さらに過去⑧ 二つ目の作戦
モルドール砦が噴煙に巻き込まれるのをグリンドルパークの城壁上で見ていたイシュメールは、自分の描いていた計画に綻びが生じたことを瞬時に悟った。
これだけ遠くから見ていても、モルドール方向に吹き上がる土煙は凄まじく――つまり、アテにしていた本隊の人手が無くなったのだ。
イシュメールは、立て掛けていた自分の魔銃を肩にひっかけると、すぐさま同じ城壁の対岸で指揮をしていた第一小隊長アガベの所へと走った。
「アガベ!!」
イシュメールが声をかけると、アガベは部下と共に「あれはなんだ?」という顔をしてみせた。無理もない。聞くと見るとでは大違いなのだ。
「あれがヤツのブレスだ!!しかし、ちょっとまずい感じになっている。すぐに出るぞ!!」
「はああ!?」
「計算が狂ったんだ。だから出る!!」
「何言ってんだお前?気でも狂ったか?」
「狂うかアホ。危惧していた問題が起きた。だから、その予想どおりの行動をする。なんか問題があるのか?」
「説明しろよ!!お前に従うのはいいとしても、作戦が分からんと事故が起きるじゃねえか!!」
「それもそうか……。でも、時間がないから、準備をしながら――っていうか、皆を集めてでいいか?」
「ダメだ。それだと指揮命令系統が乱れる。簡略化してでも、俺に話せ。どうせ『YES』としかいわねえけど、その工程をすっ飛ばすのはよくない」
イシュメールは一瞬だけびっくりしたが、すぐに口角を上げた。
組織で生きる男というのは、こうでなくてはいけないと実感した。
「すまん、気を使わせた。じゃあ端折って言うけど、我々の目論見は外れて、俺の嫌な予感は当たった。ここに後詰めの部隊は来ない。獣騎士団の大多数は先ほどのブレスに巻き込まれて、殆どが戦闘不能だと思う」
「なんだと!?たしかなのか?」
「たしかじゃない。でも、今はその判断で足りる」
情報というのは鮮度と精度が命である。
そして、鮮度と精度のどちらが大事かというと、鮮度の方が優先される。精度の低い情報でも優先的に利用する方がよい場合もあるのだ。
「まず、俺らは獣騎士隊本隊が街道に沿って来るという予測をしたが、それは間違いだった。なんの手違いかは分からないが、本隊はモルドール道を通ったんだ。そして、それを狙われた」
「狙うって、魔獣が獣騎士隊をわざわざ狙い撃つか?攻撃されたんならいざしらず、奴等にしてみたら、俺等なんて虫けらとかわらないんだぞ?」
「そこは何となく仮説が立ちそうなんだが、今はそれを語る時間も意味もない。重要なのは、ほぼ間違いなく我々のこの準備が無駄になるということだ」
アガベが周りを見回す。
そうなのだ。この砦の防衛術式は規模が規模だけに多大な術者――それも騎士団員レベルの者が複数人いなければ完璧には機能しない。
「じゃあ、どうするんだよ?今からどうすればアレを止められるんだ?アレからここを守れるんだ?」
無責任な感もなくはないが、まっとうな質問である。
その問いにイシュメールは不安そうな顔で答えた。
「だからもう一つのプランで行く。だけど、それでも人手が足りないから、拾ってこなければダメだ」
「どこから何をひろってくるつもりだよ……」
いやな予感がする。
アガベは、チラリと眼下に停まっている幌馬車を見た。
「……その通りだアガベ。それしか我々がこの状況を打開するする道はない。俺の予測が正しかったら、ここも攻撃の対象になる可能性が高いんだ」
「本気なのか……」
「びびってる。上手くいくかもわからない……。だから、できれば他の案を提案してもらいたいんだが……いい意見はないか?」
「俺にそんな知的なものを期待するか?」
「……………」
しばし、沈黙のまま見つめあう二人。
そして、同時に溜息をつくと、そのまま勢いよく走り出した。
「討伐第一小隊、集合だ!!」
「第二小隊、完全武装の上、集合しろ!!」
突然の爆発と、それに呼応するように叫ぶ二人の隊長のせいで、部隊はいきなり起きた。起こされた。仮眠をとっていた騎士達も、道具の再点検をしていた補佐の兵士も、瞬く間に中央広場に集合した。皆の顔には不安が見れるが、不思議と士気の低下は認められない。
イシュメールが登壇する。
部隊の集合場所を中央広場にしたため、人ばらいなどできる訳がない。本来であれば情報統制が必要なのだろうが、イシュメールはあえてすべてを包み隠さず伝える方針をとった。
それは、イシュメールがグリンドルパークの住民へも緩やかな情報拡散を期待しているからでもあった。
「突然の集結、すまない――」
イシュメールは、できるだけ抑えた声で話を始めた。しかし、それが演技であることは皆に透けているだろう。
「知ってのとおり、数分前に対象魔獣のものと思われるブレスが確認できた。情報は曖昧だが、おそらく我々が当初計画していた作戦は破たんしたと思われる」
イシュメールの言葉に、訓練された者達でもざわつきが起きるが、それを手で諫めて、言葉は続けられた。
「隠すつもりはない。我々が期待していた援軍はこないだろう。詳細は省くが、ブレスは本隊に向かって発せられた可能性が高い。そして、あの規模の爆発が起きたのだとすると、本大隊で戦闘可能な部隊は殆ど残っていないと考えるのが自然だ」
「だが、全ての騎士が死んだとは到底思えない。戦闘はできなくとも、生きてはいるだろう。そして、生きていれば魔術を起動させることはできる!!」
ここまで言えば、皆も何のために呼ばれたのか十分に理解することができた。
イシュメールの後ろに不自然に置かれた幌馬車は、きっと負傷兵を回収してくる用のものなのだ。そして、負傷している兵に対して、イシュメールは「死んでもいいから、力を貸せ。手をそこの魔導器におくだけでいい」というのだろう。
――鬼の所業。
だが、そうでもなければアレは止まらないのだ。
でなければ、比較的穏健派で知られるナンタケット隊長が、そんな作戦をとるはずがなかった。
「幌馬車で負傷者をできるだけ回収する。できるだけ歩行可能な人間がいいが、状況によってはそうでなくてもいい。最低でも生存者50人は確保しろ。それと、技術班は捕獲用バリスタを出来る限り、城壁の外へと運び出す作業にあたってもらう。捕獲用バリスタの新設置ポイントは城外西側の丘。魔導索の延長が必要だから、その対応も忘れるな」
イシュメールが指示を言い切ると、しばしの間ができた。
そして、その間にすべりこむようにアガベも登壇し、声を発する。
「おらぁ!!時間がねえんだ、さっさと動きやがれ!!」
「応!!」という声が響き、部隊が行動を始める。
こういう時、顔の見える関係を築いているととても話がはやい。指揮者の意図を汲み、情報の隙間を自分達で埋めてくれる。多少乱暴な言葉を使っても「あせってんな~」程度の不満で流してくれるのだ。
しかし、ここに来て予想外の人物が現れた。
おそらくだが、魔獣とそのブレスを目の当たりにして、イシュメールと接触しようとしたのだろう。もしかしたらあまりの攻撃力に、協力体制を白紙にしようとしているのかもしれない。
「クロダ卿……」
「作戦活動前にすまない。ちょっといいか?」
「は、もちろんです」
イシュメールは、従うフリをして肩に担いでいる魔銃に手をかけた。
いざとなれば、このままぶっ叩いて気絶をさせちまおうという考えである。
「状況を説明してくれるか?」
「すいません、まだ曖昧な点も多いのですが……」
「いい。軍事行動なんてそんなものだろう?」
「では、かいつまんでお話させていただきます。まず、先ほどのブレスが原因でアテにしていた援軍は来ない公算が高くなりました。よって、当初計画していた作戦の大幅変更を余儀なくされている状況です」
怒鳴られる覚悟と、犯罪者になる覚悟の両方を持って頭を下げると、案の定、クロダ卿は眉間に皺を寄せて「そういうのは伝令でも飛ばしてくれないと困るな」と苦言を呈した。
しかし、咳払いを一つすると、喉を整えてから続きを話し始めた。
「――だが、今は野暮を言うまい。非常事態というのは得てしてこういうものだろうからな。よし、非常事態ならもうちょっと権限を付与してやろう。ウチの兵も自由に使ってい良い。無駄に死なせるのは見過ごせないが、お前の部下と同等に扱え。ただ、この城――国を守るために全力を尽くせよ?」
クロダは自身の軍事的権限を表すバッジを軽々しく放ってよこした。
イシュメールは驚いたが、かろうじてそれをキャッチし、うやうやしく掲げて見せた。
「死力を尽くします」
「うむ。私は邪魔にならない場所で状況を見ていよう。避難はどうする?」
「私のつたない予想では、十中八九あの魔獣はここへ来るでしょう。避難は早急に実施して頂きたい」
「分かった。避難方向はタペストリーの示す方向で良いんだな?」
「はい。西側は戦闘になる可能性があるので、東部への避難がよいでしょう」
「承知した」
去るクロダの背中に一礼し、イシュメールは技術班と共に城壁上部へと向かった。
ここからは時間との勝負である。




