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過去⑯ 道すがら

 イシュメールとブロックは炭鉱街に戻ると、一気にクロツチ山の頂上を目指した。


 他の二名は居住区に残り、いざという時の住民保護にあたる。つまり、協会は、炭鉱街の支配者から「炭鉱の一時ストップ+全住民の避難」を勝ち取れなかったということだ。

 無理もない。証拠も何もない理屈に、経済を止めるほど、炭鉱街の支配者は寛容ではないのだ。


 ただ、だからといって住民を見殺しにしていいわけがない。協会は、登録ハンターを全員呼び出して、炭鉱街全体に配置させた。

 それでも、イシュメールの予想が当たり、すみやかな駆除がなされなければ、被害は確実に出るだろう。


 暴風竜の名はだてじゃないのだ……。






………




「……ほんとうに、クロツチ山の頂上にヤツがいるか?」


 数時間前。

 引き返す道すがら、ブロックはイシュメールに訪ねた。しかし、イシュメールとしても「わからない」としか返す事ができない。なにしろ、かなり信用度の低い文献をもとにした予想である。


「賭けの対象とするなら、十分勝機のあるオッズになっているとは思います」

「微妙な言い方だな。その根拠は?」

「昔、都の図書館で資料をあさりまくっていた時に見たんです」

「何をだ?」

「魔獣の出産についての記述です――」


 それは、管理の行き届いた都の図書館でも、ほこりのかぶっているような本だった。タイトルは「民間伝承と魔獣の生態」……本のタイトルからして眉唾物の内容である。

 現代に生きる人々に「南方にいる小人が人間のルーツであり、魔獣を生み出している」と言われても、はいそうですかと信じられる訳がないだろう。


 ただ、イシュメールの琴線に触れた内容もあった。

 その一つが、コルコニクスの生態に関する民間伝承で、南方の魔獣撃ち達の間で信じられていたものである。


 彼等曰く、コルコニクスは子を成そうとするとき、周囲にいる敵を排除するために攻撃的になるらしい。つまり、コルコニクスの奔放な破壊衝動は、意味があるというのだ。



「……ありえん。魔獣が子を成すわけがない」


 ブロックは、首を振りながら言う。

 当然の反応である。常識ではないのだ。


 ただ、そんなことはイシュメールも十分承知の上で話をしている。


「私もそう思っていましたし、今でもそう思っています。魔獣は、強い魔素の影響で動物が変異したもので、出産による世代交代はないというノーマン説には裏付けもあります。でも、彼自身、卵を宿した魔獣については可能性を否定していません」


 ノーマン説は小学校でも教えている有名な学説である。しかし、その論文そのものを読んだ人間は少ない。


「事実、コルコニクスの目撃例は、春から夏にかけて急上昇しています。もちろん、魔獣に関する統計は元データが少ないので信用し過ぎてはいけませんが、それでも敢えて言うならば、コルコニクスは一度出没した場所に再び現れるというデータもあります」

「コルコニクスが子を産んで、それが育った結果、同じ場所に現れているというのか。しかし、そんなに妊娠している獣ばかりが魔獣になるのもおかしいだろう」

「逆ではどうですか?」

「逆だと?」

「はい。つまり、コルコニクスの基体――コルッス鳥は、卵を抱えた場合に魔素の影響を受けてしまう可能性です」

「それは………」


 ブロックは、適切な反論を返しあぐねた。

 正直な彼は「ありえなくもない」と考えてしまったらしいのだ。


「基体である動物が魔素を溜めこんでしまう理由は、よく分かっていません。ですが、その条件の中に、コルッス鳥の妊娠時にとる行動が入っていたとしたら、決しておかしい事ではないでしょう?」

「それはそうだが……いや、まて、それだと分からんことがある。それならば、なぜあのコルコニクスは、炭鉱街でブレスを一発だけ放って去った?あんたの言っている事が正しければ、卵を持っているコルコニクスは凶暴になるんだろう?威嚇のような攻撃だけをして去るなんて、おかしいじゃないか」


 イシュメールはうなずく。

 

「だから、確証がないんです。でも、さっき言ったとおり、一つの可能性があります」

「なんだ」

「コルコニクスが巣を作ろうとして暴れた場所を、誰かに追われた可能性です」

「どういうことだ?」

「これから話をすることは、何の裏付けもない想像に基づいた話ですが――」

「構わん、話せ」

「――ある土地で、コルッス鳥が魔素を蓄えてコルコニクスに変異したとします。そのコルコニクスは、いつもの破壊衝動を周囲にぶつけました。当然、周囲は焼けただれるのですが、そこに偶然、シェロノウラデスの様な魔獣がいたとしたら、どうでしょう」

「………」

「シェロノウラデスは、固い表皮と鈍感な神経のおかげで攻撃されてもそうそう反撃はしません。しかし、一度攻撃本能に火が付くと、自身の体力が尽きるまで暴れ回ります」

「つまり、コルコニクスは、シェロノウラデスを叩き起こしてしまった所為で、当初の巣を放り出して炭鉱街――クロツチ山へ来たってわけか……」

「ありえると思います。そして、這う這うの体でここまでたどり着く事ができた。あの一撃は、絞り出すように吐き出した、最後の一発ってことなのかもしれません」

「だから、あんたはすぐにでも避難をしろって言ったのか」

「体力が回復すれば、すぐに攻撃を再開するかもしれません。杞憂で済めばいいですが、人命を賭けの対象にはできないでしょう」

「しかし、あの街ではそれが起きる。炭鉱街の正義は金だ……」

「もしかしたら、私の思い違いかもしれません。いずれにしても、現段階では机上の空論でしかない」

「だが、それは調査の結果によるものでもあるんだな……」

「何もないってことから導かれるものもあります。少なくとも、専門家である我々が、実際に現地で足を使って調べたんです。その結果は尊重してもいいでしょう……」


 実を言えば、イシュメールだって自信はない。

 しかし、誰かの生命がかかっているのなら、できるだけの対策はしておきたい。頭の中だけで鳴らす警鐘に価値はないのだ。



 ブロックはしばらくの沈黙を経たのちに、協会を巻き込んだ対策を取ることを決断した。そこら辺の判断は、実に猟師らしい現実主義の賜物だろう。






 ……………





 イシュメールとブロックは炭坑の入口を超え、岩場をよじ登るように進んだ。そして、ようやく一つの高台にたどり着く。そこからは、クロツチ山に唯一といえる平地を見下ろすことができるのだ。


 岩々がせり上がったかのような景観を持つクロツチ山に、そこだけ削り取られたかのような平地がある。人家の近い山ならば、名前の一つぐらい付いていてもおかしくないほどの特徴的な地形なのだが、残念ながら、炭鉱街の人々にそんな風情はない。

 

 ただの岩肌。


 ただの平地。


 そこに、一頭の竜が寝そべっていた。


 体長は、コルコニクスとしては平均的な6~7メートル。黄色っぽい鱗に、剣を思わせるトサカが特徴的だ。羽根は全部で四枚。大きな主翼は、鳥のような優雅さを持つ一方で、その後ろの副翼はウスバカゲロウのように繊細で美しい。

 体躯を三日月の様に丸めており、その中央には青白く光る3個の球体が見えた。


 単眼鏡覗き込みながら、ブロックは自分の目を何度も擦っている。

 どうやら、目の前の光景が信じられないらしい。


 堂々とした体躯を持つコルコニクスが悠然と寝ている姿もそうだが、何よりも、大事そうに抱ええているもの……。


「卵………だな……」


 ブロックはそれしか言えなかった。

 そして、そのまま口をへの字に結ぶ。


 そして、そのまま隣のイシュメールを見ると、彼はすでに弾丸の装填を始めていた。


「じゃあ、話をしていたとおりにいきましょう」


 ブロックはうなづくと、狼煙の準備を始めた。

 イシュメールの予想が当たった場合――発砲と共に狼煙を焚いて、街へ危険信号を伝える手筈になっていたのだ。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 昨今のお手軽無双チーレム主人公ではなく、軍属の経験に基づいた堅実な戦闘を行う主人公であること 多少は主人公足りえるだけの特殊性はあるにしても、自分で試行錯誤して狩りをする姿は好感を持てます…
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