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ジビエ料理「潮吹亭」  作者: 白くじら
おだやかな日々からの 最終報告
92/114

現在【53】 熟女のさえずり

【注釈】

 「本営」:ここでは作戦司令部のこと。王国騎士団全体の中枢という意味。


 「幹部連中」:獣騎士隊の上層部という意味で使用。大隊長や中隊長達が行う作戦会議のことを指したりする。



・……・・……・……・……・……・……・・





 東ウラルの山中――。

 第一機動小隊から選抜された2名が街道を逸れ、北ウラル山脈へと続く細い山道を進んでいる。


 奇妙な「穴」の目撃があったのは北オウル山脈の中腹。数年前に大雨の影響でがけ崩れがあったところの傍で、道は荒れている。二人は早々と馬を諦め、最低限の装備だけを持って進む。


「こっちの道はダメだ。ちょっと歩きづらいが、そっちの斜面を迂回しよう」

「異議なし。いや、すげえなこれは……」


 土砂崩れで根こそぎ倒された木々が、ただでさえ狭い山道を塞いでいた。枯れた木々が折れ重なっているせいで、足を置く場所もない。山歩きになれた二人でも、この道には難儀するようだ。


「こっちはなんとか通れそうだな。おい、それをこっちによこせよ。こんなところで落っことしたらシャレにならねえぞ?」

「ああ、悪いな。よっと……よし、これで大丈夫。ありがとな」

「いいってことよ。ホレ、さっさと進んでケリをつけちまおうぜ」


 偵察の割には大きな荷物を背負う二人だが、息の合った連係プレーで先に進む。

 もちろん、不満の類は口からこぼれるけれども、足はいっこうに止まらない。


「なんとか日をまたぐ前に着きそうだ」

「ペースを緩めなきゃな。ったく、アイツらは今頃酒でも飲んでると思うと腹立たしいわ」

「その分、特別手当がつくんだ。どっこいどっこいだろうよ」

「そうはいってもだな……」

「役割分担だろ。それに、もし今回の事が幹部連中の想像どおりだったら、大変になるのは残った奴らだぞ?」

「それもそうか。まあ、なんにせよ進むしかないからな」


 別命を受けたのが今日の朝だから、ゆうに12時間は大した休憩もせずにひたすら目的地へと急いでいることになる。それを可能にしているのは、使命感とか、騎士としての誇りとか、そういういかにも()()()()()()ではなく、きちんとした情報の伝達があってのことだろう。

 この命令には、単純な作業であるにもかかわらず、たっぷり一時間のブリーフィングがなされていた。その内容の殆どが、先の敗戦を元にした白鯨竜の危険性についてである。


「しっかし、いくら今回も白鯨竜の出現が見込まれるからって、幹部連中はピリピリしすぎじゃないか?若い連中ならいざしらず、俺等もあの時は従軍してたんだぜ?」

「そうだな。でも、正直なところ当時の記憶は『ワケも分からない内に終わってた』って感じだろう?詳細な記録は極秘扱いってはなしだし」

「まあな。たしかに、俺が白鯨竜について知ってた知識は、定期研修で聞いた話がほとんどだったかも。ブリーフィングじゃあ、あれは『操作された情報』って言ってだけど、ホントなのかな」

「誰が『得する、損する』って話で考えると、幹部連中が嘘を言ってるとは思えないな。従軍した騎士の上げた報告書が全て破棄されたって話は、イシュメールさんの報告書と研究レポートを、幹部連中が()()()()で隠ぺいしてるって事実と矛盾しないし……」

「大隊長の下着入れの中に隠すって反則だろう。さらに表紙を『熟女のさえずり』に変えるって……あれ、逆に興味もたれたりしなかったのかな……」

「いずれにしろ、俺は幹部連中の言ってる事は信じられると思う。それに、イシュメールさんが書いたんだろう?あの人がやりそうな事じゃんか」

「上層部の顔色を伺わずに、馬鹿正直に事実を記載しちゃうとか?」

「あの人に限って『不正を正してやろう』とか、薄っぺらい正義感でやろうとしたんじゃないんだろうけど、『事実を隠蔽しようとする組織に未来はない』とかは思ってそう。あと、『誰かが気付いてくれればそれでいい』とか」

「あ~思ってそう。そんでもって、別に記録を残してるとかね」

「あの人、やっぱりアホなんだよ。そんでもって上層部に目を付けられて、職を追われたんじゃあ世話ねえッて」

「そうだな、アホだ」

「だけど、いいアホだな」

「なんだよ、いいアホって」

「やり方を間違えているだけで、本質を間違えていないアホのことさ。その点、本営の――作戦司令部の連中はクズだ。ちなみに、クズにいいクズはいない。ましなクズはいるかもしれんが、クズはクズってことだな」

「あの時の失敗も、結局、軍監兼伝令が命令を読み違えたってことになったんだよな?ひでえ話だよ、そんなん、内部の人間なら誰も信じねえぜ」

「奴等の目は、次に座る自分の席にしか向いてないよ。下から何を言われても、それは雑音さ」

「しゃれにならねえ……」


 本営への不満は、獣騎士隊に根強く染みついている。それは現場の騎士なら嫌と言うほどあじわった無謀な作戦の所為でもあるし、竜騎士隊と比べて軽視されている自分達への慰めでもある。

 それでも、最近は権力志向にある王国騎士団の在り方に問題定義している若い元老議員なども出てきており、以前とは違う潮流も生まれつつあるのだが、そんなことは末端の者にとってはあまり関係がない。


「まあ、今回はカテナさんの介入があってよかった。じゃなきゃ、あの時の二の舞だぜ」

「穴の原因が白鯨竜だったらの話だけどな。機動小隊に先入観はご法度だぞ」

「そうだったな。『先入観は事実を曲げる』だ」

「そういうこと。しっかり調査しようや」





 二人の足は重くなってきているが、鈍くはなっていない。もくもくと進んだ結果、山道はやがて緩やかな尾根筋に出て、目的地はもう近い。


「おい、アレを見ろ。あそこじゃねえか?」


 視線の奥――自分達の尾根筋からやや東に外れた北ウラル山脈の南側の峰に、明らかにおかしな地形が現れた。

 

 月明かりでもはっきりと分かる窪み。

 穴というよりも、それはクレーターだった。


「間違いなさそうだけどな……」

「行こう。ここは間違えられねえよ」


 ここからは道なき道を行く。下草が繁茂している所為で鉈を振るいながらの行軍。柔らかく沈む足場にも体力を奪われる。月の灯りも木々の下までは届かず、光源は肩口に取り付けられた小さな「灯り石」だけだ。

 おかげで、大した距離でもないのにも関わらず、たっぷり1時間以上を費やした。互いの顔には擦り傷がある。だが、そんなことは気にならない。それほどに目の前の光景は異様だった。


「すげえな、これ……」


 森を抜けると突然現れる巨大なクレーター。めくれ上がった土は麓方向へと流れ落ち、なるほど、巨大な穴があいているようにみえる。


「調査をはじめよう。まずは……」


 背嚢を降ろし、そこから紙の束を取り出す。

 その表紙には「熟女のさえずり 後篇(特別限定版)」とある。


 ちなみに「熟女のさえずり 前編」が、破棄された報告書のことを指すようだ。「後篇」は研究レポートの方。さらに言えば、この研究レポートの著者はイシュメールだが、内容はほぼ学者連中の研究報告書である。少なくない袖の下を使って、王国騎士団の手が入る前の研究報告書を入手したイシュメールが、馬鹿でも分かるように翻訳して記録したものがその内容。紆余曲折あって大隊長の下着入れの中に収められているのだが、「特別限定版」とは、そこから派生した対応マニュアルを意味する。


「まずは、クレーターに残る残渣魔素の測定をしろって書いてある。白鯨竜のブレスは固形物を媒介としているから、飛散した結晶石が魔力を発し続けるらしい……。推定量が発生より3日後も減衰していなければ、可能性があがるらしいが――」

「すげえよ。普通の魔獣なら、ブレスを受けたホヤホヤみたいな数値だぜ」

「――マジか……。よし、そしたら、次は中心部へ移動する。足元に気をつけろよ」


 白鯨竜のブレスの特徴は、龍涎香と呼ばれる結晶物を媒介とすることだ。よって、爆心地には比較的大きな結晶が残っていることがある。見つけることができれば、それはもう白鯨竜がいたという証拠になりえるのだが……。


「う~ん、さすがにそんな簡単な話にはならんみたいだな。龍涎香はみあたらん」

「爆心地の数値も、周辺の数値と遜色ないな……」

「じゃあ、飛び散って粉末状になっているだろう方をさがさなくちゃあならんってことか」

「できればな。でも、この時点で確率が高いってことを伝えた方がいいだろう。つーか、こんだけ情報がそろってれば確定でもいいだろうけど……そこらへんの判断は幹部連中にしてもらおうや」

「よし、それじゃあ通信機を立ち上げるぞ」


 数年前までは伝書鳩が主流だった世界も、今は通信機が主流になっている。もちろん、軍などの一部政府機関で使用されているに過ぎず、まだ、性能も安定しない代物だが、鳩が飛べない夜間に情報伝達をする際には重宝する。


 それなりの重量物。しかも、サイズは小さなテーブル台ほどある。

 アンテナを建て、コイルに魔素を流すと準備は完了。相手の反応があるまで信号を送り続け、反応があれば、そこから本文を送信し始めるの基本的な流れだ。

 現時点で、盗聴を防ぐ手段は暗号を使うしかない。ただ、機器が殆ど出回っていないことと、獣騎士隊の情報は漏えいしても支障がないことが多いので、そのまま発信することがほとんど。なので、今回も基本的変換コードを使用する。


「お、反応があったな。そこのコード表をとってくれるか?」

「ほいよ。間違えるなよ」

「間違えるか」


 通信機のハンドルを取って、短点と長点を使いながら情報を送る。内容はシンプルであればあるほど良い。


 ブジ ゲンチトウタツ アナノイチハ ジゼンジョウホウヨリモ ヤヤミナミガワ オオキサハイッチシテイル ソクテイノケッカ ハクゲイリュウノカノウセイタカシ タダ リュウゼンコウハ マダハッケンデキズ


「――良い感じだ。だけど、()()()()だけは追加しとかねえとダメなんじゃねえか?」


 指さす方向には、無視できない状況がある……。


「それもそうだな……じゃあ、こんな感じだな」



 ナオ ()()()()()()()()()()()() ()イチハ サイショノオオアナヨリ ホクトウニイチシ……


 

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