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ジビエ料理「潮吹亭」  作者: 白くじら
フェリル・シェラード
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現在②:誰が行くのか

「お待たせしました。それじゃあ御者さん、あなたはコレを着てください」


 フェリルが顔を向けると、頑丈そうなPコートを羽織った店主が立っていた。奇妙で大げさな銃を肩にかけ、手にした毛皮のポンチョを御者に押し付けている。


「オオクズリの毛皮です。温かいし、身を守れます」

「身を守るって、そんなに危ないんですかい!?」


 御者は、おじけづく。

 無理もない。彼は、生まれも育ちも都の下町なのだ。野生動物など、短くない人生の中でも見た事が無かった。

 ちなみに、彼はシェラード家のお抱え御者で、汽車で別荘に向かうフェリルのために先回りしていた。長距離の馬車移動を嫌う貴族は多い。


「この辺りの夜は昼と別の顔になります。魔獣でなくとも、油断はできません」

「じゃあ、馬は……」

「まだ、日暮れまでには時間があるし、平気だと思います。だけど、急いだ方が良い」

「うへえ。じゃあ、行きましょう。ご主人から預かった大事な馬を、獣の餌にゃあさせられませんから」


 責任感からか、愛情からか、分厚い毛皮を受け取り、勢いよく立ち上がる御者。しかし、立ち上がった拍子に腰をかばう仕草が見えた。フェリルが目ざとくその動作に気付く。


「あなた、大丈夫なの?」

「いや、癖みたいなもんですわ。年取ると、いつでも体のどこかが痛くて……」


 御者は手を振って否定する。

 しかし、フェリルは甘くない。


「嘘つかないで。あのイノシシが馬に突っ込んで来たんだから、一番近くにいたあなたが怪我をしていても不思議じゃないわ。さっきは気が付かなかったけど、ちょっと見せなさい!」


 御者の上着をめくりかねない勢いのフェリル。

 それを、シバが慌てて止める。


「ちょっと、お嬢さん!あなたが爺さんの肌を見る必要なんてないですから!!私が確認します」


 シバが大きな体をずいと前に出すと、フェリルがぼよ~んと弾かれた。「きゃあ!!」という声とともに仕えるべき人間がすっ飛ぶが、シバは気にしちゃいない。彼女は、テキパキと事務的に御者の上着をめくった。


「あちゃ~、これは痛そうだわ」


 御者の腰には、真っ青な内出血が見られた。深刻ではなさそうだが、かなり痛そうだ。


「こんな傷、若い頃に戦争で受けた傷に比べれば、屁でもねえですよ」

「雇主として、そんな傷を見せられたら無理はさせられないわ」

「そうですよ。年寄が無理をしても、良い事はありませんて。ここは店主さんにお願いして、行って来てもらいましょうよ」


 了承も得ずに、ずうずうしいシバ。

 だが、現時点でそれが一番良いアイデアに思えた。

 

「もちろん、いいですよ。けど、一つ問題があります――」


 店主が頬を掻く。なにか、申し訳なさそうだ。


「私は、馬の添え木の仕方が分からない。道具は、御者さんに聞きながら一通り揃えましたけど……」


 シバは「そんなの、適当にちゃちゃっと巻き付けちゃえばいいんじゃないの?」と言ったが、フェリルがすかさず噛みついた。


「簡単に言わないで。あの馬の怪我は深刻よ?下手な処置をしたら、かえって悪くなっちゃうわ」


 馬に関して言えば、彼女も一家言もっている。だてにお転婆娘を地で行っているわけではないのだ。


「でも、この爺さんに無茶をさせるのも、おかしいじゃありませんか。馬より人の方が大事でしょうに」

「だから、私がいく。それなら文句ないでしょう?」


 フェリルの提案に「ちょっと待たんかい!!」と、シバが立ち上がる。

 「なによ」と睨み返すフェリル。

 こうなると、もう第三者の入り込む余地などない。


「使用人をかばって、危険な目にあう雇用主がどこにいますか!?」

「雇用主だから、使用人を守るのよ。当然でしょう」

「あなたは女性です!!」

「そうよ。そして、若くて、聡明。何の問題があって?」

「一緒に行くのは、むさ苦しい男なんですよ!!何かあったらどうするんですか!?」

「彼が何かをしようとしていたら、あの銃で、もうとっくに何とかされてるわ」

「外は雪が降っています!!」

「あ、その毛皮を貸しくださる?」

「獣が出たらどうするんですか!!」

「そのために、彼が付いて来てくれるんじゃない」

「あーもう、じゃあ、アタシも行きます!!」

「あなた、あの坂道を歩いて来るだけでフーフー言ってたでしょう?もう一往復は無理よ。悔しかったら、そのわがままボディをなんとかしなさい。っていうか、つまみ食いを控えなさい」

「キー―――――!!!!」


 


 ……結局、シバが折れた(というか、立場上折れざるを得ない)。

 フェリルは、オオクズリのポンチョを纏い、ジムグリの長靴を履いて、準備万端。

 

「それじゃあ、行ってくるわ♪」


 笑顔のフェリルと対照的に、怒りでパンパンになっているシバだったが、店主が「頂きもののですが、焼き菓子がありますのでどうぞ」と勧めると、少し機嫌が直ったようだ。一応、見送りには出てくれた。





 外は、一面に雪の薄化粧が施されていた。

 谷を吹きあがってくる風が、唸り声をあげている。


「寒いわけね。でも、このポンチョはすっごく温かい。それに、なんだか、芳ばしい香りがするわ」

「煙でいぶして日干ししましたから。さあ、急ぎましょう」


 先を行く店主。

 フェリルが後を追う。


 日没は近い。




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