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ジビエ料理「潮吹亭」  作者: 白くじら
情熱と悪だくみの隙間
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過去⑦ 特殊弾を作ろう

「せっかく銃を改造して『引き絞る』事ができるようになったんだから、ここは特殊弾を作るべきだと思うんだよ」


 モンドは潮吹亭のカウンターで、そう力説する。傍から見たら、酔ってダダ絡みをしている迷惑な客にしか思えないが、本人はいたって真面目である。酒の量も多くはない。


「モンドさん、何度も言いますけど、特殊弾は過去に失敗したことがあるんですって――」


 ただ、イシュメールの方は笑いながら聞いている。というのも、イシュメールにとってこの話を聞くのは初めてではなく、二人の時によく上る話題らしいのだ。

 ちなみに言うと、銃の修理の一件から二人はだいぶ気安くなったようで、その言葉尻は軽かったりする。


「いや、君が『ピークオッド』を手にした今なら、絶対に成功する。ここには私という専門家もいるし、技術力なら反則級のジモグリ爺もいるんだ」

「たしかに、言わんとしていることは分かりますがね――って、はい、頼まれていた料理が出来ましたよ~」


 イシュメールはカウンターに、揚げ出し豆腐を置いた。これはモンド用のではなくて、座敷を陣取っている不良ジジイ達の注文だ。

 今日は、彼等の妻たちが寄合で遅くなるらしく、ここで飲んだくれることにしたらしい。先ほどから、飲めや、歌えや、の大はしゃぎである。


「お、待ってました。これに擦りカラネをかけると美味いんだ」

「イッシュウさんも腕を上げたからなぁ~」

「たしかに、最初のころはどうなるもんかと思っとったが、今じゃあウチの嫁よりも腕は達者だわな」

「そうじゃな、そうじゃな」

「ただ、煮込みだけはダメだな~」

「ああ、イッシュウさんの煮込みはすっきりし過ぎちょる。煮込みっちゅうのは、もっとグワッと獣の香りがせんといかんな」

「そうかいな、ワシは結構好きだけんどなぁ……」

「俺も好きだぞ。もう、寄合で出される煮込みは、よう食わん」

「何をいうか、煮込みっちゅうのは獣をだなぁ――――」


 なぜか、奥の座敷では「煮込み」論争が始まってしまった。

 ハチナカの爺さんにいたっては、ヨモギ爺に殴りかかりそうな勢いだが、これもネッコ村の原風景だ。野蛮で粗野だが、素朴で温かい。きっと、顔を腫らして帰る羽目になっても、翌日は肩を組んでまた酒を酌み交わしているだろう。


 ただ、そのネッコ村の原風景とは、まったくもって馴染んでいないのがモンドである。「煮込み」論争に参加することなく、あくまで特殊弾の話をするつもりらしい。


「いいかい、イシュメール君。パワーアップした君の銃は素晴らしい性能がある。これは自画自賛って言われてもしかたがないけど、はっきり言って自信作だ。今後、魔銃のスタンダードになるかもしれない技術だと思う」

「たしかに、もっと早くモンドさんとジモグリさんに会っていたら、人生かわっていたかもしれないですね。でも、魔銃のスタンダードになるってのは難しいかもしれませんよ。なにせ、殆ど儀式用にしか使われいない不人気な魔導器ですから」

「たしかに。企業が作ろうとすると、費用面から敬遠するだろうね。だけど、イシュメール君が持つことで『ピークオッド』は恐ろしい兵器になった。それは間違いないんだ――」


 奥の座敷から、香草入りウォッカの注文が入る。イシュメールがそれに「わかりましたけど、そろそろペースダウンした方がよくないですかね?」と返したところ、「今日ぐらいは好きに飲ませてケロ」というヨモギ爺の刹那的な懇願が笑い声と共に届く。

 微笑ましい地元密着型の料理屋ならではの光景なのだが、モンドには「聞いてるの?」と怒られた。どうやら、今日は本気でイシュメールを口説きに来ているらしい。



「ピークオッドは強力な武器だけど、さらに進化していく可能性がある。皆は『今のままでも十分』というかもしれないけど、イシュメール君だって歳をとるんだし、村の安全がかかっている以上は準備のし過ぎってことはないと思う」

「あー……まあ、それはそうなんでしょうね。十年後も同じクオリティで駆除ができるとは限りませんし」

「しかも、ちょっと調べてみたんだけど、ネッコ村に来ている魔獣って、あまり強い個体がいないらしいじゃないか」

「あ、気が付いちゃいました?実は、私がここに来てから4年経ちますけど、正直、王国騎士団を呼ばなくちゃ対処できないような個体は出ていません。発生率から考えると、ちょっとありえない数字だと思います」

「だよね。でもさ、だからといって、ネッコ村に強い魔獣が出ないという保証はないでしょう?」

「実際に、過去にはヤバいのも出没してますからね」

「そうなんだよ。だから、今大丈夫だからといって、戦力を増強しておかないのは間違っているんだ。だからさ、イシュメール君、一緒に特殊弾を作ろうよ~」


 モンドの理屈は、最後は「お願い」で終わった。

 ここら辺が彼の愛嬌であって、理屈屋のクセに人から嫌われないところなんだろう。イシュメールも苦笑するしかない。


「わかりましたよ、モンドさん。やりましょうか」

「おお、分かってくれたか!!」

「でも、本当にできるんですかね。若干、前の失敗がトラウマになってるんですけど……」

「ああ、言ってたよね。魔力枯渇だっけ?」

「ええ。引金を引いた瞬間に魔力がゴッソリと持っていかれて、意識も失いました。その後に来る無力感と虚脱感は、二カ月くらい続きましたかね……」


 魔力は一旦ゼロになってしまうと、再生までにやたらと時間がかかる。その際に訪れる、肉体と精神への負担はかなりのもので、事実、イシュメールも精神を壊してしまった。

 しかも、イシュメールのように、村の安全を一手に引き受けている場合、魔力枯渇は被害拡大に直結してしまう問題になる。

 イシュメールが特殊弾の作成に慎重なのは、感情論だけではないのだ。


「魔力枯渇か……」

「あれは辛いものですよ。多分、バランス調整とかまったくしていなかったんで――っていうか、使うつもりのない銃弾だったので、ああいう結果になってしまったんだと思うんですけど、それでも二度と味わいたくないですね……」

「バランス調整は確かに重要だよね。多すぎても、少なくても、術が発動しない。でも、その銃弾、結果的には『特殊性』を持ったんだよね?」

「それが、発動の瞬間を見ていないんですよ。引金を引いた後に意識を失っちゃったんで。でも、結果だけを見ると、確かに特殊性は発揮していたんだと思いますが……」


 イシュメールの説明に、モンドは難しい顔で「うんうん」とうなずいている。どうやら彼の中では、理論と結果が一致したらしい。


「イシュメール君……」


 グイっとウィスキーソーダを煽り、今日一番の笑顔を見せたモンドは、とても楽しそうに指先を空中に動かし始めた。まるで、指揮者のようである。


「イシュメール君……結果的にいえば、君は失敗していない」

「は?」


 意味が分からず、イシュメールは首を傾げた。


「いいかい、君は特殊弾の作成に成功していたんだ」

「でも、バランス調整が――」

「その理屈が間違っているんだよ。イシュメール君が魔力枯渇になってしまったのは、バランスの問題ではなく、単純な技術の問題なんだ。これをみてくれ――」


 モンドがポケットから引っ張り出したのは、一枚の紙。そこに、何やら、複雑な計算式が印字されている。


「いや、さすがに私でも、専門的な魔術式は解読できないですよ。ここら辺の数式に、ちょっとクセがあるのが分かるくらいで、あとはちょっとムリですって」

「専門教育を受けていない人間が、クセを感じられる時点でちょっとありえないけど、私はこの魔術式で発動する術について何かいいたいわけじゃあないんだ」

「ではなにを?」

「この、数式は何を表している思う?」

「だから、分かんないですって」

「いや、正確に読み込む必要なんてない。漠然とした、感覚的な話でいいんだ」

「そう言われましても……。まあ、あえていうなら、一定の魔力を注いだら術が構成されるってところですかね……」

「うん、そうだよね。構成プロセスに特殊性があるけど、基本はそうだ。だけど、こうれをこうして逆さにしてみるとどうかな?」


 モンドが紙を逆さにして見せる。

 式は一緒。理屈も一緒。しかし……。


「……概念が違う」

「もっと詳しく言うと?」

「……起点と結果の関係性は一緒なんですけど、こっちは結果があれば魔力が存在するって意味を持っちゃいますね……」

「さすがだ。イシュメール君の頭は論理的思考に慣れている。そうだよ、僕はそれが言いたかった」


 モンドは我が意を得たりと、ピタリと振っていた指をイシュメールの鼻先につけた。


「つまり、必要な結果が出ているっていうことは、魔力は足りていたということになる。君は成功していたんだよ」

「でも、結果的に魔力枯渇を起こしちゃったんですよ。術の発動には足りていたとしても、それじゃあ魔獣撃ちとしては役に立ちません」

「僕が魔術紋の考案に協力すれば、同じ特殊弾を作ってもそんなことは起こらない。約束する」

「まあ、必要魔力の省エネ化は図られるんでしょうけど……」

「省エネも可能だけど、魔力枯渇対策に重要なのはそこじゃない。簡単な安全装置の話なんだ」


 モンドが言いたいのは、つまり「イシュメールが前に作った特殊弾は、あれはあれで成功していたんだけど、必要な措置が取られていなかった」ということらしい。


「単純な術式――例えば、弾丸速度を上げたいとかいう場合は問題ない。脳内に明確なイメージが浮かぶだろうし、それがそのまま『上限』になり、そのイメージに達せない魔力量なら術事体が発動しないだろう。ようするに、イメージそのものが発動条件に加えて安全装置の代わりになるんだ。ただ、特殊な術式を組む場合、それだけでは足りなくなる」

「といいますと……」

「過去の事例なんかだと『不幸を呼ぶ弾丸』とかがそれにあたる。この術がなんで魔力枯渇を生んでしまうか分かるかい?」

「わかりませんよ。魔術式は苦手なんです」

「魔術理論は得意じゃないか。考えてみてよ」

「そういわれても……。まあ、普通に考えるなら、術の影響範囲が広すぎるからですかね。『不幸』というと本人の問題のように感じますが、実のところその実態は、本人以外の外因的要素です」

「さすがだ。でも、それだけじゃあ、ただ術が発動しないだけだよね」

「なら、影響時間でしょうね。術の範囲を時間で区切らなければ、永遠に術は発動し続けてしまう。結果的に、術者の魔術は吸われ続けて魔力枯渇は免れない。ああ、そうか。発動しなければ魔力枯渇が発生しないって言ってたのはこのことですか……」

「いやあ、さすがイシュメール君。まったくもってそのとおりだよ。他人を不幸にするという術を開発した人間は、己の術がどれだけ複雑な構成をしていたか理解していなかったんだろう。それゆえに、魔力枯渇におちいってしまった。そんな複雑な術を生み出すぐらいなんだから、優秀な術者だったことは想像がつくけど、魔銃使が持つべきは専門家の友人なのさ」


 手の内で転がされた感はあるものの、イシュメールは納得した。

 あの事故からもそれなりに年月が経ち、もうそろそろ一般の生活にも慣れてきたところだ。ここらで、過去と向き合うことも悪くはないと思った。


「イシュメール君。もう一度言うけど、君は失敗していない。ただ、専門家のアドバイスが必要なだけだったんだ」


 モンドは意志を確かめるように言った。

 きっと、この言葉だけは、家を出る前から決めてきたのだろう。言葉にキチンと重さが乗っていた。


 しかし、せっかくのモンドの決め台詞を、座敷の酔っぱらったジジイ共が台無しにする。


「イッシュウさん、こっちに串焼き追加で頼むわ~」

「金はないから、ツケでよろしく」

「なんなら、カミさんを質にいれてくるからよぉ」

「お前のカミさんなんて、質屋もいらんって言うわ」

「なにを言うか、お間んとこのイノシシ女よりマシだわ。あんなだけ太ってパツパツのクセに、あそこはダルダルじゃあないか」

「そりゃあ、お前のイチモツがチビッこいからよ。オラの金棒には丁度いい塩梅なのさ」

「がははははははは」


 何がおかしいのか分からないが、ジジイ達が笑っている。

 これもまた、苦笑するしかないイシュメールなのだが、その前でモンドがぼそりと言った。


「イシュメール君。最初に作る弾丸は、ヨッパライをシラフに戻す銃弾にしよう。そしたら、ここももうちょっと品が良くなるはずだ」


 眼鏡越しに光るモンドの目を見ると、それが冗談のようには思えない。よっぽど、ああいうノリが嫌いなのだろう。


 ただ、いずれにしろ特殊弾を作成することだけは決まったようだ。



■特殊弾

 通常の銃弾とは違い、特別な術が込められた銃弾のこと。

 広義では通常の弾丸以外(威嚇弾など)の全てを含むが、狭義では個人が作成する自分だけの特殊な弾丸を指し、後者の方が一般的な意味で用いられる。なお、意味の混合を防ぐため、専門家の間では前者を『一般特殊弾』や『加工弾』と呼ぶことが多い。

 魔銃を使う者は特殊弾によって戦力が大幅に上下するため、特殊弾の開発に力を注ぎがちではあるが、その成功例は少なく、過去のに数例の記録があるだけである。


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