始まりし我が聖戦
「予定ではそろそろ到着するはずなんだがな…」
街外れの高台から,哨戒から戻った俺と親父は南の空を見つめていた。
予定では,別の街に潜伏していた解放戦線の一部隊とこの町で合流する手筈になっているのだ。
「そろそろじゃないか?……あっ」
南の空に,幾つかの黒い点を見つけた。どうやら来たようだ。
数分で俺たちの上空は無数の能力者たちで埋め尽くされていた。
「おっ!リクじゃないか!」
「おやっさんもいるぞ!」
俺たちを見つけるや否や,それらは一斉に高台付近へと降り立つ。
「久しぶりだな,リク」
「そっちこそ!…ってか,ここまでずっと飛んできたのか?」
「ああ。何時間も飛びっぱなしだったんだぜ?マジで疲れたよ」
「それはお疲れだな。だが生憎余りゆっくりしてる時間はないからな…奴らが来るのもそう遠くはないはずだ」
「解ってるさ…その為に俺らが来たんだろ?」
「ああ。お前らの力は親父が頼りにするほどだ,期待してるぜ」
こいつらは,飛行系能力者――生身の体で空を飛び回り,空中戦を行える生きた戦闘機のような存在だ。いくら俺たちが能力者だとは言え,空中から一方的に攻撃されては勝ち目はない。かと言って,制空権を取れるような物も存在しない。故に,彼らの存在は俺達にとって最も必須と言えるようなものだ。
彼らをキャンプへと案内し,俺は僅かばかりの休息へと入るのだった。
「戻ったぞ,ユナ…って」
「あら,おかえりなさい。彼らとも合流できたようね」
「ああ。…ところで,これは何の用意だ?」
木と布で建てた簡易な陣小屋の中に置かれた木箱を転用した机や椅子には不釣り合いにも見えるティーカップやポットを見つめながら,俺はそれを用意したであろう彼女にその理由を尋ねた。
「何って…貴方も疲れているようだし,少しお茶にしようと思ったのよ。いいでしょう?」
「…いいけどさ,何て言うかこう…危機感無いよなあお前」
「そうかしら?こういった危機的な局面でこそ,しっかり一度立ち止まって考え議論しなければ,見えるものも見えなくなるのよ」
「そうかもしれんが…立ち止まったが故に喰われないようにするんだな」
「理解ってるわ。…さ,座って。今後はちょっとゆっくりする時間も取れなくなるかも知れないわけだし」
彼女にそう促され,俺は硬い上にちょっと低い木箱の椅子に座る。座り心地は良くない。
「…はい,これ。少し前に手に入れた異国の珍しい紅茶よ」
「へー…なるほど,こりゃあ飲みやすいな」
「でしょ!…ところで,さっきの哨戒でなにか発見とかはあった?」
ユナの目が先程までのお茶会を楽しむ少女の目から一組織を率いる策略家の目へと変わる。
「特にこれと行った点はないが…強いて言うならば,ここの近くというわけではないが周辺上空を飛行している哨戒機が少し多かったり,実弾を積んだCOIN機(対地軽攻撃機)が飛んでたことぐらいかな」
「哨戒機が多いのは当然として…COINが多いのはまずいわね。アレって実質的に観測機でもあるから,可能性としてだけど既に歩兵部隊が展開している可能性もあるのよね…」
「そうなんだよな…。この町のすぐ近くではなくとも,近くまで1個大隊位の兵力は進出していてもおかしくない…仮に見つかってしまえば近くの駐屯地から増援を呼ばれる可能性もある。それに,もしCOINと連携されたら仮令1個大隊程度の戦力でも被害は少なからず出ることになるぞ」
敵のCOIN機――OV-10ブロンコ――は,観測機ながらも爆弾を最大1.6t懸架可能かつ,4丁の機銃も装備したかなり優秀な軽攻撃機だ。飛行系能力者達がいる状況とは言え,地上部隊と連携されたら分が悪いというのは明らか。戦闘はなるべく避けたい。
「そうね…最悪の場合も考えて,撤退も視野に入れないと…。でも,もし何処かの町へ後退した所でまた見つかって同じ状況になるのがオチよ?だったら,叩ける所で叩かないとダメだと思うわ」
「それは分かってる…だがまだだ。アレが完成するまでは大規模な反攻は避けるべきだ…大部隊に襲撃されなければな」
「そうね…分かったわ。一応,ここの防衛プランも見直さないとね…。そうね…一九三〇指揮所集合でいいかしら?」
「ああ…その時間なら大丈夫だ。今日中に侵攻される可能性は低いだろうしな。…んで?今日は何をご所望なんですか?」
「ふふ,分かってるのね。今日は…膝枕,お願いできるかしら?」
「分かった。…ほら」
あまりクッション性のないベットに腰掛けると,ユナはゆっくりと頭を下ろした。
「ありがと。…暫く,このままでいいかしら?」
「ああ。気が済むまでゆっくりしてていいさ」
そう答えてから暫くも経たない内に彼女はすうすうと寝息を立てて眠ったのだった。
「一九〇三,独立第1遊撃大隊長リク,入ります」
「入れ。…よし,これで全員揃ったな」
俺は親父――今は指揮官殿だが――に敬礼をし,地図の広げられた机の脇にある椅子に腰掛ける。地図上には既にこちらの築いた土嚢壁などの防衛線が置かれ,部隊配置も大まかに決められていた。
「よし…じゃあ作戦会議を始めるぞ。…まずは地図を見てくれ」
俺やユナ,リョウなどの各大隊長・連隊長や参謀ら,ここにいる全員の視線が机上の地図へと集中する。
「まずは町の外の防衛線だ。北方の街道沿いの高台に,数日前に完成した野戦陣地がある。ここには独立第2砲兵大隊を配置して街道を進む敵に打撃を与える。ここはある程度打撃を与えたら撤退して構わない」
「次に町の外郭部分での防衛配置だが,北方は第2歩兵連隊に高射連隊第1高射大隊・第2高射中隊を配置。西方は崖になっていて比較的要害性が高いため第1高射大隊・第1高射中隊と独立第1砲兵大隊・第2砲兵中隊のみを配置。東方は敵の主力が侵攻する可能性が最も高くなる場所だ,第1歩兵連隊と歩兵・工兵混成部隊の混成戦闘連隊を主軸に独立第1砲兵大隊・第1砲兵中隊,第1工兵連隊を配置して全力防御を行う。南方は退路も兼ねているので第1本部中隊を配置。基本配置は以上だ」
混成戦闘連隊は,行く先々の都市でそこに潜伏していた能力者たちを纏めて臨時で設置した部隊のことで,この町も住人の多くが潜伏能力者のため特設戦闘要員として同部隊を編成・運用しているというわけだ。この仕組みにより,ある程度損害を被っても適度補充ができ転戦を可能としているのだ。
「…あと,遊撃部隊だが…独立第2遊撃大隊は戦力温存のため司令部守備,第1大隊は…偵察部隊に随伴して前進部隊になってもらおうか」
俺の独立第1遊撃大隊や同第2大隊は,戦闘要員の能力者の中でも一際強力な能力を持った強者が集められた部隊で,大隊と言いながらも定数はたったの12人(各小隊3人×4個)だ。それだけ1個人の力が強いということだが,貴重な戦力故部隊としてまとまって行動することは少ない。
「んで偵察部隊だが…偵察連隊の内,第1偵察中隊は遊撃1大隊と伴に町東方に,第2偵察中隊は北方に展開だ」
「なるほど…作戦の概要はわかった。だが一ついいかね,ジュンイチ?」
偵察1中隊長で解放戦線結成当初からのメンバーであるアキトが尋ねた。
「なんだい?作戦に不満でも?」
「いや…不満というわけではないが,前進偵察が少しばかり不安でね…。戦力的には問題ないのだろうけど,遊撃大隊の彼らだけでは対処できない数の敵や,それこそ機甲師団などの一斉突撃をされたら相応の被害は目に見えているのでね」
「うーん…確かに偵察中隊の戦力では相手にするのは厳しいし,遊撃大隊はたった12人,個別戦闘となれば護衛は難しいが……そのときは撤退も止む終えないだろうし,許可する」
「…了解した。引き際はこちらで判断させてもらうぞ?」
「ああ,構わない。最小限の犠牲で,できる限りの情報を持ってきてもらえれば十分だ」
偵察連隊は,名前こそ”連隊”と名乗っているが所属する2個偵察大隊の定数は少なく,それなのにも関わらず戦闘においては欠かすことの出来ない存在の為できる限り犠牲は避けねばならない。俺たち遊撃大隊を付けたのもそういった理由からだろう。
「他に質問等はないか?なければこの構成のまま作戦の詳細を決定していくんだが」
声を上げる者はない。あくまで俺の個人的な意見だが,親父たちの考案した配置は合理的かつ隙のない配置になっているので,各部隊を担う彼らからしても指摘するところは然程無いのであろう。
それから数時間。町の防衛プランは大方完成し,各部隊では装備品の生成・整備などを始めていて万全の状態で戦闘へと臨めるよう夜通しで準備を行っていた。俺も,偵察1中隊の隊員たちと前進時の行動を話し合った。
一応作戦の目的はここからかなり遠いところにある地方都市への退却であるので,敵にある程度損害を与えられれば十分なのだが…ここですべて殲滅すると言わんばかりの雰囲気だ。まあ,士気が高いことに問題はないが…。
準備を始めてから,1週間ほどが経過した。
対空・対地ともにほぼ万全と言える状態までになり,更に防衛力を強化するため町の外にも塹壕や遮蔽物を構築するまでに至っていた。日に日に高まる緊張感も,そろそろ切れそうになった日だった。
«[戦闘1日目/明朝]天気:晴/微風 場所:戦闘指揮所»
まだ完全に日が昇りきらない明け方。町の中心部にある戦闘指揮所は慌ただしい雰囲気に包まれていた。
どうも,数刻前に町東方・15kmほど離れた森林地帯で敵の偵察部隊を発見,多数の指揮車輌が見られたため侵攻は近いと判断,戦闘準備が発令されたようだった。
まだ眠気も醒めない頭を叩き起こして戦闘指揮所へと向かう。慌ただしく走り回る各隊の兵士たちを横目に,俺は指揮所本部の幕舎へと入った。
「独立第1遊撃大隊長リク,入ります。…親父!状況は!?どうなってるんだ!?」
「リクか…どうやらな,既に東方の森林地帯には砲兵部隊が展開を始めていて,北方にも少数ながら機甲部隊や歩兵部隊の展開が見られる」
「クソッ…偵察は!?確か今は偵2中隊が遠距離偵察をしているはずだが――」
「ああ。だが彼らが能力を使える時間も尽きてしまってな。それに,偵察精度も前進偵察に比べれば高くはない」
「つまり――偵1中隊を出すってことだな」
「そういうことだ。って訳で,頼んだぞ?リク」
「了解だ。ある程度偵察できたら戻ってくるからな」
そう言い残して,俺は幕舎を出た。
一度寝泊まりしている兵舎に戻り,暗緑色と黒で構成された都市迷彩の戦闘用ジャケットを着込んで,右腰の拳銃嚢にリョウに作ってもらった拳銃を入れ,補助兵装に突撃騎兵銃持つ。いくら能力で戦えようとも,俺の能力――”剣”を扱う能力――は超近接戦闘特化型で,それ以外の射程ではどうしても射撃武器が必要になってしまうのだ。そのため,リョウに作ってもらった兵装たちを用いてるって訳だ。
一通り装備を揃え,兵舎を出た俺は駆け足で偵察連隊本部小隊の駐在する,戦闘指揮所隣の幕舎に入った。
「独立第1遊撃大隊長リク,入ります」
「よし。…全員揃ったな。これより第1偵察中隊・独立第1遊撃大隊による前進偵察を行う!作戦は事前の説明から変更はない。各員装備を確認後,〇五〇〇出撃である!」
「「「了!」」」
«[戦闘1日目/早朝]天気:霧/微風 場所:町東方・平原»
「敵は…まだ見つからないか」
朝露に濡れた腰丈の草が生い茂る平原を進む俺たち。僅かだが霧で視界が狭くなり,警戒に警戒を重ねつつ前進を始めて早1時間が経った。日が正面からさして少しばかり暑いような気もするが,それよりも両手を濡らす朝露の方に鬱陶しさが回るため気にはならなかった。いくら服が防水とは言え,手袋の隙間から入ってくる水は防げない。全く不快極まりないが我慢するしか無いのだ。
偵察隊も全員が偵察向きな遠視・特殊視系能力者というわけではなく,基地にて指揮管制を行う本部小隊との連絡役である通信系能力者や,迅速な偵察を行うための各種偵察車輌を生成・運用する車輌系能力者などの部隊補助に当たる能力者も多く随伴している。その為偵察員・通信員などは装甲によって守られた車輌に乗り安全に移動できる。しかし,部隊全員を乗せてしまうと警戒態勢の低下が起こりうるかも知れないため,また車輌の被撃破等により人員の一挙喪失を避けるため,俺達のような護衛員は徒歩での移動だ。因みに,偵察員らが乗る車輌の移動速度はかなり遅いので徒歩でも余り問題なく追従できる。
更に数十分ほど進むと,二号車の偵察員が何かを見つけたらしく通信を行ってきた。
「こちら二号車,北東方面・隊列中央から見て一〇時の方向,敵車輌と思われる熱源を複数確認」
「こちら一号車了解した。リク,お前たちで確認できるか?」
「こちらリク,了解。熱源の確認を行う」
そう言い走り出そうとしたその時。
「…ッ!?伏せろッ!!」
得も知れぬ予感に襲われ,咄嗟に理解する理解と同時に声を上げるが,それが完全に伝わりきるよりも早く高速度の運動体が空気を切り裂き目の前に迫った。
キィィン!と甲高い音を立てながら,そのエネルギー体は真っ二つに分かれて飛び去る。ほぼ感覚で斬ったのだが,こうして思考を巡らせていられるということはどうやら寸分狂わず当たったようだ。
「リク!砲撃されているぞ!?」
「分かってる!防護中隊は防壁を展開ッ!支援中隊,砲座を展開し各個応戦ッ!攻撃中隊はハジメを残して全員俺と来いッ!!」
「リク!俺はここの護衛ってことか!?」
「ああ。お前のその槍なら部隊全部をカバーすることだって容易だろ?頼んだぞハジメ!」
「了解だ!お前も死ぬなよ,リク!」
「ああ!それじゃ行ってくるッ!」
持てる力を右足に集中し,全力で地を蹴る。迫りくる弾丸を紙一重で躱しつつ,着実に敵との距離を詰める。
「へっ!…たかが一個偵察隊に大隊レベルで機甲部隊を投入するとはな…一両残らず切り刻んでやるッ!」
「どれだけ火力があろうと,接近されちゃえば何の効果も為さないな!ええ?」
振り下ろした剣が,敵戦車の砲身をいとも容易く斬り裂いた。続け様にRWS,CITVを袈裟斬りにし,弾薬庫からエンジンルームを斬り裂くと忽ち炎上し,十数秒で爆散した。
「複合装甲と言えども能力の前には無力,か」
「リク!後方から狙われているぞッ!?」
「何ッ!?クソッ!!」
乾いた音を響かせて弾丸を放つ車載機銃は,その銃口を俺に指向していた。コンマ一秒,地を蹴って本当に紙一重でそれを躱し,一気に距離を詰め銃手ごと真っ二つに。
「リクっ!聞こえるか!?更にもう一隊現れやがったぞ!?」
「何だと!?くッ…どうするアキト!?」
「このままでは戦線が崩壊してしまう…でも,偵察はまだ…」
俺たちが遭遇したのは恐らくだが敵のパトロール部隊か何かだ。警戒位置や装備が分かるのはいいが,今回の偵察の成果の情報のにするには余り価値は高いとは言えない。アキトもそれを気にしているのだろう。
「なにか策は…クソッ」
「アキト!一旦偵察部隊を下げてくれ!その間の戦線は俺たちが維持する。その隙に偵察を敢行してくれッ!」
「…分かった。偵察隊は後退!下がるんだ!」
「よし…んじゃあ後は,俺たちの番だぜ…!」
各々が,自らの武器を用いて敵を翻弄・蹂躙していく。偵察が終わるまでに,今戦っている敵だけなら倒せる…。そう思い剣を振るっていた時だった。一瞬空間が圧縮されたような激しい轟音が,真後ろ――町の方から聞こえてきたのは―――。
なんかモチベ消失したんで続き投稿辞めます
また作りたくなったらいつか再開するかも