過去⑭ 優先順位だけでは解決できないこと
「……では行くぞ」
ブロックの合図を受け、男達は何も言わずに立ち上がった。イシュメールもそのうちの一人だ。
調査団はブロックを長とした4名編成で、いずれも名の知れた魔獣撃ち(らしい)。よって、ブロックは彼等を指揮するというよりは、彼等を各個自由に泳がせておいて、自分は拠点キャンプで情報を待つスタイルで調査を進めるようだ。
人付き合いが得意でないイシュメールとしても、その方が気楽である。
炭鉱街を出た一行は、そのまま西方の山間部に移動し、乾いた小山の上で荷を下ろした。
この場所は、協会の面々が狩りをする際に宿営地にしている場所の一つで、すでに立派なテント(というよりも竪穴式住居のような外観)と、かまどが準備してあった。今回の任務に限り、食材も炭鉱街から定期的に運んでくれるらしく、野宿に慣れている彼等からしたら「至れり尽くせり」といった感じだ。
「俺はここで待つ。あんた達は、それぞれ調査にあたってくれ」
ブロックはいつものようにぶっきらぼうな口調でそれだけを伝えると、自分は鍋を取り出して食事の準備を始めた。どうやら、誰がいつ戻ってきても食事がとれるように「煮込み」を作るようだ。
他のメンバーは、ブロックがリーダーではなく飯炊き当番に徹する事を理解すると、それぞれに準備を始めた。イシュメールも皆にならって、背嚢の中身の選別に入る。今回は、宿営地を切り盛りする人間がいるので荷物は最小限ですみそうだ。
「それじゃあ、行ってきます」
「ああ、頼んだぞ」
さっさと準備を終えたイシュメールは、他のメンバーよりも一足早く宿営地を出た。向かうのは担当になっている宿営地東側のエリア。低木が多く、空から発見されやすい地形だが、魔銃を武器としているイシュメールなら何とかなるだろうという判断である。
数時間後、イシュメールは担当エリアにたどり着いた。前情報のとおり、低木が多く、空が開けているため、飛竜には恰好の餌場になる。とこどころに突き出ている岩場から下を眺めれば、のたのた歩いている人間などは、餌にしか見えないだろう。
そんな物騒極まりないエリアの中に「カラス岩」と呼ばれる、ひときわ大きく、頂上の平な岩場がある。名前の由来は、カラスの巣がたくさんあるからというだけのもので、ひねりも何にもないネーミングだが、炭鉱夫の武骨とはそういうものだろう。むしろ、その潔さが様式美と化している節がある。
イシュメールはその「カラス岩」に目を付けた。
下から見ても頂上を確認することができないので、コルコニクスが隠れている可能性も捨てきれないし(たぶんいないが……)、登れば周囲の岩場の確認もできる。
ただ、カラス岩はなかなか急峻な岩場で、スリリングなロッククライミングになりそうである。運動能力の高くない(あくまで、元兵士としてである)イシュメールにとっては、ちょっと厳しい行程だ。しかし、この「カラス岩」が他の岩場と比べて一回り高いことを考えると、登らないという選択肢はないだろう。
ため息をひとつ。
そして、ルートを入念にシュミレートした後に、意を決して岩場に足をかけた。唯一の救いは、この岩場が比較的頑丈な火成岩でできていることか。少なくとも、掴んだ岩が崩れて落下する危険性は少なそうである。
岩場と格闘する事45分――イシュメールはなんとか頂上の台地に辿りついた(案の定、コルコニクスはいなかった……)。
なるほど、たしかにそこには大量のカラスの巣がある。一歩でも踏み込もうものなら、カラス達が目の色を変えて襲ってくる。この時期はカラスの産卵期にあたり、巣を守る親ガラスは殺気立っているのだ。
無理もない。子を守る親の気持ちは、全ての動物が持つ愛情の基本原理である。それ以上のものはなく、それ以外のものは模倣であるのかもしれない。
しかし、尊いものだといっても、物事には優先順位というものがある。可哀想だが、こちらにも事情があるのだ。
イシュメールは弾丸を装填し、狙いをやや中空に定めた。
頂上の台地ではカラス達が渦を巻くように飛びはじめ、さながら黒い竜巻のようである。人間がこんな凶暴な武器を開発しなければ、イシュメールも脅威に感じていたかもしれない。
引金が引かれた。
弾丸は「しゅるるる」という間抜けな低音を発しながら飛び出し、周囲に薄い靄を発生させる。すると、先ほどまで大騒ぎをしていたカラス達が、次第に弱まっていき、ぼとぼと地面へ落ちてきた。その間、イシュメールは手ぬぐいで顔を覆っている。
しばらくして煙が風に流されると、地面にはカラス達の無惨な姿が残った。その光景は、まさに悪夢のようだ……。
動かなくなったカラス達の間を縫って、イシュメールは調査を始めた。
事件の発生から一週間が経っていることを考えると、痕跡はすでに洗い流されている可能性が高く、なかなかに困難な状況だが、文句は言っていられない。メンツもあるので手ぶらで帰宅というわけにはいかないのだ。
――卵も割れていないし、草も潰れていないか……。
地面を丁寧に見分しながら、痕跡を探す。
しかし、ソレらしいものは何一つ見つからない。あの巨体が来れば、潰されている巣の一つや二つは絶対にあるはずだ。
それがないとすれば、ここには来ていないということになるのだが、そうなると解せない事があって……。
――坑道の入口からこちらに移動したとなると、どう考えてもここら辺で休憩する必要があるはずなんだが……。
いくら飛竜といっても、大型の生物が飛ぶというのは非効率極まりない行為である。それも、コルコニクスのように高速で移動する飛竜は、エネルギー的にも大きな負担がかかるので、どうしても飛行距離は短くなる。
――周囲を見回しても、ここより良い場所はなさそうだが……。
カラス岩がこの周辺に乱立する岩場の中で、最も高くて広い足場であることは間違いない。イシュメールが周囲を見回しても、他の岩場は頂上が尖っていたり、狭かったりで、大型の飛竜が羽根を休めるには向いていないのだ。
かといって、高台の乾いた地面を好むコルコニクスが、あえて湿った低地で羽根を休めるとは思えない。
――ハズれたかな……。
皆の予測では可能性の高いエリアだったが、どうやらハズレのようだ。
ただ、念の為にもう一回りしてから降りようとした矢先、先ほど地面に落ちたカラス達がもそもそと動き始めた。
――いけね。もう効果が切れてきたか。
実を言うと、先ほど発射した銃弾は毒ではなく、麻酔型の加工弾(一般特殊弾とは違い、流通販売されているもの。簡易な術もしくは物理的な作用で効果を生む)だった。小動物にしか効かない、効力の弱いものだが、生態調査などの際にはよく使われる。ブロックから、依頼内容が魔獣の駆除というよりも調査に近いモノだと言われた時点で、炭鉱街で調達した。
――こりゃあ、不良品をつかまされたかな……。
使用者の少ない魔銃用の弾は、得てしてこういうことがありがちである。
イシュメールは苦笑いをしながら岩場を降り始めた。
すでに、上空では怒り狂ったカラスが、不遜な敵の存在を探し始めている。




