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過去②:魔獣駆除

 斜面を滑り落ちるイシュメール。その上方を、黒い影が通り抜けた。


 ――今のはやばかった。


 素早くポンプアクションを行い次弾を装填するが、もうターゲットは森の中に姿を消している。やはり、一人で戦うとなると、このクラスの魔獣でも厳しいモノがある。


 這竜(しゃりゅう)クロカエカロテス。


 大型魔獣としては発生頻度が高く、比較的戦闘力も低い。しかし、人間一人で抵抗するには十分すぎる体格とパワーがある。

 全長は長い尻尾を含めて20メートル。体格はスマートで、手足と首がバランス悪く長い。その手足を器用に使って地面を這い回る姿は、まるで亡霊。ツルリとした顔と相まってスカルドラゴンという別称もある。

 個体差はあるものの全身は黒く光沢があり、動きは敏捷。イシュメールは、何度も駆除にあたった事があるが、当時は一個小隊で対処していた。


 ――こりゃあ、思ったよりも難しいかもな……。


 体中にひっついた雪やら草木やらを払いつつ、イシュメールは木々の隙間を睨んだ。





 ……………



 イシュメールのもとへ、魔獣駆除の依頼が来たのは昨日の事だった。

 狩猟の師匠であるフタバ爺さんが、山でクロカエカロテスの目撃情報があったと伝えに来たのだ。

 フタバ爺さんからしてみれば、イシュメールはまだ修行中の身である。一人で魔獣と相対するのは荷が重いと考えていた。しかし、彼が魔獣駆除の専門家であった事は知れ渡っていて、村長から様子だけでも見に行ってくれないかと頼まれたらしい。

 イシュメール自身、村に厄介になっている身なので断る訳にもいかず、失敗するかもしれないという条件付きで承諾した。フタバ爺さんは最後まで「森を覚えるまで待った方がいい」と反対してくれていたのだが、結局は準備の手伝いをしてくれた。



 そもそも「魔獣を駆除すること」と「野生動物を狩猟すること」とは、まったくの別物である。生活のため、自然から資源を間引く事が狩猟だとしたら、魔獣駆除はどちらかというと防災活動に近い。

 魔獣とは生態系からこぼれ落ちた特異点で、土地と共存できず、災害と同等に扱われるからだ。

 

 獣の仕留め方も違う。


 魔獣は巨大で、やたらと堅いから、こっそり安全圏から「ズドン」なんて真似はできない。かなり接近しなければ致命傷を与えられないのだ。魔力を込めた武器でぶったたくのが一番有効なのだが、奴等は食欲から切り離された無慈悲な戦闘意欲を持っているため、のこのこ近付いていったら間違いなく引き裂かれる。

 一般的な戦闘方法は、包囲網を敷いて、徐々に体力を削っていく方法だ。そのため、イシュメールがかつて所属していた獣騎士隊では、部隊の位置取りが特に重要視されていた。強力な魔獣相手だと、中隊規模の戦闘も珍しくないため、戦略的に動かないと収拾がつかなくなるのだ。


 しかし、それはあくまで部隊での話。個人で相対すれば作戦など考える余裕が無い。

 捕捉された瞬間、有無も言わさず襲ってくる巨体。弾の装填中に援護をしてくれる仲間もなく、水すら飲めない時間が続く。身を隠せたと思ったら姿を見失い、また、索敵に体力を消耗する。クロカエカロテスだからこそ、こうして生き延びているが、これが他の魔獣だったら結果は違っていただろう……。



 ………………………



 イシュメールは適当な所に腰をおろした。水分を口に含んで、つかの間の休息。銃を点検しながら、先ほどの戦闘を振り返る。


 ――散弾の方が良いと思ったんだけどな……。


 イシュメールは、散弾を使用して徐々に体力を削ろうとしたのだが、敵の素早い動きに翻弄されて上手く接近ができなかった。結果、射程の短い散弾の有効範囲にターゲットを収める事ができず、ダメージを与える事ができないという残念な結果が続いた。


 ――スラッグ弾を使用するしかないか。


 イシュメールは散弾を抜き取り、一発もののスラッグ弾を装填した。これなら、攻撃力は各段に跳ね上がるし、有効射程距離も200mまで伸びる。その分、外れる確率も上がるのだが、そもそもダメージが通らなければ意味はないのだ。

 問題は、今回の個体がやたらと勘が良いという事。もともとクロカエカロテスは動きが速く、銃との相性が悪い魔獣だが、この個体は勘が鋭くて、銃を構えるととたんに回避行動をとり始める。過去に魔銃を使う猟師と出会っているのかもしれない……。


 不安要素は消えないが、イシュメールは休憩もそこそこにして歩き始めた。日はまだ高いが、冬の山はびっくりするぐらい夜の足が早い。ぐずぐずはしてられないのだ。

 


 それから1時間ほど、雪と土が交じる山での探索が続いた。

 一流の猟師は、地面の痕跡からどんなに脚の速い動物でも追い詰める事が出来るのだが、イシュメールにその技術はない。けっこうな周り道をしつつ、ようやく本日3度目の索敵に成功した。

 場所はモリヨシ山の中腹――相手は谷を挟んだ対岸。直線距離で400mほど離れた場所で、オオクズリと見られる獣を襲っている。


 イシュメールは膝立ちになり、照準を睨んだ。


 距離は有効射程距離の倍はあるだろう。しかし、魔力を含んだ弾丸なら致命傷を与えれなくとも、魔獣の皮膚に穴くらいはあけられる(と、思われる)。

 そうなったら、勘のいいヤツはこちらに気が付いて、襲い掛かって来るだろう。クロカエカロテスに飛行能力は無いが、持ち前の素早さで到達時間は3分もかからない。その間に、この個体にスラッグ弾がどの程度有効なのかを見極める。最悪、ダメージが通らなければ、依頼を放棄する事も考えなくてはならない。


 ――さて、問題は射撃の精度だが……。


 もともと、この魔銃はショットガンをベースに作られているので、長距離射撃には向いていない。バレルに螺旋溝を設けるなどの細工をしていても、こんな距離で撃つことを想定はしていないのだ。

 それでも、イシュメールには「当たる」という確信があった。こんな距離の射撃練習は、しばらく行っていないものの、なんとなく銃から伝わってくる感覚や、空気や、内側から発する力の流れが、それを予感させていた。


 そっと、引金に指を掛ける。

 片目をつぶり、照準に敵の姿を収める。


 ――…………。


 こちらに気が付く様子はない。

 イシュメールは引金を、そっとしぼった。


 銃口の周りに、円形の魔術紋が広がる。ガツンという振動が肩口にかかり、周囲のきめ細かな雪が舞い上がった。

 顔を上げると、既にクロカエカロテスは手前側の斜面をジグザグに登って来るところだった。

 距離は瞬く間に縮まる。信じられないくらいの反射神経と速度だ。


 ………150m、125m、100m。


 はっきりと敵意を向けているクロカエカロテスの顔が見える。せわしなく動く口には、血の化粧が施され、吐く息の臭いまで伝わってきそうだ。

  

 だが、イシュメールは撃たない。

 目を凝らし、観察する。


 クロカエカロテスの動きに変化はないように見える。しかし、泥まじりの雪に血痕が落ちている。右の脇腹――よく見れば左へ曲がる時、つまり、右前脚に力が入る時に、若干速度が遅くなっていた。

 イシュメールは、スラッグ弾の有効性を確信した。あの距離でこれだけダメージが通るのであれば、至近距離なら致命傷を与えるのは難しくないだろう。

 

 

 ボンっっという雪を突き破る音がして、クロカエカロテスが斜面から飛びあがった。泥と雪が、噴火のように周囲へ広がる。巨体はイシュメールを飛び越えて、数メートル向こう側へ。

 イシュメールは、降りかかる泥をぬぐう事もせず、向きを変え、狙いを定める。

 狙いは、着地の一瞬。

 飛びあがるだろう事は予測できていた。その時に晒す比較的やわらかな腹もチャンスではあった。だが、イシュメールは正対するタイミングをあえて待つ。それは、負傷した獣が自身の体重を支え切れずに動きを止める瞬間であり、射角が最も有効になる瞬間でもある。


 フタバ爺いわく「こう、獣はな、正面から撃った方がええ。あたる面が大きいからって、胴体を撃ったとしても、なかなかは死んではくれん。考えてみいよ、四つ足の獣を撃つとして、正面から撃った方が、弾が長く体の中にはいっとるじゃろ?」とのこと。


 知恵なのか、経験なのか、はたまた想像力なのか。

 いずれにしろ、フタバ爺の言葉には実績があり、理にかなっている。

 

 事実、イシュメールの弾丸がクロカエカロテスの肩口に飛び込むと、相手は大きく体勢を崩して倒れ込んだ。弾丸の威力と入射角を考慮すれば、内臓に深刻なダメージが入っているのが分かる。

 それでも起き上がろうとする魔獣に、イシュメールは問答無用で照準を合わせる。情けを掛ける余裕など、最初から持ち合わせていない。今日、初めて与えた大きなダメージに、安堵感こそ感じたものの、引金を躊躇する理由はなかった。


 ところが、である。

 その僅かな「安堵」という気持ちの隙間をついて、クロカエカロテスの長い尻尾がイシュメールの肩口を襲った。鋭く伸びるしなやかな一撃は、イシュメールを地面から引っこ抜く。

 イシュメールも転がりながら銃を構えるが、敵は無事な方の腕で頭部を保護している。


 ――勘のいいヤツめ!!


 焦って無理矢理ぶっ放した弾丸は、角度が悪かった。前腕の肉を吹っ飛ばしたものの、体幹部からは大きく反れた。再装填をする間に、敵は決死の突撃を仕掛けてくる。


 最初から避けようと思っていれば、何とかなっただろう。しかし、初の単独魔獣駆除を成功のうちに終わらせたいという下心が、意識を攻撃に向かわせてしまっていた。時間と労力のかかる探索を避けたいという気持ちもある。

 とにかく、逃げる事を躊躇したしシュメールを、えげつない衝撃が襲う。クロカエカロテスの突き上げるような頭突きが(とっさにガードした銃の上ではあったが)直撃したのだ。


「ごふぅぅう!!」

 

 肺の中に残っていた空気が絞り出され、空へ飛ばされる。危険な時ほど、撃ち急いではいけないというのは銃を扱う猟師の鉄則なのだが、どうもここら辺に素人臭さが出てしまう。

 墜落先は、先ほどクロカエカロテスが駆け上って来た斜面。そのまま、ずるずると滑り落ちる。

 

 ――あ、死ぬかもしれない。


 全身にダメージが進入している。

 痺れるような鈍痛が体を支配していて、どうにも脳の言う事を聞いてくれない。おそらく、このまま何もできなかったら、手負いの魔獣により引き裂かれる公算が高い。

 

 ――動け……動け………動け…………・・・・うご……






 ガバ!!っと起き上がるイシュメール。

 銃を構え、すかさず弾丸を装填。駆け上がるように斜面を越える。


 と、そこには――。

 そこには、稜線に隠れつつある弱々しい太陽の姿があった。

 おそらくだが、クロカエカロテスに吹き飛ばされてから1時間は経っているかと思われる。


 少し離れたところで、鹿の鳴き声が聞こえてきた。

 どうやら、近くに危険な生物はいないらしい……。


 


 …………………



 イシュメールがネッコ村に戻って来たのは、日がどっぷりと暮れた頃だった。

 手負いの魔獣を逃がした事で、村に二次的な被害が出ていないか心配だったが、これ以上の速度で歩く事は出来なかった。

 ひとまず、フタバ爺さんに報告をしようと門を叩いたところ、中からまったく意図しない人物が飛び出してきた。


「魔猟師さん!!無事だったかい!?」


 迎えてくれたのは、ネッコ村唯一の治療院で補助師を務めるコネリさん。血色のいい顔を心配そうに歪めながら、イシュメールの体をペタペタさわって点検する。


「無事ってわけじゃあなさそうねぇ……」

「まあ、手足を失ったわけじゃあないですから」


 イシュメールが苦笑していると、奥からわらわらと人が出て来た。どうやら、彼の事を心配して、集まっていたらしい。


「みなさん……」


 装備をひとまず玄関に降ろし、うながされるまま家の中へと進む。囲炉裏を挟んだ一番奥に、胡坐を組んだフタバ爺がいた。


「フタバ爺……申し訳なかったです……」


 小さな体。何本も深い溝の入った顔。そして、目尻がぐっと下がった優しい眼差しの持主。一見、どこにでもいる人の良さそうな老人なのだが、この男こそ、ネッコ村にフタバありと言われた腕利きの猟師である。


「失敗しちまったんかい?」

「撃ち急ぎました……。手負いの獣を野に放ってしまいました……」


 手負いの魔獣は攻撃性が上がる。クロカエカロテスくらいの魔獣だったら村を襲うなんて事はめったにしないが、それでも今日は寝ずの番が必要だろう……。

 

「そうか……」


 フタバ爺は短く、溜息をつくように言うと、椀をイシュメールに進めてきた。


「とりあえず食え。そんで休め」


 椀の中には、すっかり煮崩れたオオクズリのスネ肉がゴロゴロと転がっている。少し、味が濃く、臭みも取れ切れていない大雑把な料理だが、芯に届く温かさがあった。


「………無事で帰ってこれたんなら一つ儲け。獲物が取れたら二つ儲けってのが猟さね。今日は、失敗しても生きて帰ってこれたんだ。三つぐらい儲けたなぁ……」


 フタバ爺は、細くなった目をさらに細めて、しみじみとつぶやいた。

 




 




 

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