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異世界恋愛・短編

侯爵令息は婚約破棄されてもアホのままでした・短編

作者: まほりろ

婚約者のエアハルト伯爵家の長女ブルーナが、父親のエアハルト伯爵と弁護士を連れて我が家にやってきた。


ブルーナは茶髪に茶目、地味な色のドレスばかり着ているぱっとしない女だ。


ブルーナとの婚約は、彼女の母親と僕の母親が友人だから結ばれたもので、僕はもともとブルーナとの婚約には乗り気じゃなかった。


応接室に通されたエアハルト伯爵は、書類の束をテーブルの上に置いた。


「アーク・ヴェルナー侯爵令息が浮気した証拠七年分です」


エアハルト伯爵がそう言って僕を睨め付けた。


僕とブルーナが婚約したのが十歳のとき、それからずっと僕を監視していたというのか?


陰険な奴らだ。


僕は金色の髪にエメラルドグリーンの瞳、神に愛されて造形された美貌を持つ絶世の美少年。


それなのに婚約者は地味な色の服しか着ない、化粧もしない、アクセサリーで自分を飾ったりしない地味な女。


そんな女と婚約していたら浮気もしたくなるさ。


「アーク・ヴェルナー侯爵令息と我が娘ブルーナ・エアハルトとの婚約を破棄させていただく。

 理由はアーク・ヴェルナー侯爵令息の数々の不貞行為。

 ヴェルナー侯爵令息の不貞が原因での婚約破棄ゆえ、エアハルト伯爵家はヴェルナー侯爵家にそれ相応の慰謝料を請求する。

 それから我が家がヴェルナー侯爵家に貸していた金も耳を揃えて返してもらうので覚悟しておくように」


エアハルト伯爵が僕の父を睨みつけ、温度のない声で言い放つ。


「伯爵風情が偉そうに!

 ブルーナのような頭でっかちで説教ばかりしてくる可愛げのない女、こっちから願い下げだ!

 ……ごひっ!」


エアハルト伯爵にたんかを切ったら、父に頭を押さえられ床に額をこすりつけられた。


「痛いですよ!

 何するんですか父上!」


「黙れ馬鹿者!

 エアハルト伯爵、息子にはよく言って聞かせます!

 どうか今一度チャンスを!

 今エアハルト家に手を引かれては我が家は……!

 アークお前も謝罪しろ!」


「ごふっ! がはっ! 痛いっ!

 止めてください父上!」


僕は父に頭を掴まれ床に何度も頭を打ち付けられた。


「ヴェルナー侯爵、ご子息を教育するならもっと早くにするべきでしたね。

 アークは七年間、娘がどれだけ言っても行いを改めなかった。

 しかも婚約者の父親である私にもこの態度だ……今さら再教育したところで、どうにかなるとは思えませんね」


エアハルト伯爵はそう冷たく言い放つと、席を立った。


ブルーナと弁護士も伯爵と同じタイミングで椅子から腰を上げた。


「ああそれから、これからは他人になるので借金の返済が滞ったときはきっちり利息をいただきますからね」


エアハルト伯爵はそう言い残し、娘と弁護士を連れて部屋を出て行った。


「侯爵家の当主である父上がこんなに謝ったのにあの態度!

 エアハルト伯爵の思い上がりは目に余る!

 父上、あんな奴とはこっちから絶縁してやりましょう」


「黙れ愚か者!

 エアハルト伯爵に事業から手を引かれたら我が家は終わりだ!」


父上が拳を握りしめ振り上げる。


「止めてください父上っ!

 顔は、顔だけは殴らないでください!」


「うるさい!

 この顔だけしか取り柄のない鳥頭の馬鹿息子が!

 あれだけブルーナを大事にしろ、浮気をするなと言って聞かせたのに!」


父上が僕の背中をポカポカと叩く。


「痛っ……! やめっ! 叩かないで!」


このままでは僕の美しい顔に傷がついてしまう! 逃げなくては!


「僕のこのパーフェクトな顔さえあれば、公爵家の令嬢だろうが王族様だろうが簡単に縁を結べますよ!

 たかが伯爵家の令嬢に婚約を破棄されたぐらいでそんなに怒らないでください!」


「このうつけ者!」


父が顔を真っ赤にし、ついに凶器()まで持ち出した。


このままここにいたら父に何をされるかわからない。


「あーーもううるさいなっ!

 気晴らしに遊びに行ってきます!」


杖を振り上げた父上を突き飛ばし、僕は部屋を飛び出した。


「待て! アーク!

 戻ってこい!」


父が怒鳴っているが無視し、僕は建物を飛び出し馬車がある小屋に向かった。


馬車に乗り込み御者に行きつけのレストラン「バッケン」に行くように指示を出した。


エアハルト伯爵と父に怒られて腹が空いてしまったからな、まずはレストランで腹ごしらえだ。




☆☆☆☆☆





王都の一等地にあるレストラン「バッケン」は僕の行きつけの店だ。


本当なら予約が必要な店だが、侯爵令息である僕のような超VIPは予約なしで入れる。


しかも個室で特別なサービスを受けられる。


「バッケン」の経営者がエアハルト伯爵なのは気になるが、まぁいっか。


ブルーナとの婚約を破棄されたぐらいで出禁にはならないだろう。


なにせ僕は高位貴族の息子で「バッケン」のお得意様なのだから!


意気揚々と扉を開け、ウェイターに個室に案内するように伝えた。


ウェイターは「少々お待ちください」と言って下がっていった。


なんだ? なぜ待たせるんだ?


この僕を誰だと思っているんだ?


しばらく待っていると支配人がやってきて、


「申し訳ございませんヴェルナー侯爵令息。

 エアハルト伯爵から貴方様をお通しするなと命じられております」


そう言われた。


まさか侯爵令息であるこの僕が、たかがレストランで門前払いされるとは思わなかった。


「僕はヴェルナー侯爵家の嫡男だそ!」


高級レストランの支配人とはいえ平民!


平民のくせに貴族である僕を門前払いするとは生意気な!


「どうしてもとおっしゃる場合、代金を前払いして頂くようにエアハルト伯爵から命じられております」


「前払いだと?

 分かった。払ってやる。釣りはいらない取っておけ」


僕は財布から銀貨一枚を取り出し支配人に渡した。


この店は一等地に建っているが値段はリーズナブルなのだ。


友人や浮気相手を誘って何度も来たことがある。


友人の分も含め、毎回食事代は僕が支払っていた。


数人で飲み食いしても銀貨二、三枚で済んでいたんだ。


一人分の料金としては銀貨一枚で十分のはず。


「失礼ですがヴェルナー侯爵令息、これでは水一杯お出しできません」


支配人に失笑された。


「えっ?」


支配人の言葉に僕は虚を衝かれた。


「当店での一人前の料金は最低金貨三枚は支払って頂きませんと。

 いやヴェルナー侯爵令息は大食漢なので金貨三枚では足りないかもしれません。

 金貨六枚は出していただきたいです」


「一人分の料金が金貨三枚だと!!

 今までの三十倍じゃないか!

 しかも僕は大食漢だから金貨六枚は払えだと?!

 ブルーナとの婚約が破棄された途端にぼったくるつもりか!」


酷い店だ! 許せん!


「ぼったくりではありません。

 正規のお値段を申し上げたまでです。

 今まではヴェルナー侯爵令息がブルーナお嬢様の婚約者だったので格安で提供していたのです」


「なにっ!」


「ブルーナお嬢様がヴェルナー侯爵令息を当店に連れて来られたとき、ヴェルナー侯爵令息は『ここは僕が払う』と気前よくおっしゃいました」


覚えている確か三年前、この店が開店したときだ。


「そのときヴェルナー侯爵令息から出されたのがたったの銀貨二枚。

 ヴェルナー侯爵令息は高級レストランの相場も知らないのかと従業員一同失笑しました。

 ブルーナお嬢様は『ヴェルナー侯爵令息に恥を掻かせてはいけません』とおっしゃい、わたくし共に銀貨二枚で支払いを済ませるように命じたのです。

 あのときの食事代は二人分で金貨八枚はしたのですよ」


「そうだったのか……」


「このときヴェルナー侯爵令息は格安のお店だと思い味をしめたのか、その後も何度も当店を利用されましたよね?

 ときにはお友達とご一緒に、ときにはお嬢様以外の女性とご一緒に」


支配人が僕を見る目が冷たい。


「お嬢様という婚約者がありながらお嬢様以外の女性を伴って、エアハルト伯爵家が経営する店に訪れる……ヴェルナー侯爵令息はどのような神経をしているのかと従業員一同、貴方様の人間性を疑いましたよ」


支配人はここぞとばかりに僕に嫌味を言った。


くそっ……! ここは格安の店ではなかったのか。


「二、三人で飲み食いして『ここは僕の奢りだ!』と言ってヴェルナー侯爵令息がお支払いになるのはいつも銀貨二、三枚。

 ブルーナお嬢様はヴェルナー侯爵令息に恥をかかせないために、ヴェルナー侯爵令息のお友達がお召し上がりになられた分の代金も、後日支払ってくださいました。

 貴方様はいつもブルーナお嬢様のお金で飲み食いしていたのですよ」


「そんなことになっていたとは……」


「ですがヴェルナー侯爵令息は、もうお嬢様の婚約者ではございません。

 これからはお嬢様がヴェルナー侯爵令息が当店で飲み食いした代金を肩代わりする義理はないのです。

 ですからヴェルナー侯爵令息が当店で飲食するのであれば、今後は正規の料金を請求させていただきます」


「くっ……僕はヴェルナー侯爵家の次期当主だ。

 僕を店に入れなかったことを僕が当主になったとき後悔するぞ!

 それでもいいのか!」


「では代金を前払いしてください。

 取り敢えず金貨六枚お支払いください。差額はお帰りのさいお返しいたします」


「くっ……! 

 今は銀貨二枚しか持っていない」


「ではお帰りください」


「そこをなんとかしてくれ!」


腹が減って死にそうなんだ!


「目の前の通りをまっすぐ行って突き当りを右に曲がれば、格安の店が並ぶ通りに出ますよ」


確かにあのへんの店は価格が安い。だが味は今ひとつなのだ。


鶏肉はパサパサしているし、味付けは塩だけだし。


「僕はこの店の料理が食べたいんだ!」


「どうしてもとおっしゃるのでしたら、こちら書類にサインをしてください」


「この書類は?」


「ヴェルナー侯爵令息が飲食した代金を、ヴェルナー侯爵家に請求することに同意していただく書類です」


「なんだそんなことか!

 父上なら喜んで僕が飲み食いした代金を払ってくれるさ。

 なんせ僕はヴェルナー侯爵家の嫡男だからな」


僕は何も考えず支配人から出された書類にサインした。


書類にサインをすると支配人は中に入れてくれた。


やった! これで好きなだけこの店で飲み食いが出来るぞ!


このときの僕は格式あるヴェルナー侯爵家なら、金貨の六枚や七枚を簡単に支払えると高を括っていた。


これから待ち受ける運命を知らず……僕は「バッケン」での食事に舌鼓(したつづみ)を打っていた。




☆☆☆☆☆




「はぁ〜〜、食った食った!」


子牛の香草焼きステーキ、若鶏の丸焼き、子牛のフィレ肉のポワレ、アボカドとエビのカクテルソース、オニオングラタンスープ、鴨肉のコンフィ、ムール貝の白ワイン蒸し、苺の載った生クリームのケーキ、アイスクリームを添えたチョコレートケーキ、木苺のソースのかかったチーズケーキ……好きな物をお腹いっぱい食べられて幸せだ。


正規の料金一人前の金貨三、四枚だって言ってたし、僕が人の倍食べたとしても代金は金貨六、七枚だ。


そんなはした金、侯爵である父なら余裕で払えるさ。


そうさ、僕だってその気になれば金貨の六枚や七枚を簡単に払えたんだ。今日はその……たまたま持ち合わせがなかっただけで……。


腹も膨れたし次は宿だ。


父が怒っているから今日は家に帰りたくないな。


そうだ! 友人の家に泊めてもらおう!


あいつらには今までさんざん食事を奢ってやったんだ。一日ぐらい泊めてくれるだろう。


「エアハルト伯爵家と縁を切られた?

 最悪だな!

 エアハルト伯爵にお前と友達だと思われたくないんだ、二度と家に来ないでくれ!」


「エアハルト伯爵家の令嬢に婚約破棄された?

 アーク、お前との友情も今日限りで終わりだ」


「エアハルト伯爵家に縁を切られたお前になんの価値があるんだよ?

 しっしっ! さっさとどっか行けよ!」


ヨーゼフ、マルク、ルーカスの家を訪れたが立て続けに泊まることを断られた。


それどころか門前払いされ友達を止めると言われた。


ヨーゼフは子爵家、マルクとルーカスは男爵家の令息だ。


たかが子爵家や男爵家の令息が偉そうに!


ヴェルナー侯爵家の嫡男である僕が泊まってやるって言ってるのに、なんだあの態度は!


あんな奴らはこっちから絶交だ!


四軒目、子爵令息のサミュエルの家を訪ねた。


「エアハルト伯爵令嬢に婚約破棄された? アークには今まで食事を奢ってもらったから宿代は出すよ。

 だからこの金を持って消えてくれ。

 それから二度と家に訪ねて来ないでくれ。今後は学校ですれ違っても他人のふりをするからな」


サミュエルにそう言われ金貨十枚を渡され門前払いされた。


何なんだ? どいつもこいつも手のひらを返しやがって!


しかし金貨十枚か、これだけあれば娼館に行ける!


娼館で遊び、次の日そのまま学校に行こう!


今日はハメを外すぞ!


このときの僕は破滅の音がすぐそこまで近づいていることを知らなかった。




☆☆☆☆☆




翌日学園に行った僕は新しい婚約者を探すことにした。


ブルーナに婚約破棄されたから、次の婚約者が必要だ。


僕のような美男子に婚約者がいないと分かったら、女たちが僕を取り合い血みどろの争いを繰り広げるだろう。


一刻も早く次の婚約者を決めなくては。全くモテる男は大変だ。


今度は伯爵家のような格下の家の娘ではなく、侯爵家以上の格式のある家の令嬢と婚約したい。


公爵家以上の令嬢で、美人でおしゃれで、僕のすることに小言を言わない、おしとやかで胸の大きな女なら、僕の相手として申し分ない。


なにせ僕は国でも一、二を争う美男子なのだから、そのくらいの女でなければ僕に釣り合わない。


まずは相手の本質を見極めるためにデートに誘おう。


国でも一、二を争う美少年の僕がデートに誘ってやるんだ、みんな涙を流して喜ぶぞ。







だが僕が侯爵家以上の家格の令嬢に声をかけようとすると、皆僕から視線を逸らし、逃げるように足早に去っていく。


追いかけて腕を掴み壁ドンして口説いてもいいが、相手は高位貴族の令嬢だ。無作法を働くわけにもいかない。


くそっ! ブルーナと婚約破棄してから何もかもうまく行かない!


もういい、新しい婚約者を探すのは後回しだ。


適当に遊べる子爵家や男爵家の令嬢に声をかけよう。


可愛い女の子と遊んで憂さ晴らしだ。


「ミア、ソフィー」


何度か遊んだことのある二人組の女の子に声をかけた。


ミアもソフィーも男爵家の次女で、顔がよくて、スタイルがよくて、そして股がゆるい。


「あら、アーク様……学園にいらしていましたのね?」

「わたし今日は予定がありますのでこれで失礼しますわ」


僕を見たミアとソフィーは驚いた顔をして、その場から立ち去ろうとした。


高位貴族の令嬢だけでなく、下位貴族の令嬢にも逃げられるとは思わなかった。


僕は逃げようとする二人の手を掴んだ。


二人は格下の男爵家の令嬢だ。多少乱暴に扱っても問題ない。


「そう邪険にするなよ。

 今から食事にでも行かないか?

 僕が奢るよ」


今日もレストラン【バッケン】に行こう。


どうせ金はヴェルナー侯爵家(父上)が払ってくれるんだ。豪勢にやろう。


「ごめんなさい、アーク様」

「お断りしますわ」


二人に断られてしまった。


いつもなら僕が誘えば「きゃー! 嬉しい!」とかなんとか言って学校をサボってついてくるのに。


「付き合いが悪いぞ。何かあったのか?」


「パパとママに言われたんです。

 ヴェルナー侯爵家のアーク様とは関わるなって」


「私もお父様とお母様に『ヴェルナー侯爵家のアーク様とは関わるな』ときつく言われましたわ」


ヴェルナー侯爵家の令息である僕と関わるなだと?


たかが男爵家の分際で生意気な!


「パパとママはエアハルト伯爵家に関係を切られたくないみたいなんです。

 私がアーク様と遊んでいたことがパパにバレて、昨日すごく叱られてしまいました」


「私もです。

 お父様とお母様にブルーナ様とアーク様の婚約破棄の原因を私みたいに言われて、もの凄く怒られてしまいました。

 アーク様は不特定多数の女と遊んでいましたし、娼館にも通ってました。アーク様がブルーナ様に婚約破棄されたのは私のせいだけではありませんのに」


「お前たちなぜ僕がエアハルト伯爵家のブルーナに婚約破棄されたことを知っている?」


今日学園でヨーゼフたちから聞いたのか?


いやこいつらは昨日親に怒られたと言ってる。


どうやってこいつらの親は、僕がブルーナに婚約破棄されたことを知ったんだ?


「昨日、エアハルト伯爵家の使いの方が家に来たんです。

 使いの方にアーク様と浮気していた証拠を突きつけられました。

 私はただの遊びで食事とその後のちょっとした遊びに付き合っただけだと答えたのですが、パパとママには『婚約者のいる男性と食事に行くなど軽率すぎる!』と叱られてしまいましたわ。

 その後、エアハルト伯爵家の使いの方からアーク様がブルーナ様に婚約を破棄されたことを知らされました」


「私もミア様と同じですわ」


「じゃあお前たちが僕が婚約破棄された噂を流しているのか?」


「その噂を流しているのはヨーゼフ様やマルク様たちですわ」


「あいつら……!」


昨日は家に泊めてくれなかったし、今日は僕が婚約破棄された噂を流すし、全く以て酷い奴らだ!


「今やアーク様が浮気しまくってエアハルト伯爵を怒らせて、ブルーナ様に婚約破棄されて、多額の慰謝料を請求されたことを知らない者はこの学園にはいませんよ」


「貴族社会の情報網は凄いですからね。

 生徒の口から親や親戚に伝わり、アーク様が婚約破棄されたことはあっという間に国中の貴族に知れ渡りますよ。

 それにアーク様が怒らせたのはあのエアハルト伯爵ですから……」


「エアハルト伯爵がなんだ、たかが伯爵だろ?」


みんななぜヴェルナー侯爵家の嫡男である僕ではなく、エアハルト伯爵やブルーナの顔色を窺うんだ?


「別に伯爵家なんて恐れることはないだろ?

 君たちにはヴェルナー侯爵家の跡継ぎである僕がついてるんだから」


そう言ったら二人は目を見開いてお互いに顔を見合わせていた。


「アーク様、それ本気でおっしゃってますか?」


「エアハルト伯爵家の凄さなら末端の貴族である男爵家の私でも知っていますよ。

 エアハルト伯爵家は国一番のお金持ちですよ。

 伯爵家が運営する商会に睨まれたらこの国で生きていけません」


「私たちもこれ以上エアハルト伯爵家に、目をつけられたくないんです。

 エアハルト伯爵家は自国の上位貴族や他国の貴族とのつながりも深いですからね。

 というか、アーク様は昨日までエアハルト伯爵家のブルーナ様と婚約してたんですよね?

 なんでエアハルト伯爵家の凄さを知らないんですか?」


二人が小馬鹿にしたように言う。


「それに……完璧な淑女であるブルーナ様に婚約破棄されたアーク様になんか、なんの価値もありませんし」


「なんだと? それはどういう意味だ?」


「そのままの意味ですよ。

 エアハルト伯爵家の令嬢ブルーナ様は座学の成績はいつもトップ、裁縫も、ダンスも得意、立ち姿も歩く姿も座っている姿も花のように優雅で、淑女の鑑と称されている素晴らしいお方」


「そのブルーナ様より、私たちが優遇されるのが楽しかったんです」


「優秀なブルーナ様に嫉妬の視線を向けられるのは快感でした。

 しかもブルーナ様のお金でレストラン【バッケン】で美味しいものを食べられて最高でした」


「あらでも、ブルーナ様が私たちに嫉妬の視線を向けたことなんてありましたかしら?」


「そういえば無かったわね。

 ブルーナ様がアーク様や私たちに向ける視線は『無』でしたから」


「そういえばブルーナ様がアーク様に向ける視線には愛情のかけらも感じませんでしたね。

 じゃあアーク様と遊ぶメリットは美味しいご飯を食べられることだけでしたのね」


「アーク様に自慢話を延々と聞かされるのは苦痛でしたけどね」


ミアとソフィーの言葉に僕は衝撃を受けた。


二人が僕と遊んでいたのは美味しい食事をただで食べられるからだけなのか?


完璧な淑女であるブルーナに嫉妬の視線を向けられることに、二人は喜びを感じていたと言いたいのか?


その上ブルーナは僕を愛情のこもった目で見たことがないと?


馬鹿な! 僕はこの国で一、二を争う美少年だぞ!


「お前たちは……【バッケン】の支払いを裏でブルーナがしていたのを知っていたのか?」


「当然ですよ。

 あんな高級店で三人で飲食して、代金が銀貨の二枚や三枚で済むわけないじゃないですか」


「貴族なら子供でも分かることですよ」


つまり僕は子供より馬鹿だと言いたいのか?!


「お前たちは僕が好きじゃなかったのか?」


二人は顔を見合わせてクスクスと笑い出した。


「まさか、顔だけしか取り柄がない貧乏侯爵のご令息なんかに惚れるわけがないでしょう?」


「エアハルト伯爵家に捨てられたアーク様になんてなんの価値もないわ。むしろ不良債権よ」


「アーク様の座学の成績は下から数えた方が早いし、剣術や乗馬の成績も今ひとつ。

 それにエアハルト伯爵家に縁を切られたヴェルナー侯爵家の末路は……ねぇ?」


ソフィーは歯切れの悪い言い方をする


「アーク様と結婚するぐらいなら、金持ちの商家に後妻として嫁いだ方がましですわ」


「私はアーク様と結婚するぐらいなら修道院に入りますわ」


ミアとソフィーは顔を見合わせてくすくすと笑う。


「くそっ!

 僕だって好き好んで男爵家の令嬢なんか相手にするものか!

 あっちに行け!」


「「きゃーー!!」」


僕が拳を振り上げると、ミアとソフィーは叫びながら逃げて行った。




☆☆☆☆☆☆




「どいつもこいつも僕を馬鹿にしやがって……!」


むしゃくしゃして壁を蹴り飛ばしたら、足が痛かった。


足を抱えうずくまっていると、背後から聞き覚えのある声が……。


「いいざまだなアーク」


「……ランハート」


声をかけてきたのはコフマン公爵家の令息ランハートだった。


よりによってこのタイミングでランハートに声をかけられるとは、ついてない。


ランハート・コフマン、僕と同い年の十七歳。銀色の髪に紫の瞳、整った顔立ちの長身のイケメンで成績も良い。


僕はこの国で一、二を争う美男子だと自負している。


だがこいつには家柄、頭脳、身長など……顔以外の面で若干負けている。


負けているといってもほんの少し、爪の先程度だけどな!


「ブルーナを大切にするように何度も忠告したのに、俺の忠告を無視するからこうなるんだよ」


僕の母親とブルーナの母親とランハートの母親は、学園時代の同級生で友人関係にあった。


そのため僕とブルーナとランハートは幼馴染だ。


「お前がしょぼくれた顔をしているところを見ると、友人からも浮気相手の女の子からも捨てられたってところか?」


「ブルーナと婚約を破棄した途端みんな手のひらを返して冷たくなった。

 ランハート知っているなら教えてくれ、どうしてみんなが急に冷たくなったのかを」


「そんなことも分からないとはな、アーク貴様は本当に馬鹿だな」


「くっ……!」


ちょっと僕より成績がいいからって生意気な。


「ヴェルナー侯爵家の領地経営も事業も前々からうまく行っていなかった。

 ヴェルナー侯爵家はエアハルト伯爵家の援助を受けることでかろうじて息をしていた状態だったんだ」

 

「なんだって!?」


「だがお前は婚約者を大切にせず浮気や娼館通いを繰り返し、ブルーナに婚約破棄された。

 エアハルト伯爵家に縁を切られたヴェルナー侯爵家に残るのは、家名と借金と放蕩息子だけということだ」 


「そんな…………」


ヴェルナー侯爵家がそんな状況だったなんて今の今までは知らなかった。


「そうだ! 今からでもブルーナに謝ればいいんだ……!

 そうすれば万事解決だ!

 情報を教えてくれてありがとうランハート!」


僕は踵を返し走り出した。


一筋の希望が見えてきた!


昨日屋敷から乗ってきた馬車は、娼館に着いたあと家に帰してしまった。


娼館から学園までは娼館の馬車で送ってもらった。


娼館で散財し、すっからかんになってしまったので乗り合い馬車に乗る金すらない。


帰宅時間じゃないから玄関には誰もいないし、知り合いの馬車に乗せてもらうわけにもいかない。


仕方がないので僕は走ってブルーナの家を目指した。




☆☆☆☆☆





学園からエアハルト伯爵家に着くまでに一時間もかかってしまった。


エアハルト伯爵家に着いたときには僕は汗だくだった。


ハンカチで汗を拭い息を整える。


エアハルト伯爵家の門は固く閉ざされていた。


門番に言っても中に入れてくれない。高い鉄の柵が僕とブルーナを隔てる。


「ブルーナ僕が間違っていた!

 僕ともう一度婚約してくれ!

 二度と浮気をしないと誓うよ!

 娼館通いも止める!

 だから出てきてくれ!」


僕は門の外から力の限り叫んだ。


ブルーナだって僕みたいな美形の婚約者を手放したくないはずだ。


エアハルト伯爵だって孫に侯爵を名乗らせたいだろう。


美男子である僕の血を引いているんだ。


生まれてくる子は絶対に可愛い。


いくらエアハルト伯爵家が金を持っていたとしても、金で侯爵位は買えないからな。


息子や孫が「侯爵」を名乗れるのは、エアハルト伯爵やブルーナにとってもかなりの利益になるはずだ。


「お願いだブルーナ!!

 会って話をしてくれ!」


ブルーナに会えればこっちのものだ。


美少年である僕が本気で口説けばブルーナみたいな地味女は簡単に落ちるはず。


言うことを聞かないようなら先に既成事実を……。


「ブルーナ愛している!

 お願いだからやり直すチャンスをくれ!」


門の前で騒いでいたら、門番に近所迷惑だと注意されてしまった。


どいつもこいつも腹が立つ!


こうなったら強行突破だ!


門をよじ登ろうとすると、門番に取り押さえられてしまった。


「くそっ! 離せ! 僕は貴族だぞ! 由緒あるヴェルナー侯爵家の嫡男だぞ!」


「貴族のご令息でも門番として不法侵入は見逃せません!」


地面に膝を突かされ、後ろ手に縛られる。


「離せーー! 貴様ら後悔することになるぞ!」


「その方を離してあげて」


拘束を振りほどこうともがいていたら、女神の声が聞こえた。


顔を上げると門の向こうにブルーナ・エアハルトの姿が見えた。


「ブルーナ! 助けに来てくれたんだね!」


門番が僕の拘束を解く。


僕は立ち上がり、服のほこりを叩いた。


ふふっ、やはりブルーナも僕に未練があるんじゃないか。


エアハルト伯爵が僕のことを毛嫌いしようが関係ない。


ブルーナさえ落としてしまえばこっちのものだ!


だが次の瞬間己の目に飛び込んできた光景に、僕は衝撃を受けた。


「遅かったねアーク。まさか学園から走って来るとは思わなかったよ」


「お前は……ランハート!」


ランハートがブルーナの後方から現れ、ブルーナの肩を抱いた。


「ランハート貴様どうしてここにいる!

 いやそれよりブルーナは僕の婚約者だぞ!

 気安く触るな!」


今すぐランハートに掴みかかり奴のにやけづらをぶん殴ってやりたい。


だが鉄の柵が無情にもそれを阻む。


僕にできるのは鉄製の格子の間に腕を入れ、ランハートに向かって手を伸ばすことだけだった。


「俺は危険人物がエアハルト伯爵家に迫っていることをブルーナに教えに来たんだよ。

 走っているお前を馬車で追い越してね」


「私はヴェルナー侯爵令息との婚約破棄の手続きをするために、本日は学園を休んでおりました。

 婚約破棄の書類は完成し、役所に届け出を済ませ帰宅したところにランハート様がいらっしゃいました」


「そんな……!」


ブルーナと僕の婚約破棄の手続きがすでに済んでしまったというのか!?


昨日の今日だぞ?! 手続きするのが早すぎるだろ!


「ブルーナはもうアークの婚約者じゃない。

 俺がブルーナの肩を抱いてもなんの問題もない。

 そうだろブルーナ?」


「もちろんですわ。ランハート様」


ブルーナとランハートが顔を見合わせて微笑み合う。


なんか……腹が立つ!


ブルーナの奴、僕の前では一度もそんなほほ笑みを見せたことなかったくせに!


それになんだろう?


今日のブルーナは昨日までと違って華やかに見える。


ちゃんとメイクしているし、花柄のアクセサリーを身に着け、桃色のドレスをまとっている姿はまるで妖精のようだ。


ブルーナってこんなに美人だったのか?


僕と一緒にいるときはメイクもしないし、アクセサリーも身に着けていないし、ドレスも茶色や黒などの地味なものをまとっていたから、ブルーナがこんなに綺麗だとは知らなかった。


「ブルーナ……綺麗だ。君がこんなに美しかったなんて……」


「ヴェルナー侯爵令息の前では地味な装いを心がけていましたから」


「なぜそんなことを?」


「ヴェルナー侯爵令息がおっしゃったのですよ。

『結婚前の女がおしゃれをするな、男に媚を売って浮気をするつもりか!』と、ですから私はヴェルナー侯爵令息との婚約中は地味な装いを心がけていたのです」


そういえば僕と婚約する前のブルーナはアクセサリーやリボンをつけておしゃれをしていたな。


ドレスも珊瑚色や山吹色やレモンイエローなど明るい色の物を着ていた気がする。


「悪かったブルーナ。

 そんな失礼なことを言ってしまって。

 それからそんな失礼なことを言ったことを忘れてしまって」


「お前は最低だ。

 お前の心ない言葉が原因でブルーナは十歳から十七歳までの七年間、地味な装いをすることになったのだぞ。

 元凶のお前がブルーナに言ったことすら覚えていなかったとはな!」


ランハートが僕を罵る。


くっ……! 返す言葉がない。


「過ぎたことですわランハート様。

 それからヴェルナー侯爵令息、先程も申しましたが私とヴェルナー侯爵令息の婚約は本日付けで正式に破棄されました。

 私とヴェルナー侯爵令息は赤の他人、馴れ馴れしく私の名前を呼ぶのはやめてください」


「ブルーナそんな他人行儀なことを言わないでくれ!

 幼馴染だろ!?」


「幼馴染ですがそれがどうかしましたか?

 ヴェルナー侯爵令息との思い出は私にとって苦痛なものばかり。

 私はヴェルナー侯爵令息に二度と名前を呼ばれたくないですし、できるならお顔も二度と見たくないのです」


ブルーナが僕に向ける目は死ぬほど冷たい。


「ブルーナ! 僕が悪かった!

 浮気したことは謝る!

 それから娼館に通ったことも、ブルーナに地味な服を着ることを強要したことも、全部謝る!

 心を入れ替えるから許してくれ!

 もう一度僕と婚約してくれ!!」


ブルーナは僕に惚れている。美少年の僕が謝れば哀れに思ってきっと許してくれるはずだ。


「嫌です」


ブルーナに秒で断られた。


「どうしてだ!?

 ブルーナは僕に惚れていたんだろ?

 僕のことが好きなんだろ?

 だから僕が浮気しても耐え、僕が間違いを犯したときは説教してくれたんじゃないのか?」


「何か勘違いされているようですが私はヴェルナー侯爵令息を好きだったことは一秒もありません。

 ヴェルナー侯爵令息が間違いを犯す度に説教をしたのは、婚約者としての責務を果たしたまでのこと。

 それからヴェルナー侯爵令息の浮気を許容したことは一度もありません」


「えっ?」


「私は幼い頃から、顔しか取り柄がなく、プライドが高く、怠け者で、女好きなヴェルナー侯爵令息のことが嫌いでした」


「では……なんで僕と婚約を?!」


「今は亡きヴェルナー侯爵令息のお母様に頼まれたのです」


「母上に??」


「七年前ヴェルナー侯爵夫人が病に伏せっていたとき。

 私と私の両親は彼女の枕元に呼ばれました。

 ヴェルナー侯爵夫人は涙ながらに『息子のアークをお願いします。ブルーナと婚約させてください』とおっしゃったのです」


「母上がそんなことを……」


知らなかった。母上は亡くなる間際まで僕のことを心配してくれたんだな。


「ヴェルナー侯爵夫人の最後の頼みですので、両親も私も断れませんでした」

 

「そうだったのか……」


てっきりブルーナが僕に惚れてるから結ばれた婚約だと思っていた。


「ヴェルナー侯爵夫人には一つだけ感謝してます。

『もし七年経っても息子が変わらなかったら、そのときは婚約を破棄しても構わない』とおっしゃってくださったのです。

 私は七年間ヴェルナー侯爵令息を変えようと努力しましたわ。

 誠実で真面目で一途で働き者の好青年に変えようと努力しました。

 しかしヴェルナー侯爵令息はなにも変わらなかった。

 怠け者で女好きで金遣いの荒くプライドが高い、だめな貴族の見本のままでした。

 ですから昨夜お父様と一緒にヴェルナー侯爵家を訪れ、婚約を破棄することを告げたのです」


「全てお前の行いが招いたことだアーク」


ブルーナとランハートの言葉を聞いて目の前が真っ暗になった。


足に力が入らず、僕はその場に膝を突いた。


「私は幼い頃からランハート様をお慕いしておりましたの。

 ランハート様は賢くて努力家で誠実な方ですし、背も高くてお顔もとってもタイプですし、何より私を一途に愛してくださいます。

 婚約破棄して傷物になった私と婚約してもいいとおっしゃってくださいました」


ブルーナが頬を染める。


僕が今まで見たことのない、ブルーナの女性らしい顔だった。


「ブルーナは僕の初恋の相手だからね。

 七年間よそ見をせずに一途に思い続けた甲斐があったよ」


ランハートとブルーナが見つめ合う。


二人の間には無数のハートが飛んでいた。


「僕の浮気を責めて婚約破棄したくせに……! 

 ブルーナだってランハートと浮気していたじゃないか!」


「あなたと一緒にしないでください。

 私はヴェルナー侯爵令息と婚約していた期間、ランハート様と二人きりでお会いしたことは一度もありませんわ。

 私はヴェルナー侯爵令息との婚約が破棄されるまで、自分の気持ちをランハート様にお伝えしたことはありませんわ」


「下半身が獣の君と一緒にするな。

 俺は今日までブルーナと手を繋いだこともなかったよ。

 学園やパーティーで、遠くからブルーナを見守るだけに留めていた」


苦し紛れに叫んだ言葉は簡単に論破されてしまった。


両片思いでそんな清い関係のままいられるものなのか?


僕にはわからない。


「そういえばヴェルナー侯爵令息、昨夜レストラン【バッケン】で豪遊したそうですね」


「ぎくっ」


もうブルーナの耳に届いているのか。


「代金をヴェルナー侯爵家のつけにしたそうですね。

 バッケンの支配人から聞きましたわ」


「婚約破棄された相手の家が経営するレストランに行き、つけで飲食をする……お前には人として良識がないのか?」


くそ……二人とも言いたい放題言いやがって!



「バッケンの支配人に

『ヴェルナー侯爵令息に【ヴェルナー侯爵令息が飲食した代金を、ヴェルナー侯爵家に請求することに同意していただく書類】にサインしていただければ、つけで飲食させてもいい』

 と言いましたが、まさか本当につけで飲食なさるとは思いませんでした。

 元婚約者として恥ずかしいですわ。

 今後はつけで飲食させないようにバッケンの支配人に言っておきます」


ブルーナが蔑むような顔で僕を見る。


「ヴェルナー侯爵令息、お引き取りください。

 これ以上あなたとお話しすることはありませんわ」


「早く実家に帰ることだな。

 実家に帰ったら、ヴェルナー侯爵の大目玉を食らうことになるだろうけどね」


ブルーナとランハートが向けられる視線は死ぬほど冷たい。


「お前たちなんかもう幼馴染でも友人でもない!

 こっちから絶縁してやる!」


家に帰ったら新しい婚約者探しだ!


侯爵家の跡継ぎで超絶の美少年の僕と結婚したい金持ちの女は、国中を探せば一人や二人いるはずだ!


「ブルーナお前より金持ちで若くて美人で家格の上の女と結婚してやる!

 そのとき僕を振ったことを後悔しても遅いからな!」


俺は捨てセリフを残し、逃げるようにエアハルト伯爵家をあとにした。





☆☆☆☆☆




ヴェルナー侯爵家に戻ると、使用人の姿はなく、見知らぬ男たちが家の中を我が物顔で歩いていた。


執事に冷たいレモネードでも出して貰おうと思ったのに、使用人が誰もいないなんて、一体全体どうなっているんだ??


「父上! これはいったい!

 使用人はどこですか?

 こいつらは誰なんですか?!」


「質屋と鑑定人と不動産屋だ。

 家屋敷を少しでも高く買って貰いたくて呼んだ。

 使用人には全て暇を出した」


「そんな……!」


ヴェルナー侯爵家がそんなに困窮していたなんて……!


「父上、家屋敷を手放すことはありません!

 俺のこの容姿と侯爵令息という身分があれば寄ってくる女などいくらでもいます!

 金持ちの女性を探して結婚します!

 だから諦めないでください!」


「お前のアホさ加減には心底うんざりした。

 エアハルト伯爵家に縁を切られた我が家と見合いしたがる貴族などこの国にはおらんよ。

 いや貴族だけではなく平民にもいないだろうな」


「では国外に目を向ければ……」


「アークお前を娼館に売ることにした。

 お前は娼館が大好きだから嬉しいだろう?

 良かったな、もう学園に通い勉強することも、苦手な試験を受けることもない。

 これからは大好きな娼館で一生暮らせるぞ」


「はっ?? 嘘ですよね父上?

 娼館に僕を売るなんてそんなことしませんよね?!」


父は僕の目を見ず言葉を続ける。


「それから昨日エアハルト伯爵家が経営するレストラン【バッケン】で飲み食いしたそうだが、その代金も自分で稼いで返済するように。

 侯爵家は借金まみれだというのに、高級レストランで金貨十枚分も飲み食いするとはな……呆れ果てて言葉も出ないよ」


「そんな……! 侯爵家にはレストランでの飲食代を払う金もなかったんですか!?」


「お前は本当にアホだな。

 ヴェルナー侯爵家はずっと前から火の車だ。エアハルト伯爵家の援助でなんとか成り立っていたんだよ。

 そのエアハルト伯爵家からの援助もお前が婚約破棄されたせいでなくなった。

 こんなアホを跡継ぎにしたのがそもそもの間違いだったよ」


「いくら父上でも言っていい言葉と悪い言葉があります!」


「もういい疲れた。これ以上お前と話すことはない。

 すみませんがこいつを連れて行ってください」


「「承知した」」


黒い服を着た恰幅のいい男が二人、僕に近づいてくる。


僕は踵を返し逃げ出したが、直ぐに捕まってしまった。


「これはかなりの上玉だな、男に愛されそうな顔をしている。

 たくさん客を取ってくれそうだ」


僕を捕まえた男が僕の顎を掴み、僕の顔を右に左に動かし、舐めるような視線で僕を観察する。


背筋がぞわりとするのを感じた。


「娼館って……男を相手にする方なのか??

 もしかして受け入れる方だったりするのか??」


「察しがいいな、高く買ってくれそうな客を紹介してやるから心配するな」  


黒い服を着た男はそう言ってニヤリとほほ笑んだ。


終わった、僕の人生終わりだ……死んだほうがましだ。








僕はこのあと娼館に売られ、そこで残りの一生を過ごすことになった。


一年後、風の噂でブルーナとランハートが結婚したことを知った。


エアハルト伯爵家の商売は順調で、僕とブルーナが婚約していたときより遥かに多くの財を築いているとか。


僕が浮気さえしなければ、もう少しブルーナを大切にしていれば、もう少し真面目に勉強をしていれば……ブルーナと結婚して幸せに暮らしていたのは僕だったかもしれない。


そう考えるとやるせない気持ちになる。


僕は本当に愚かだった。


悔やんでも悔やみきれない。








――終わり――





読んで下さりありがとうございます。

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【完結】「約束を覚えていたのは私だけでした〜婚約者に蔑ろにされた枯葉姫は隣国の皇太子に溺愛される」

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地味だけど健気な令嬢が主人公のお話です。


【完結】「不治の病にかかった婚約者の為に危険を犯して不死鳥の葉を取ってきた辺境伯令嬢、枕元で王太子の手を握っていただけの公爵令嬢に負け婚約破棄される。王太子の病が再発したそうですが知りません」 https://ncode.syosetu.com/n5420ic/ #narou #narouN5420IC

婚約破棄&ざまぁものです!



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