超即暖!使い捨てカイロの恐怖
「あ?何だこれ?」
ドラッグストアでの買い物を部屋で整理しているときに気付いた。
使い捨てカイロの30個入りを一箱買ったのだが、よく見るといつも買っているカイロと商品名もメーカーも違う。
商品名は『FAST』と書いてあった。ファスト……『即暖』ってことか?
箱の色やデザインが似ているので気付かず買ってしまった。
案外店の方でも間違えて置いてしまったのかもしれない。
「ま、どこのメーカーでもカイロの品質なんてそう変わらんだろ」
と、あまり気にすることもなかった。
翌日、俺は職場で一人残業をしていた。
俺の職場では定時で暖房を切ってしまうため、真冬の夜7時過ぎには風邪をひきそうになる程オフィスの室温が下がってしまう。
そうなる前にカイロをポケットにでも入れておけばいいのだが、俺の悪癖で、何かに集中すると他のことに無頓着になってしまうのだ。
そのため、今日も作業に夢中になって気が付けば身体が冷え切ってしまっていた。
「寒っ。あ~、今からでもカイロ使うか」
カバンを開けて前日購入したカイロを一つ手にとり、袋を開けて中身を取り出した。
「え!?」
びっくりして声が出る。即暖タイプとかいうカイロでも充分温まるまで30分は掛かるものを、ものの2~3秒でほぼ最高温と思われる温度に達してしまったのだ。
改めて袋を見ると『急激に高温に達しますので使用の際はご注意ください』との注意書きがあった。
似たような注意書きは見たことあるが、本当にここまで急激に温度が上昇するものは初めてだ。
これならカイロが温まるまでの時間を考えて予め封を切る必要もない。
思わぬ当たりを引いたもんだと喜んで、残業の続きに取り掛かったのだった。
……先に身体を冷やし過ぎたせいか体調不良になり早々に帰宅することになってしまったが。
◇◆◇
翌週の休日、俺は冬のキャンプ場で持参した折り畳み式のリクライニングチェアに座り、タブレットで動画を見ていた。
俺の仕事はシフト制なので、平日が休日になることも多い。その日も世間的には平日だったので、キャンプ場のその一帯を貸し切り状態で満喫していた。
季節が季節なのでフード付き防水防寒ツナギの防寒着を着用している。顎下でフードの紐を結んで寒風をシャットアウトし、同素材の手袋をはめているため顔だけが外気にさらされている。
まあ、ちょっと知り合いには見られたくない格好だ。
動画に夢中になってふと気づくと気温がかなり下がっている。焚き火台の炭もほとんど灰になっていた。
防寒着で寒風を防いでいるとはいえ、ここまで気温が下がればさすがに寒い。急いで焚き火台に炭を足した。
しかしそれでも寒いので例の超即暖カイロを一気に十数個袋から出した。
フード紐の結び目を解いて防寒着の襟元から背中側と腹側にそれぞれ数個ずつカイロを放り込んでまたフードを被り顎下で紐を結びなおす。
ツナギはウエストをベルトで締めているのでそこにカイロが留まっていた。
ついでに手袋の中にもカイロを入れて一息ついてると、早速カイロが温まってきた。
「いやあ、こういうときに便利だよな、これ。ほんと、こういうの欲しかったんだよ…………!?」
突然、吐き気と頭痛に襲われ、息切れがした。
何だ!?インフルエンザか?それにしても急すぎる。
立っていられなくなり膝立となる。
そのまま前のめりに倒れそうになり、前方に手をついて上体を支えた。
……何だ……以前経験したことがあるような……酸欠?……馬鹿な屋外で……!
『酸欠』の単語でふと気づく。
カイロが熱を発生するのはその素材が酸化する……つまり酸素と結びつくことで発熱する。
しかし俺の防寒着の中は外気を遮断しているので発熱するのに十分な酸素がない。
だが防寒着内のカイロは発熱している。
もしかして
「……俺の血中に溶けている酸素を取り込んでいるのか!?」
とにかくカイロを取り出さねばと思うが、その時にはもう細かい作業ができなくなっていた。
顎下の紐の結び目が解けない!……クソッ先にベルトを外しておけば……目が、もう……
助けを求めて無意識に前方に右腕を伸ばす。
「…………ギャアアアア!?」
伸ばした右腕が焚き火台の上に落ち、袖を焼いていた!
ショックで目が覚めた!熱により袖に開いた穴から空気が入り、酸素が補給されて俺の血中からの取り込みが鈍ったのか少し呼吸が楽になる。咄嗟に目に付いた調理用のナイフを左手に掴み、袖の穴から一気に防寒着を引き裂いて中のカイロを掻きだすようにして防寒着の外に出す。
助かった!
少し呼吸が落ち着いたところでスマホを出し、救急車を呼んだところで俺の意識は飛んだ。
◇◆◇
こうして俺は一命を取り留めた。
腕の火傷も後遺症なく完治する見込みとのことで一先ず安心した。
こうなった原因のカイロについてだが、いくつか気になることがあり、誰にも話してはいない。
まず、あの後、カイロを購入した店はもちろん、回れる限りのドラッグストアやコンビニを回ってみたのだが、どこにもそのカイロは売っていなかったのだ。
ネットでメーカー名を検索してみたりしたが出てこない。
それに、後でよく考えてみると、外気を通さない素材の防寒着だからといって中が完全に密封されるわけではないし、それで血中の酸素が取り込まれるはずもない。
そんなことが起きるんだったら、靴の中用のカイロなんて販売されてないだろう。
はじめてカイロを使用したとき、体調不良で帰宅した。
軽い吐き気と頭痛と息切れで。
思うにあれは周囲の酸素が不足してなくても使用者の血中から酸素を取り込んで積極的に使用者の命を奪いに行くようなものだったのではないだろうか。
今、俺の目の前には、あの日以来使用していないカイロの箱がある。
箱にプリントされた商品名は『FAST』(ファスト)だと思っていたが改めて見ると『FAUST』(ファウスト)だった。
悪魔に売った魂の対価として現世の栄華を得た男の名だ。
ひょっとしてこのカイロは俺の魂を得るつもりだった何者かが用意した対価だったのだろうか?
……俺の魂の対価、使い捨てカイロ30個分?
何かムカついた俺は残りのカイロごとその箱を燃えるゴミの袋に入れ、袋の口を固く結んでアパートのゴミステーションに突っ込んだ。