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過去③:意外な結末

 イシュメールが、クロカエカロテスを仕留めそこなった日の翌日。フタバ爺を中心とした偵察隊が組まれた。

 フタバ爺は、この辺りで魔獣駆除が行われる時には必ずと言っていいほど先導役を頼まれていた人物。ただ、体力的に厳しいという事で、青年団の連中がサポート役として付く事になった。


 向かう場所は、イシュメールがクロカエカロテスと最後に戦った谷である。

 フタバ爺は、周辺の山々の地形を熟知し、かつ、ごく自然に地面の痕跡を追っていけるので、先導役を担う。しかし、熟練の猟師だけが持ちうる、あまりにもスムーズな追跡の所為で、後ろを歩く青年団の連中は、どんどん離されてしまっていた。


「ちょっと、爺さんまってくれよ。こっちは、大荷物を背負ってんだぞ?そんなにスタスタ行かれちまうと、(俺等が)道迷いになっちまうわ」


 青年団会長のクンゾーが、谷の下から仰ぐように声を掛ける。フタバ爺が振り返ると、確かに最後尾の青年は遥か後方だった。


「ん……まあ、そうかい。なら、ちょっと待とうかね」


 腰は下ろさない。銃を降ろして、体を近くの木へ預けるだけだ。しっかり座ってしまえば、もう一度動く状態に持っていくまでに時間がかかる。そうなると、無駄に体へダメージが残るのだ。自分の体を守るための猟師の知恵である。


 それにしても――である。

 フタバ爺は、イシュメールの、思ったよりも大胆な行動に驚いていた。


 本来、魔獣狩りとは、討伐部隊を組んで組織的に行うものだ。確かに、個人で「魔物撃ち」を生業としている人間もいるが、その場合、地元自警団の協力を仰ぐのが一般的だ。他の「魔物撃ち」と協力する事も珍しくない。

 イシュメールも「様子を見るだけ」という前提だからこそ、単独で山へ入ったのだ。少なくとも、フタバ爺はそう思っていた。


 しかし、地面の痕跡を見る限り、昨日のイシュメールは、どうやら積極的に魔獣と戦闘を繰り広げている。

 泥の中に沈んだ散弾の薬莢や、打ち損じてえぐれている古木などが、それを物語っているのだ。


 ――どうも、奴さんは、てめぇの命を安く見積もっていそうだな……。


 激戦に配備された軍人に、よくみられる兆候――あまりにも激しい生と死の応酬の中で、個人の持つ命への価値観が、揺らいでしまうらしい。それでも、自分の生にしがみつこうとするなら、まだ救いがある。でも、自分の命に価値が見いだせなくなってしまうと、他人に対してもそうなるし、結果、自隊を危険にさらしてしまう。

 若い頃に従軍経験があるフタバ爺には、イシュメールの持つ、個人主義や無謀な挑戦の根源が、そこら辺から来てるんじゃあないのかと想像してしまうらしい。


 ――こごえちまったチン坊を、温めてくれる女でもいりゃあ戻ってこれるんだろうが……。まあ、結局のところ、本人が踏ん張るしかねぇのかねぇ………。


 視線の先には、斜面をひいひい言いながら登って来る若い衆がいる。彼らは単純だが、朗らかで、心地良い。

 フタバ爺は彼等を眺めながら、弟子の事を思った……。



「いや、爺さんほんとうに達者だな。いや、これりゃあかなりキツイぞ」

 クンゾーが息を切らしながら、フタバ爺の所までたどり着いた。村一番のがっしりした体格と、似合わない長髪が原始人みたいだ。

「空荷ならな、まだこんぐらいは歩けるさ」

 キセルの煙が大気に解ける。

「いや、相変わらず大したもんだよ、ほんとうに……」

 汗をぬぐいながら、水筒を煽るクンゾー。じつのところ、彼もフタバ爺を「師」と仰いで猟を習っていた事がある。もっとも今は家業を継いだので、山にはほとんど入っていないのだが……。

「……まあ、それはそれとして、どうなんだよ爺さん」

「どうって何がだい」

「魔獣さ。本当に、村を襲いに来るのか?」

「そりゃ~なんともいえんな」

「姿を見ねえと、か?」

「ばかもん、相手の姿なんか見ちまったら、俺等じゃ食い殺されて終わりさね。奴等の感覚の方がするでえんだからな、見つけちまったら、もう見つかっちまっているよ」

「じゃあ、俺等は何を探すんだよ。ただ、山の中を歩くだけか?」

「ほんとうに、お前はアホだな~。体を見なくたって、分かるもんがあるだろうが」

「足跡とかか?」

「そうだ。奴さんがケンカした痕を見りゃあ、だいたい、相手がどんな状態だったかぐらい分かるんだよ」

「すげえ……」

「長けえこと猟師やってりゃあ、そんぐらいは分かるようになる。お前の親父さんが、一ヶ月後の天気をピタッと当てるのと一緒のことよ」

「そこまでくると魔法使いだな」

 フタバ爺はカラカラと笑った。

「なに言ってんだ。魔法なんかよりも、もっと、すげぇんだぞ」

「魔法よりも?」

「何年も毎日、コツコツ、真面目にやってきたから分かるようになるんだ。ちょっと才能があるヤツが何とかしようったって、絶対に出来るようにはならん。凡人が、ゆっくりと、迷いながら進まないと辿り着けない場所があるっちゅうことよ」

「また説教が始まった……」

「説教じゃねえ。こりゃあ『山がある』とか『川が流れてる』とか言うのと一緒だ。お前が説教って感じるんなら、そりゃあ、お前の方に問題がある」

 クンゾーは「違いねえ」と笑った。

 親譲りの気持ちのいい男である。


 ちらほらと、遅れていた者達が到着し始めたが、まだまだ全員が集まるまで時間がかかりそうだった。クンゾーなど最初の方に到着していた者達は、退屈しのぎに周りをウロウロし始めている。若者は回復が早い。


「あんまし、場を荒らしてくれるなよ。追っかけらんなくなっちまうからな」


 フタバ爺の声が響く。

 イシュメールの証言を基にすれば、最後に戦闘が行われたのはここよりももうちょっと山頂側であるのだが、確実に追跡する為に、痕跡はそのままの状態で残しておいて欲しかった。


「お~い、爺さん」


 ちょうど、フタバ爺から死角になっている場所あたりから、クンゾーの声が聞こえてきた。


「ちょっと、こっちに来てくれねえか~」


 怪訝な顔をするフタバ爺。しかし、クンゾーは、意味もなく年長者を呼び付けるような事はしない。まさか、誰かが怪我でもしたのかと、なだらかな丘陵を少しばかり登ってみると、あらびっくり。わずかばかりだが平らな広場があった。


「爺さん、アレを見てくれよ」


 クンゾーと、数人の若者が指さした先。泥に混じった雪の上に、どす黒い血の跡があった。

「おい、クンゾー。ここの広場に足を入れたか?」

「いや、さっき注意されたから、誰も入んなかったさ。あの足跡は元からあったやつだ」

「よし、でかしたぞ。ちょっと調べてくるから、皆を休ませときな」

 そういうと、フタバ爺は入念に地面を観察していった。


 ――イシュメールのヤツ……場所を間違えていやがったな……。


 どうやら、ここで最後の戦闘が行われたらしい。結構な量の血痕が認められる。

 話ではもっと奥まった場所だったのだが、やはり、まだ地図が頭に入っていないようだ。


 ――ここに膝を付いた後がある……ってことは、ここから谷の対岸を撃ったのか……。


 ――しかし、この距離だ。致命傷にはならんかったろう……。


 ――怒れる魔獣は、谷のこちら側にすっ飛んでくる。


 踏み荒らされた斜面の中に、一つだけ、こちら側に向かってくる足跡が見えた。薄い血痕も確認できる。


 ――クロカエカロテスは獲物の前でよく跳躍する。おそらく、奴さんはそこを狙った。跳躍力を考えると、おそらくそこら辺に………。


 振り返って平地を見ると、他のモノより深い足跡と、激しい血痕。


 ――飛びあがる時を狙わなくちゃイカンのに、当てやすい着地を狙ったな……。


 そこから見られる直線的な移動。歩幅が広く、激しい突進と見られる。


 ――こりゃあ、あちらさんも死ぬ気だぞ。


 そこからクロカエカロテスの足跡は、谷の底へと向かい、そのまま山頂方向へと消えている。


 ――片足を引きづってるし、血もぎょうさん出とる。こりゃあ、もしかすると……。


「クンゾー!すぐに若い衆を集めろ。余計な荷物はここへ置いて、武器だけをとれ!!」


 ――もしかしたら、奴さんは、大間違いをやらかしているのかもしれんぞ………。


 フタバ爺は、指示を出しながらニヤリと笑った。




 イシュメールが最後にクロカエカロテスと戦闘を行った場所から、谷底に降りて1時間ほど山頂方向へ進むと、谷は驚くほど狭くなり、木々が天を覆うようになる。

 ごつごつした岩と、薄暗い木々の隙間には、先ほどより多くの雪が残っている。一行は、脚を取られつつ先を進む。


 突如、右手に見上げるばかりの巨大な一枚岩が現れる。フタバ爺は皆に停まるように合図を出し、武器を構える様に指示をした。

 若い衆は緊張を隠せなかったが、フタバ爺は地面を調べ終わると、無防備な状態ですたすたと大岩を回り込むように移動を始めた。何かを確信したらしい。


 そして、大岩の影。

 溶けていない雪の上に、クロカエカロテスの姿があった。


 巨大な体躯を小さく丸めているのは死後硬直の所為か、それとも、外敵から身を隠すためか――。

 それでも、その姿は魔獣の名にふさわしく、禍々しい姿である。黒く、硬質な皮膚は、掃除屋であるアナネズミの突破を許していないし、投げ出された手足に見える筋肉の筋は、動かないと分かっていても畏怖を感じさせた。


 ――あいつは、仕留めていたんだ……。


 フタバ爺は、その巨体に触れながら、弟子の未熟さと、また、末恐ろしさに震えた。

 クロカエカロテスの体には、大小さまざまな傷が見られる。その中で、特質すべきは左わき腹に見られる射出口。射入口の大きさに比べると驚くべき広さで、かつ、直線的に進んでいる傷――なるほど、こんなダメージを与えられる武器を持っていれば、一人で狩りに向かおうとする気持ちになるわけである。


 ――それにしても……。


「フタバ爺……イシュメールの旦那って、ナニモンなんだ……」


 クンゾーの目が瞬きを忘れている。


「……小料理屋の店主ってだけじゃあ、説明はつかんわな……」

 

 それはそうである。

 しかし、この場にいる者全てが、この状況を説明できるわけもないので、ひとまず証拠の頭部だけを切り出して(これも、かなり骨の折れる仕事だった)帰路についた。




 これが、イシュメールの「魔獣撃ち」デビュー戦である。





「第2章 初陣」 了




■魔獣ファイル№1 這竜(しゃりゅう)クロカエカロテス

 比較的発生頻度の高い大型魔獣。基体(魔獣の元となる動物)は大型のトカゲであるバラヌスカロテスと言われている。体長は尻尾を含めて20メートルほどになるが、手足が長いので、もっと大きくも見える。体が細く、頭部も頭蓋骨を思わせるのっぺりとした外観をしているので、スカルドラゴンと呼ぶ地域もある。

 異常に発達した前脚を使って、敵の前で突然飛びあがる動作がよく見られる。肉は硬質で。食用には適さないが、軽くて強靭な腱や皮膚は、職人達にとって垂涎の的となっている。

  





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