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ジビエ料理「潮吹亭」  作者: 白くじら
女難というか災難
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現在㊼ 倫理観の行方

 三大欲求を上回るエネルギーといえば、もうこれしかないだろう。


 便意である。


 獣ならそれほど気にしないでいい。

 そこらで垂れ流せばいいのだから。


 しかし、人間として生を受けた以上、垂れ流す姿だけは見せたくない思うのが人情というもの(特殊性癖をお持ちの方を除く)。何か理由があればそれはそれで仕方がないし、人間いつかは誰かに処理してもらうようになることを考えれば、遅い早いの問題なのかもしれない。それでも、できるうちは自分で処理したいと思うのが人のエゴ――すなわち、プライドというものだろう。

 

 つまるとこ、美女二人に下着で言い寄られるという、男としては三回人生を繰り返してもたどり着けない幸運の境地をぶち壊してでも守るべき尊厳があるのだ。




 っというわけで、イシュメールである。

 彼の膀胱はもう限界――先ほど、店を出る時から「そろそろ~」なんて思っていたのに、そこからエロ騎士団長に絡まれるわ、馬車で移動するわで、なかなかチャンスがなかった。

 そこに来てクロエの攻撃による意識の喪失。正直なところ、意識を取り戻した時、漏れていなくて良かったと最初に思ったくらいなのだ。


 そこに来て、なぜか突然始まった妙にセクシーな展開。イシュメールとしても、やぶさかではない展開なのだが、そろそろ限界が近いのも事実。このままではクロエの拙い愛撫で、違う液体をばら撒いてしまう可能性がある。


 背に腹は代えられない。


 後年、何を言われようとも、今、ここで漏洩事故を起こすよりはよっぽどマシだ。そもそも、やつらがこんなまどろっこしい誘惑(?)してこなければこんなことにはならなかったのだ。


 アホなのか?

 いや、アホなのだろう。

 なんで、こんなアブノーマルな作戦を思いつくのか。そしてそれを実行しようと思ったのか。


 たしかに、関係性を先に進めるためには荒療治が必要であった。それは認めよう。しかしである。この二人が下着姿で近寄ってきたら、それに抗える男などいないのだ。手足を縛る必要がどこにある?自分達の戦力を思いっきり見誤っているだろうが。

 

 言いたいことはまだまだ山ほどある。しかし、今、言いたい事は一つだけ。


 おしっこがしたい。


 ダメだ。


 もう限界。


 このまま黙っていても、状況は改善されない。彼女らは、行為を達成するまでこの拘束を解くつもりはないだろう。


 意を決したイシュメールは、正に清水の舞台から飛び降りるつもりで口を開いた。それはもう、色々なものを投げ捨てた結果の一言である。




「あの………トイレに行かせてもらえませんか……」




 場が凍りついた。


 あたりまえだ。

 美女二人が下着姿でフェロモン全開で戦いに挑んでいるのに、この場におよんでまさかの排尿懇願。まさかのカミングアウトに、さすがの二人も一瞬は思考が停止する。


 だが、フェリルは冷静だった。

 持ち前の器のデカさというか、度胸の据わりかたで、この場での最適解を選んでみせた。


「逃げないと約束してくれるならいいわ」


 すばらしい。

 それしかない。


 出るモノが違うとはいえ、同じモノを使う以上、我慢しろとは言えないのだからしょうがない。「しょうがないわね~」と冗談めかして笑うフェリルと、「なんかゴメン」という顔をするイシュメール。凍りついた空気が少しだけフワッとした。


 しかしである。


 この場には乙女でありながらゲス社会(軍隊ともいう)の洗礼を受け、常識をこじらせまくった女がいることを、二人は失念していた。


「だめですフェリルさん。トイレの窓から逃げ出すかもしれませんよ?」


 二人は思わずクロエの方を向いた。もちろん「正気か?」という意味を込めてなのだが、彼女は恐ろしい事に冷静だった。正常運転でこのクオリティーは、まさに狂気の女王といっても過言ではないだろう。


「私達は今、人生の分岐点にいます。この場で決着をつけられなかったら、次はありえないんです」

「そ、それはそうだけど……こればっかりは無理じゃない?」

「無理じゃありません。私達騎士団は、どんな逆境でもアイデア一つで乗り越えてきました。それを教えてくれたのは隊長本人なんです!」


 そして、クロエが取り出したのは花瓶だった………。


「ちょ、ちょっと待てクロエ………おま、おまえ、何考えてんだ………」

「量的には問題ないはずです。この壺なら成人男性の量を受け止めることができるでしょう!」

「ざけんな!!いいからそれを置け!!いや、置いてください!?」

「フェリルさん、やりましょう。私達ならきっとできるはずです」

「で、でも、それって……」

「やめろ、やめて、お願いだから!!」


 さすがのフェリルも泣きそうになっているイシュメールを見て、腰が引けている。しかし、そのフェリルの肩をクロエ(悪魔)がそっと掴んだ。


「フェリルさん、さんざんかっこつけていた隊長の可哀想な姿、見たくありません?」

「!?」

「私達の幸せのためだって言いながら、女の気持ちをないがしろにしてきた男をイジメたくなるのって、そんなに悪い事ですか?」

「………」

「泣きそうになりながら……でも、止められない感じで情けない顔をする隊長………きっとすっごく可愛いと思うんです……」

「…………」

「そんなレアな隊長を、一緒に鑑賞しませんか?きっと、一生の宝物になるんじゃないですか?」

「…………なるわね」

「じゃあ、一緒に壺をセットしましょう」

「そうしましょう!!」


 フェリルが顔を上げた時、その瞳は完全に濁っていた。そして、その濁った沼のような瞳の奥に、怪しい炎が見える。

 イシュメールは底知れぬ恐怖に捉われ、つい、大きな声を出す。出すのだが……。


「ちょっと待ってえええええええええ!!!」

「大丈夫ですよ隊長。その拘束している紐は最近開発された捕虜連行用です。力いっぱい引っ張っても、絶対に切れません。もちろん魔力を込めてもです」

「聞いてねえええんだよおおおおお!!?」

「クロエちゃん、私がズボンを降ろしていい?」

「いいですよ。でも、脱がしたズボンは膝元にまとめておきましょう。その方がそそられる絵になると思いません?」

「天才なの?」

「大バカ野郎だよ!!」

「それでは……」


 フェリルはゆっくりとベルトに手を掛けた。その手はおずおずという感じではなくて、どちらかというとわくわくに近い感じを伝えている。


「やめて、やめてください!!もう、心を決めました。もう、気持ちをはぐらかすような態度はとりません!!素直に関係を受け入れます!!だから、だから、頼みますから、それだけはやめて!!」

「はあ、はあ、はあ、はあ……やばい……私、過去最高に動悸がすごいことになってる……」

「聞いてねえな!!?あと、やばいのは動悸じゃなくて、目だから!!もう目が怖い!!」

「は~い、じっとしてましょうね~」


 しゃれにならない。

 もうここにいるのは愛くるしい元部下と美しい同僚ではない。捕食者――簒奪者――いろいろと表現はあるだろうが、つまるとこ狂った二匹の獣である。


「あらあらあら……これはこれは初めまして……。なかなか興奮――じゃなくて、興味をそそられる見た目をしてますわね」

「実をいうと私は二度目です」

「クロエちゃん?」

「隊長が山で用を足していた時、こっそりついていって確認しました。なので、5年ぶり?ぐらいですかね」

「最低だな!!お前、最悪だからな!!」

「ご無沙汰していました。これからは毎日、お会いしましょうね」

「交代制じゃないの?」

「それはおいおい。とにかく、今は段階を進めましょう」


 そういうと、クロエは例の壺を取り出してきた。


「フェリルさん、これをそこへ……」

「わかったわ……。では、失礼して……」

「失礼しないで!!ほんとに、ほんとにもう限界なんだって!!ねえ、ねえ、頼むから!!!」

「往生際が悪いですよ、隊長……」


 クロエは持ち前のボディコントロールでイシュメールの上体を抑え込むと、もう全ての選択肢は一つの結末に集約された。


 すなわち、尊厳の崩壊である。





 …………………………




 泣きそうな――いや、泣いている男と対照的に、恍惚な表情を浮かべている女二人。一人は男の顔――というか涙を舐めていて、もう一人は愛しそうに温タオルで汚れたアレをぬぐっている。


「隊長、すっごく可愛い表情でした。正直、とってもムラムラします」

「わたしも新しい扉が開いちゃった気がするわ……。はい、これでよし。綺麗になったわよ?」

「今度は私に拭かせてくださいね」

「今度もあるの?」

「隊長が素直になればないと思いますけど?」


 クロエが今まで抱え込んでいたイシュメールの頭を離すと、悲しそうな声がぼそりと漏れた。


「もう、好きにしてくれ……」


 消え入りそうな声である。

 普通なら罪悪感につまされる所なのだろうが、今の彼女達には逆効果だ。


「いいんですか?」

「ホントいいの?」



 キラキラした瞳を向けてくる二人。

 違う、そうじゃない――と思いつつも、反論する気力を完全に奪われたイシュメールは、静かに倫理観を手放した……。


 




第12章「女難というか災難」 了

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