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ジビエ料理「潮吹亭」  作者: 白くじら
情熱と悪だくみの隙間
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過去⑨ 試射パート2

 イシュメールは、小さくゆっくりと息を吐くと、指先をそっと引金に添えた。

 谷底を望む大岩に寝そべりながら照準を睨むイシュメールと、その横で双眼鏡を覗き込むモンド。今日は試作品の性能を確認するため、二人で山に入っている。


「まずは誘導弾の方だね。術のイメージは大丈夫かな?」

「ええ。いつでも行けます」

「よし、それじゃあいってみよう」


 イシュメールがギリギリと魔力を練ると、それに呼応するように魔銃(ピークオッド)が唸りながら魔導紋を光らせる。そして、完全に「引き絞る」――つまり、魔力を上乗せする作業が終了した時点で、引金がそっと絞られた。


 弾けるように、銃口から中空へ発動性魔導紋が広がり、衝撃が周囲へと伝わる。

 半径2メートルにわたって砂煙が立ち、ゆっくりおりてくるが、その一方で、弾丸は恐ろしいスピードで目標に向かっていた。


「いいぞ、曲がってる!!」


 モンドが叫んだが、もちろん弾丸本体を目で追えるわけじゃない。光る軌跡が弧を描いたのを確認できただけだ。


「着弾はどうです?」

「当たったようだよ」


 モンドから双眼鏡を渡されたイシュメールは、地面にべったりとオオクズリが倒れているのを確認した。どうやら、弾丸は側頭部へ飛び込んだらしい。


「ひとまず成功!イシュメール君が明後日の方向に向かって撃った銃弾は、間違いなくカーブを描いて目標に着弾したんだ」

「威力はかなり落ちてますけどねぇ」

「それは最初から期待しないって話だったじゃないか。っていうか、オオクズリの脳天を撃ち抜いておいて威力云々は求めすぎだって」

「そうでした。でも、実際すごいですよ……。正直、こんなスムーズに特殊弾が完成するとは思いませんでした」

「だから、言っただろう?僕は勝算の無い博打は撃たないんだ。さあ、早く次に行こう!」

「狙撃弾ですね」


 イシュメールは、懐から一発の弾丸を取り出す。不思議な紋様がびっりと描かれている他は、大した違いはない。いつもどおりのポンアクションでセットは完了した。


「イメージはどうだい?」

「できてます。ただ、瞬間的に切り替えるには、もっとコツみたいなのが必要かもしれませんね」

「そうか、そういう問題もあるよね。イシュメール君はどうやってイメージを作ってるの?」

「術の正確なイメージを、一つづつ積み上げていく感じです。だけど、それはとても時間がかかるので、現場では使い難い。だから、銃弾の完成形を頭にたたみ込んで、それを直接イメージできるようにしたいんですけどね……」


 騎士団時代と違い、一人で魔獣と向かい合わなければならないイシュメールには、ゆっくりとイメージを練り上げる時間がない。価格の安い加工弾などは、いっぱい撃ってイメージを脳内に焼き付けることは可能だが、生憎、この特殊弾は、時間的にも予算的にも無駄撃ちはご法度なのだ。

 

「――じゃあ、術のイメージに博物学的な方針を取り言えるのはどうかな?」

「博物学?」

「そう、博物学。事象を系統別に整理して名詞をつける学問だね。いうならばタグをつけるって感じかな。そうすることで、頭の中を目次付で整理して、脳の中にショートカットを作るんだ」

「……博物学はよく分かりませんが、イメージに沿った名前を付けろってことですか?」

「簡単に言えばそういうことかな。ほら『ジモグリ爺』と言えば、それだけでイメージが湧くだろう?下手すると『ジモグリ爺みたいな弾丸』といえば、それだけで具体的な事象までつながるかもしれない」

「なるほど……理解はできます」

「本来は何の意味を持たない『ジモグリ』という単語が、イシュメール君の感覚を通して立派な形容詞になる。そうすれば脳のキャパを大幅に減らせることができるし、整理して理解しやすくなるんだ」

「名前かぁ……。いざ考えると難しいな……」

「すでにある名前でもいいし、新たに付けてもいい。大事なのはイメージと直結していることだから、言葉そのものに意味はないんだ」

「それならできそうだな……」

「まあ、それはおいおいやればいい。今は試射の方が重要だよ」

「そうでしたね、やりましょうか」

「目標は?」

「じゃあ、あのオオクズリがいたところの大木にします。距離は………」

「1キロ弱あるね。いいところだ」

「うし。中央にある窪みに照準を合わせますんで、誤差を見ていてください」

「わかった。任せてくれ」


 イシュメールは先ほど同じように、力をこめる。

 

 そして発射――。


 弾丸は美しい光の軌跡を残して、真っ直ぐ――ひたすら真っ直ぐに、目標へ吸い込まれていった。

 重力も、大気も、この銃弾は無視しているかのようだ。うっすらと消えていく光のラインは、恐ろしいほどに目標と銃口を一直線につないでいた。


 だが、驚くのはその直進性だけではない。

 特質すべきは、その威力だった。


「これは……」

「だめなやつですね……」


 つぶやく二人から離れること約一キロ――そこでは、今、クマグルミの大木がまさに、地響きを立てながら倒れるところだった。

 ただ、問題はそこではない。二人が青い顔をしている原因は、その大木の裏にある大岩に残されている巨大な穴のことだ。流石に岩までは貫通していないようだが、岩全体に及んでいるヒビを見ると、その穴の深さがうかがい知れる……。


「これは絶対に、王国には伝えられないな……」

「ええ、私もそう思います」


 この威力の武器は、個人が持っていていいものじゃないことぐらい、素人のモンドでも分かる。これは間違いなく狩猟用のもではない。威力別に大別するなら、攻城兵器の類に分類されるだろう。


「もし……もし、万が一、なにかの拍子で情報が流れたとしても、言い訳できるようなそれっぽい加工弾を準備しておこう。そうしないと、これは二人そろってやられるかもしれないぞ……」


 モンドは、目の前で起きている現象に震えながらつぶやいた。

 ただ、その震えは恐怖から来るものではない。技術者ならではの達成感であったりするから、この男はタチが悪いのだ。


「よし……なにはともあれ成功だ。そして確信したよ。このピークオッドさえあれば、きっと、イシュメール君の悲願だった弾丸が作れるはずだ。間違いない!」

「まじですか……。ちょっと、この光景を見ると怖くなっちゃうんですが……」

「大丈夫。お上の連中がチェックしそうなことなんて、僕の頭の中にはバッチリはいっている。僕は私設の研究所で働いていたけど、彼等の訴追なんて腐るほど受けてきた。安心して、とんでも兵器を開発しよう!」

「そっちの意味だけじゃないんですがね……っつうか、自分で『とんでも兵器』って言っちゃてるじゃないですか……」


 引きつった笑いが収まらないイシュメールは、一抹の不安を感じながら着弾点を眺めた。「爪痕を山に残すな」が信条のフタバ爺が、この光景を見たら、間違いなく二人を猟銃で狙うだろう……。




 ……………



 この試射から三ヶ月後、2つの特殊弾が完成した。

 一つ目は、目標に向かって真っすぐに飛び続ける狙撃弾。二つ目は目標を追跡する誘導弾である。

 モンド曰く、この二つの弾丸は、貯め込まれたエネルギーを推進力に目標へ加速していく点で同じ技術を用いられており、一つが成功すれば、おのずともう一つの弾丸も成功する見込みがあったらしい。


 狙撃弾は「スターバック」、誘導弾は「スタッブ」と名付けられた。


 また、カモフラージュ用に作られた加工弾の中で、衝撃の伝え方を変化させるという一風変わった銃弾が偶発的に開発されたが、その有用性をイシュメールが見出したことから、さらなる改良が重ねられ、三つ目の特殊弾「フラスク」が、二つの弾丸に送れること2ヶ月して完成した。


 こうして、イシュメールは三つの特殊弾を持つという稀有な存在になったのだが、モンドと共にさらなる特殊弾の開発が続けられている。


 その目的はもちろん、イシュメールの悲願であった対モビーディック用の銃弾である。





第5章「情熱と悪だくみの隙間」了





■動物ファイル№2 オオクズリ

 クマではなく、ナマケモノノの類縁。体長は6メートルに達する

 ネッコ村の食物連鎖では頂点にあるが、積極的な動物食は、交配期以外ではあまり見られない。世界中に分布し、亜種も多く、一部の地域では神聖視されている。ネッコ村に生息しているオオクズリは、アオイロオオクズリと呼ばれ、種の中では、小さくすばしっこい。

 毛皮も肉も重宝されており、特に独特の香りを持つ膵臓はオオクズリの(キモ)と呼ばれ、精力剤として重宝されてきた。





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