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魔獣対応報告書  №アA-12


発生日: 3200年3月24日

場 所: 第三食料保管庫北西側

対 象: シュロノウラデス

転 帰: 駆除


【基本作戦】

 牽引型側面攻撃。


【戦闘参加部隊等】

 第一機動小隊

 第二機動小隊(支援補助)

 第一討伐小隊

 第二討伐小隊

 第三討伐小隊(支援補助)

 通信連絡小隊

 特科工作小隊

 軍    監 カテナ・アラモス少尉


【活動報告】

・第一接触

 事前偵察に出向していたイシュメール氏とアラモス少尉が、第三食料倉庫から北西10キロメートルほど離れた場所で、ゆっくりと南東へ前進しているシュロノウラデス(以下、対象魔獣という。)を発見する。対象魔獣が第三食料保管庫へほぼ真っ直ぐに向かっていることから、誘導は不要と判断。


・攻撃開始

 第一機動小隊と第一、第二討伐小隊の混成部隊により、対象魔獣の側腹部への攻撃を開始。攻撃方法は騎乗での槍による。


・効果

 対象魔獣の進行速度を著しく低下させることに成功し、城壁への衝撃を緩和させた。

 なお、城壁へと対象魔獣が伸びあがったことにより、右後股関節外側に位置する急所が露わになった。致命傷に至る攻撃は、このことから生まれたと考えられる。


・被害

 対象魔獣が城壁上へ首を伸ばしたことから、設置していた歴代食料保管庫保安長の銅像が内側へ落下し、破損した。

 城壁についた粘液は、時間と共に茶褐色へと変色するものの、強度には影響がないとの見解を得ている(魔獣管理部 生態調査係)。


【検討事項】

 本件駆除事案については、対象魔獣の生態理解が効果を発揮した。以後、生態調査隊を作戦立案時に同席させることが有効と考えられる。






 ……………………………………




「なっとくいきません」


 クロエはどかんとブリキのジョッキを机に叩きつけた。皆はこの爆弾娘の機嫌が悪い事をすでに察知しており、逃げ遅れたイシュメールとカテナだけが絡まれている状態である。


「なんであのバカみたいな作戦を、成功って報告しなくちゃならないんですか」

「だってしょうがないだろうが。相手は遠縁とはいえ王族だぞ?正面切って『お前はバカでした』なんて言えるわけがないだろうが。それに、成功って報告する訳じゃない。問題は生じなかったってことにするだけだ」

「一緒じゃないですか」

「一緒じゃねえよ。こういう作戦を立てるヤツはだいたいがアレな感じだから『すごく良かった』って報告がないと勝手に『上手くいかなかった』って解釈してくれるもんなんだって」


 イシュメールが「ねえ、カテナさん?」と視線を送ると、カテナも苦笑いをしてみせる。作戦立案側の立場としたら、なかなかに答え難い内容である。


「ほら違うって」

「空気を読め、このアホ娘。あの顔は『認めたいけど、認めるととんでもないことになる』って顔だろうが」

「はははは……。できるだけ皆さんの意見を汲み取れるように報告書は作成しますんで……」

「ほら、カテナさんは頑張ってくれるってよ。よかったな」

「何ですかソレ」

「何だよ」

「何ですかソレは!!」

「だから、何だよ、何に怒ってるんだよ!?」

「うっさい、ボケ隊長!!」


 イシュメールにナッツを投げつけて、テーブルを去るクロエ。後ろ姿に「うんこか?」というと、ナイフが頬をかすめて背後の壁に刺さった。ナイフがめり込んでいる具合を見ると、彼女が本気だということが分かる。


「あ、あいつ……本気で投げやがった……」

「私はイシュメールさんのイジリ方の方に驚いています……」

「これは獣騎士隊の慣習みたいなものなので仕方が無いんです」

「本当ですか?思いっきりナイフを投げられてますけど?」

「これ、完全にヤル気できてますよね?民間人にナイフを投げつける騎士って、処分とかできないんですか?」

「女性が席を立った時に『うんこか?』と訪ねる気風の方が問題です」

「いや、ナイフの方がヤバイですよ。ナイフは下手すると死んじゃいますからね?」

「言葉も時として人を殺すことがあります。自覚なさい」


 やいのやいのと言葉を交わすイシュメールとカテナ(意外と気が合うらしい)。

 そこへ、少し遠慮がちに男が顔を出す。


「なあ、イシュメール――」


 ()第二討伐小隊の小隊であるモリッチである。クロエが去ったのを見計らって近付いてきたようだ。


「おおモリッチか、座れよ。そして、クロエを引き取ってくれ」

「いやいや、俺はいい。彼女が来たらあっちに戻る」

「こら、仕事を放棄するな。あのじゃじゃ馬の担当はお前だろうが」

「彼女は俺の手には負えん。つーか、あれをあんな感じにしたのは君だろうが。責任とって、なんとかしろ」

「無理だって、さっきの見ただろ?ナッツの後にナイフだぞ?あいつは母親にナイフを人に向かって投げるなって教わってこなかったのか?」

「だから、それはイシュメールさんが悪いって言ってるじゃないですか」


 カテナの突っ込みに、モリッチも頷く。


「そもそも、なんでクロエさんが怒っているか、イシュメールさんは分からないんですか?」

「生理」

「サイテーだな!!」

「ナイフが刺さってしまえばいいと思います」

「いや、冗談だって。分かるよ、分かりますよ。アイツは私が評価されないのを怒ってくれてるんです。このままいけば手柄は作戦立案者のものになりかねない。それはあまりにも理不尽だって思ってるんですよ。でも、そういうのって照れくさいじゃないですか……なあ、モリッチ?」


 知らんがな――という顔をするモリッチだが、カテナは溜息をつく。


「分かってないですね。それもあるんでしょうが、肝心なのはそっちじゃないと思いますよ」

「?」

「彼女、今回の作戦でイシュメールさんの評価が上がれば、部隊に戻って来てくれるって思ってたんじゃないですか?じゃなきゃあ、出会った時にあんな激しい愛情表現なんてしませんよ。たまにお店の方にも顔を出してるんでしょう?その時、あんな勢いで抱き付いてきますか?」

「それは……ないかな……」

「一緒の部隊で、もう一度戦いたいんですよ。現隊長であるモリッチさんの前で言うのもなんですがね」

「あ~……そっちね……」


 間が悪くなり、ジョッキを傾けるイシュメールだったが、残念なことに空だったようだ。その隙をついて、モリッチがジトッとした目線と少し歪んだ口元で訪ねる。


「で、どうなんだ?」

「なにがだよ」

「お前に戻るつもりはあるのか?」


 核心というヤツだ。

 この男は小心者で空気が読めないくせに――だからなのかもしれないが――こういうストレートな質問をすることがある。

 そうなると、投げつけられた方は逃げることは許されない。現に、先ほどまで好き勝手に騒いでいた連中が、こちらに耳を傾けている。


 なるほど、なかなかに策士である……。


 


「はめたな?」


 イシュメールはカテナを見やると、彼は涼やかな顔でワイングラスをクルクルしている。


「なんのことでしょう?」

「……どこからですか?まさか、元の作戦までフェイクじゃないでしょうね?」

「それは流石に誤解です。私がセッティングしたのはこの席だけ。まあ、イシュメールさんの有用性を皆が再確認すればこういう流れになるとは思ってましたけど」

 

 見回すと、ニヤニヤと笑っている連中。おそらくは「イシュメールが戻ってくる」などという情報が回っているのだろう。セッティングとはうまい言葉である。


「で、どうなんだ?戻ってくるのか?なんならこのポジションをまんま譲ってやるぞ?」

「うるさいモリッチ。お前はクロエが怖いだけだろうが」


 イシュメールが同期の男を睨むと、今度は別の同期が声をかけて来る。そのデカすぎる陰嚢の所為でブラックシェルの通り名がついた残念な男だ。


「なんだよ、ビビってるのか?」

「分かりやすく煽るんじゃないアガベ。お前はもう少し頭を使えるようになれ。いっておくが、人間は陰嚢で物事を考えることはできないんだぞ」

「やかましいわ!!」


 笑いながら第一討伐小隊長アガベはジョッキをグイと傾けた。今回の戦闘で、彼は(とても驚くべきことだが)積極的に裏方に回っている。それは同期に対する気遣いからだったらしいのが、照れくさくてそれを主張できないでいるのだ。


 そんなアガベを押しのけて、次は長身壮年の男が前に出て来た。

 

「――なんだお前。あんだけやっておいて戻らんのか?」

「げ……エンリコ大隊長……」


 中隊長達を囲んで酒を飲んでいたはずのエンリコ。満を持しての登場に、イシュメールもたじろぐ……。


「久しぶりに動きやすい作戦だった。頭でっかちにならず、それでいて理にかなっていてな」

「ありがとうございます。そう言っていただけると、こちらも悩んだ甲斐があるってもんです」


 いまだにこの男に褒められると、身体の中心が熱くなる。それが条件反射というものなのか、それとも、エンリコという個性なのかはイシュメールも分からない。


「お前ならぎくしゃくしている本営との関係も上手くやれるんじゃないか?前のような小隊長じゃなく、もっと自由なポジションも用意してやれるぞ?」


 頭の固い騎士隊としては破格の条件である。エンリコの言う自由なポジションというのは、大隊長直下の指揮管理系統のことを指す。指揮管理系統の者は、部隊運営に関してだけをいえば中隊長よりも発言権を持つ(給料も良い)。


 イシュメールも流石に逡巡する。

 かつて、自分がやりたくてもできなかった事が、大手を振ってできるかもしれないのだ。

 

 「研究」と「現場」と「作戦」が相互に補完し合う関係――結局、自分の階級に不釣り合いな絵を描いたせいで何の形にもならなかったが、いつか何とかしたいと思ってもいた。それこそが、人生の目標と考えていた時期もあった……。



 しかし、タイミングの問題で言えば、少し遅かったのだろう。

 未練は少しづつネッコの雪解け水に溶けだしている。



「………大変ありがたいお話ですが、辞退させていただきます。腕を買って頂いたのは嬉しい限りなのですが、私にはもうちょっと狭い場所の方が似合うみたいです」


 イシュメールは立ち上がって頭を下げた。

 エンリコもそれを止めはしない。自分に向かって頭を下げたのではないというぐらい、この不器用な男でも分かる。


「そうか……残念だ。最近の風潮を考えると、お前みたいのがいてくれると非常に助かるところなんだが、無理にというわけにはいかないな」

「協力はしたいと思っています。しかし、私にもこの4年間で繋がってしまった縁があります。それを放り出せるほど、無責任にはなりません」

「うむ……」


 かつての直属の上司と部下。

 互いの性格は、手に取るように分かる。


 皆も諦めと納得を込めて、もう一度乾杯の盃を上げようとした。そういう潔い雰囲気がこの連中にはあるのだ。


 しかし、そこにしゃしゃり出て来る輩がいる。


「じゃあ、こうしましょうか――」


 カテナである。


「我々獣騎士隊は、今後もイシュメールさんの協力をあおぎたい。イシュメールさんも協力はしたいが、ネッコ村の生活も捨てられない。なら、特別顧問という形で獣騎士隊に席を置くのはいかがですか?」

「でも特別顧問って、定年退役した人しかなれないんじゃないですか?イシュメールは自主退役ですよ」

「モリッチさん、それは違います。規定上は自主退役でも問題ありません。もちろん、懲戒された人はダメですが、イシュメールさんは軍法会議でもシロでしたから問題なし」


 イシュメールは空いた口がふさがらない。

 なにより「やられた」という感覚がすごい。 


「ちなみにですが、イシュメールさんがリョジュンで私刑にした兵士ですけど、本当にろくでもない人間だったみたいですね。隊内でも暴力と窃盗を繰り返し、部下の妻を無理やり手籠めにしようとして訴えられてもいます。その件は親族が大物だったので金で解決したらしいのですが、なんにせよ、彼の死を悼む者はどこにもいませんでした。両親ですら表向きには放蕩息子がいなくなって良かったと言ったそうですよ」


 テーブルの上には、いつのまにか契約書が広げられている。


「ああ、この契約書はこの会が開かれる前に作成しておきました。特別顧問について説明しますと、通常の顧問と違うところは、呼び出しに応じるのは努力義務で足りることです。もちろん、契約の破棄はイシュメールさんの一方的な意志で行う事ができます。給金は強力依頼した時に支払われることになりますが、それは口頭での相談も対象になるのでご安心ください」


 さあ、どうぞと言わんばかりに条件が整っている。断る理由も全て潰され、イシュメールはただ、コクンとうなずくしかない。


 それでも最後の抵抗として、カテナにおもっくそナッツを投げつけた。

 本当ならナイフを投げつけたいところだが、それではクロエと同じになってしまうのでやめた。





■魔獣ファイル№4 弾岩獣シュロノウラデス

 体長が50メートル近くにもなる巨大な魔獣。基体はシュロロスという大型の両生類である。

 元来が川底で魚を待ち構えて食べる生物であったため、首を曲げたりする動きは素早いものの、手足が短く自身の移動は得意ではない。巨体を維持するために大食悪食で、動くものはひとまず何でも口に入れる。

 平地での駆除は非常に困難で、発見されても通常は避難を優先するのが一般的である。体表を覆う粘膜は、乾くと茶褐色になり悪臭を放つが、ミネラルが豊富なことから飼料として用いられる。

 柔らかい皮膚を持つくせに弾岩竜という名前がついた理由は、現場に出たがらない研究者が遠目で見て適当につけたというのが有力な説である。



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