現在㉓ この世における最悪な対面の一つ
「あなたが元騎士の……。なるほど、なかなかに雰囲気がある」
イシュメールが店の表に回ると、多くの部下を引き連れている貴族の男が、振り向きながら感想をもらした。長身の細身。歳はイシュメールより若いだろう。成り上がり一族と馬鹿にされていると聞いたが、意外と所作が堂に入っている。
間違いない。彼がフェリルの夫――シジマール氏である。
「初めまして、店主のイシュメールと申します」
「急に押しかけて申し訳ない。私はエドモンド・シジマール。君の所に身を寄せているフェリルの夫だ」
夫と、妻の浮気相手(と、思われているだろう)の初顔合わせ――。まちがいなく、この世における最悪な対面の一形態である。
貴族の一般常識に鑑みると、イシュメールは腕を切り落とされても文句は言えない立場だ。たとえ首を落されても、翌日の新聞には「正義の鉄槌下る」という記事が載るだけ。
なので、イシュメールが慇懃に頭を下げながらも相手の戦力を測ってみるのは、何も不思議なところはない。むしろ、潔白なイシュメールとしては適切な対処といえる。
ちなみに、イシュメールの見立てでは、ちょっと分が悪いようだ。生存の可能性があるとすれば、このイケメン貴族を人質にとることだろう。幸い、脅迫に使えそうなナイフはブーツに刺さっている。
しかし、そんな警戒心などどこ吹く風な態度で、エドモンは不用意にイシュメールの間合いに入ってきた。罠かもしれないが、ボディーガードが警戒していないところを見ると、流血は望んでいないのだろう。
もちろん、元軍人の常として準備はしておくつもりである。
「――本日はわざわざ当店までお越しいただきありがとうございます。奥様は裏で私の作業を手伝っていただいているところでして、今は山鳥を自ら捌いていられます。よろしければご案内しますが……」
「いや、それには及ばない。それよりもすまないが、店に入らしてもらうことは可能かな?ここは街道に面しているので目立って困る」
「ああ、配慮が足らず申し訳ございません。どうぞ、狭苦しいところですがお入りください」
「無理を言ってすまない」
イシュメールとしては狭い空間に入る事は避けたかったが、ここで断るわけにもいかず、すんなりと店を開けた。
勝手口までの動線を確保するため、来客たちをナチュラルに誘導する。
「どうぞこちらにおかけください。」
「すまない。部下達も休ませたいのだが、構わないかな?」
「もちろんです。あちらの座敷を自由に使ってけっこうです」
「そういうことだ。お前たち、粗相はするなよ」
ドサドサと男達が座る。
イシュメールは、すぐさま自家製ハーブ茶を人数分用意し、自身はカウンターの中に収まった。カウンターの中には武器になるものがいっぱいあるし、自分がどこに座ればいいのか分からなかったというのもある。
「ほう……このハーブ茶はクセが強いな……」
「お気に召しませんでしたか?」
「いや、美味い。私はあの貴婦人がガブガブと飲む味の無い薄黄色のハーブ茶が好きじゃなくてな。その点、このハーブ茶は濃くて、苦くて、ウィスキーみたいなコクがある……」
「ありがとうございます。ブレンド比は企業秘密ですが、決め手はハーブを一度焙煎することなんです」
「これは買えるのかな?」
「いえ、申し訳ありませんが、天然のコビト麦を使用していますので、大量生産はできないんです。お気に召したのなら、是非また足を運んでください。都では珍しい獣料理と一緒に提供させていただきます」
「それは楽しみだ。実は、私の祖父はオウルの出でな、炭鉱で財をなしてから都で貴族株を買ったが、血に流れるオウルの遺伝子は消せないようだ」
「オウルの炭鉱王の話は私でも聞いた事があります。なんでも、魔獣との激しい戦いの末に鉱脈のある山を切り取ったと……」
「今でこそ道路も整備されたが、祖父の若い頃、オウルの奥地は王国騎士団でもなかなか遠征できない秘境だったようだ。そのため、自力で魔獣を排除しなければならなかった」
「勇敢だったようですね」
「その誉も、都の貴族界隈では『野蛮な一族』でかたずけられてしまう。都の洗練された方々にとってシジマール家とはニワブタのようなものなのだろう。財のみが我らの価値なのだ」
フェリルの口から事情を聴いていたイシュメールには、この目の前の青年へかけるべき言葉が見つからない。現にフェリル――つまり、シェラード家――は、彼等から流れ出て来る金をあてにして縁を結んだのだ。
もちろん、シジマール家も家柄を目的にしていたのだから文句を言う筋合いはないが……。
「貴族の社会は怖い。価値観というのが固定され、美しい物も美しいとはいえない。この素朴だが味わいのあるハーブ茶も、彼等からしたら無価値のものになってしまうのだろう。だが、私は思うのだ。美とは、価値とは、彼等が『野生』とか『野蛮』とかと評するものの中にあるのではないだろうか。文化こそ人類の英知だが、自然への崇拝は忘れてはいけないと思うのだ」
熱っぽく語るエドモンド。
その後ろで、部下達が「もっともだよ大将」という顔をしている。この一事だけでも、彼の信頼が厚いことがうかがい知れる。
「――して、店主よ」
「なんでしょう」
「折り入って頼みがあるのだ……」
本題が来たところで、身構えるイシュメール。ここから「死んでくれ」という流れにはならないだろうが、なったら大した役者である。
「彼女を……彼女を、受け容れてやってはくれないだろうか」
「………どういうことでしょう?」
あまりにも脈略の無い会話の展開に、イシュメールは陰で握っていた包丁を離した。なにやら、おかしな方向に行きそうである。
「いや、言い難い話ではあるが、彼女は特別な見た目を持っているだろう?」
「え……まあ、ええ、そうですね。あそこまでいくと現実感がないというか、ちょっと恐ろしくもあります」
「そこまでいうか!?いや、でも、いい。そうだな、見ようによってはそうなるかもしれん」
「何がおっしゃりたいのですか?」
「いや、つまりだ。君としても辛いだろうが、彼女をこの店でかくまってやってはくれないだろうか」
「すいません。ぜんぜん話が見えて来てませんが?」
「彼女は、店を持ちたがっている」
「知っています」
「そして、私と離れたがっている。いや、勘違いしないで欲しいが、私はそこまで拒絶はしていない。ただ、彼女と友好的な関係は難しいと考えている。子を成す事も試みたが、たぶん難しいだろう」
「いきなりぶっちゃけますね!?」
「聞いたところによると、彼女はここがお気に入りらしい。彼女は、超有名レストランをVIP待遇で利用している。それなのに、偶然訪れたこの秘境の店に心を奪われた。これは最早、運命とよべるのではないか!!」
「呼べないと思います……むしろ事故ですよね?」
「そして、私の妻になってからも、その店で出会った財産もない男性に心を惹かれ続けている」
「余計なお世話ですよ。これでも多少の蓄えぐらいあるんです」
「頼む!!」
エドモンドは勢いよく立ち上がると、頭を下げた。その後ろで部下達も頭を下げている所為で、圧がすごい。イシュメールは「このために部下を中にいれたのか!」と、妙に納得した。
「精神衛生上、同居に問題があるというのなら、この奥に彼女用の別棟を建築しよう。この店も、店主の思う通りに改装しようじゃないか。なに、遠慮することはない。我が家は金だけはある!」
急すぎる展開。
命の危機を感じていたところ、まさかの資金援助。その上、妻の不貞まで容認しようとしている。
頭がついていけず、イシュメールが「ちょっと待ってください」と声を上げる。いや、上げようとしたところ、お勝手口の扉がバンと開いた。
「話は聞かせてもらったわ!!っていうか、言質とったわよ!!」
フェリルである。
イシュメールは、もはや状況に付いていく事ができず、考えることをやめた。そして、隠してあったバーボンと水でトワイスアップを作る。
なにやら、向こうでフェリルとエドモンドが交渉をしており「彼との間に子ができても構わない」という物騒なセリフが聞こえたが、知った事ではない。
良いウィスキーは、現実を少しだけ向こうに追いやってくれる効果があるのだ。




