界で生きてきたんだからな。急に、恋愛可能って言われても、そんな簡単に器用に切り替えはできないし、今までの価値観が変わったりはしないよ。私はきっと、このままずっと、恋愛なんかできないよ」


「できるよ、俺が、教えてやるから」

 グエンの声は優しく、とても穏やかだ。


 それなのに私は、臆病なだけなのかもしれない。

 未知の感情や関係性に対して。


「人を好きになるってこと、そういう感情、大切なことなんだ……おまえにも知ってほしい。とても素晴らしいことなんだ。愉しみにしていいんだ」

 とても、優しい響きだった。

「なあ、壽賀子……俺、待つからさ。ゆっくりでもいいんだ。焦らなくてもいいから……」


 そこまで聞き終えて、すぐに。

 足早に、庭園を、彼のもとを後にした。


 私は困惑していた。


 この世界の人間は、そんな簡単に恋愛ができるのか。

 素直に人の好意を受け入れることができるのか。

 頼りたい時には甘えて、優しくされて愛されて、そんな恩恵を受けられる境遇にいるのか。

 私は……。

 私も、できるのかな。

 人を好きになれるのかな。

 私にも、恋愛ができるのかな……。



 ━━━━━━━って、困る、一択!!


 だってしょうがないだろうが!

 そんなん、そんな感情、持て余す!


 どうしていいかわからない!!


 つづく!   ━━━━━━━━━━━━━

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