夏の魔法
抜群にかわいい僕の幼馴染。
容姿端麗、学業優秀、スポーツ万能、おまけにお金持ちときた。
当然人気が出ないはずはなく、彼女の周りにはいつも誰かがいる。
「はあ……」
それに比べて、僕は容姿平凡、学業不振、運動音痴、一般家庭……駄目だ……何一つ釣り合うものがない。
そんなことを意識し始めたせいだろうか。中学を卒業するころにはすっかり距離が出来てしまっていた。
ずっと一緒に帰っていたのに、今では話す機会も数えるほど。
もうすぐ夏祭りがある。
もちろん誘いたいけど勇気が出ない。年上の彼氏がいるって聞いたこともある。
じっと左手首を見つめる。
怪しい露天商のおじさんから買った夏の魔法リング。
夏の間好きな子との間に幸運が訪れるという胡散臭いものを買ってしまった。
そうだよ、僕は他力本願に頼るしかない臆病者で情けない男だ。
「……さっきから何ぶつぶつ言ってるんだ?」
「うひゃあっ!?」
その本人から話しかけられて変な声が出る。
「ぷっ、うひゃあっって、お前はアニメキャラか!!」
肩を震わせながら背中をバンバン叩く君。
そう……君は何も変わっていない。変わってしまったのは僕の方。わかってはいるんだ。これじゃあ駄目だって。
怪しいリングの力できっかけをもらっても、自分から言い出すことすらできない。
「あのさ、今度の夏祭り、予定空いてる?」
「……へ?」
……あの、何かの聞き間違い?
「だから夏祭り行かねえかって聞いてんの!!」
「う、うん、行く!! 絶対行くから!! 何があっても這ってでも行くから!!」
「お、おおう……ま、まああんまり無理すんなよ?」
しまった……あんまり嬉しくて変なテンションに。
「あ、でも彼氏いるんじゃなかったっけ?」
「ん? ああ……そのことか」
急に表情を曇らせる君。ああ……何てこと聞いてんだよバカ。
「ご、ごめん……変なこと言って」
変な雰囲気のまま祭り当日に。
「うわあ……可愛い」
「お、お前いきなり何言ってんだよ!!」
浴衣姿の君が夏の天使過ぎて思わず口に出してしまった。
「……嘘だよ、嘘」
「……え?」
「勉強教えてもらっている従兄だよ。彼氏なんかじゃない」
面倒くさそうに頭を掻く。
勝手に噂を広められて迷惑しているらしいけど否定しているところを見たことがない。
「しょっちゅう告られて迷惑しているんだよ。こっちは間に合っているってのに」
間に合っている……何気ない言葉に胸がキュッと冷える。
「……なに辛気臭い顔してんだよ? やっぱり誘ったの迷惑だったか?」
「う、ううん、迷惑じゃない、昨日楽しみすぎてあまり眠れなかったから……」
「はは、遠足前の小学生かよ!?」
「いや~楽しかったな!!」
まるで小学生時代に戻ったように楽しかった。すっかり暗くなった夜道。混雑を避けて早めに会場を離れる。
花火を奇麗に観れる秘密の場所に二人で腰を下ろす。
「私さ、高校卒業したら東京の大学に行くことになってるんだ」
花火なんかよりも君の横顔から目が離せない。
「……そ、そうなんだ」
こんなに近くにいるはずの君が遠い。
「お前はどうするんだよ、大学」
「地元の県立大学にしようかと……」
「はあ? なんでだよ、お前なら国立大狙えるだろ? ずっと私より成績よかったじゃねえか」
たしかに本命は地元の国立大だけどずっとスランプが続いている。原因ははっきりしているけど。
「……わかった、私と一緒に勉強するか? 昔みたいに」
「……なんでだよ」
「ん?」
「なんで僕なんかにそんなに構ってくれるんだよ? 君と違って僕は容姿も平凡だし、運動だって駄目、東京に行く経済力だってない」
なんでこんなことを言ってしまうのだろう。
「……なんだ、やっぱりそんなことを気にしていたのか」
「そ、そんなことって、大事なことだろ? 結局君は東京へ行ってしまう。僕にはどうにもできない」
ずっと幼馴染ではいられない。
「だったら……全部変えてよ」
「……え?」
「欲しいものがあるなら離さなければいい。気持ちまでは、心までは縛れない。容姿や勉強や経済力なんて関係ない。違う?」
「……そんなこと……わかっている」
いや……わかったつもりでいただけだ。言い訳ばかりして向き合ってこなかったじゃないか。
「そういうところ変わってないね。でもさ、今は夏の魔法がかかっているんだ。少しぐらい熱に流されてもいいんじゃないのか? お前の熱を感じさせてくれよ」
君は本当に格好いいな。泣きそうなほど。夜空の花火が君の前じゃあ霞んでみえる。
どーんどーんどーん
僕のちっぽけな背中を押しておくれ。
どーんどーんどーん
大輪の花の君、線香花火の僕。小さくたってちゃんと熱はある。焦げ付くような熱が。
抱きしめて気づく。こんなに君は細かったのか。こんなにも熱を帯びて熱かったのか。
「……よく出来ました」
「……夏の魔法のおかげだよ」
君の手首にちらりと見えるお揃いのリング。やっぱり夏の魔法だ。
「話は署で聞こうか?」
「ええっ!? 嘘じゃないんですって!!」
連行されるおっさん。