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ジビエ料理「潮吹亭」  作者: 白くじら
クロエ・ノーム
22/114

現在⑯ 理解不能

 ようやく目的地のカラネ畑にたどり着いた。

 カラネは水耕栽培なのだが、水温の低い綺麗な水でなければ育たない植物なので、山裾の湧き水を利用することが多い。この畑も切り立った沢筋沿いに作られていて、今もこんこんと流れるせせらぎが段々畑を潤している。


 クンゾーの話では、忘れ物を取りに戻ったイズヤさんが、この場所から魔獣を見つけたらしい。地形を考慮すれば、魔獣がいたのはおそらく沢の向こう側だろう。

 イシュメールはブーツを濡らしながら沢筋を超えて、周囲の痕跡を調べ始めた。


「何か分かりますか?」


 クロエが尋ねると、イシュメールは短く「ああ」と答えた。どうやら足跡を見つけたらしい。


「………たしかに、大型の動物がここを山側に向かって歩いてる」

「足跡だけ見てもプロプテロップスかどうかはよくわからないですね……」

「足の大きさに対して沈み込みが少ないから、プロプテロップスの可能性は高い。特徴的な前脚の足跡があれば確実なんだけど、それを探すのは難しそうだな」

「何でですか?」

「プロプテプロッスは、こういう木々の間隔が狭い所だと、木に掴まりながら歩くんだ。だから、前脚の足跡が付きにくい。だけど……ああ、あった。ほれ、あそこの木に爪痕が残ってるだろう?あれがこの足跡の主が付けた傷だとしたら、プロプテロップスで間違いないと思う」

「でも、あれだけみてもよく分かりませんよ?」

「そりゃあ一個だけ傷を見ても分からん。でも、等間隔で傷がついていれば、想像はできるだろう?」

「なるほど……」


 実際に足跡をたどってみると、その道筋に沿って同じような高さに傷が付いてる。


「よし、魔獣はプロプテロップスで間違いないな。アレなら最悪遭遇しても何とかなるし、これから少し追跡するぞ」

「個体の大きさも分からないのに、このまま追っちゃうんですか?」

「深追いはしないよ。ただ、このままじゃあ情報が少なすぎる。この個体の危険性を把握するにはもうちょっと調べないとな」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫。足跡をたどれば距離を不用意に縮めることもないし、そこは信用してくれよ」

「信用はしてますけど……」


 クロエは少し心配になった。

 イシュメールは、本来慎重に物事を判断するタイプだ。隊員に無理はさせないし、功績にも興味がない。ただ、使命感が強いので、こういう状況だと頑張り過ぎてしまうんじゃないかと思っている。


「じゃあいくぞ。一応、距離は保っていくつもりだけど、周囲の警戒は続けていてくれ」


 イシュメールは銃を肩に担ぐと、歩き始めた。

 雪の残る夜道。それも、先ほどとは違い、道なき道を行く。さすがのクロエも息が上がるが、イシュメールの足に陰りは見えない。むしろ、平地よりも力強いペースで進んでいるようだ。


 ――隊長、昔とは違う……。


 クロエは、違いを感じている。

 歩く速度だけではない。昔のイシュメールは、小隊の最後方で常に顔を上げて周囲を確認していたが、今は足元を見ながら歩いている。時々立ち止まっては、なぜか木の幹を熱心に眺めたり、足跡の付いていない地面の岩などを調べたりしている。


 ――犬……なのかな?


 確かに犬っぽい。落ち着かなくて、きょろきょろして、よく分からないところで立ち止まっている。

 クロエは、自分の家で鎖につながれているイシュメールを想像して、思わずニヤケ顔になってしまった。ちょっと危ない人だが、そこら辺は彼女の通常運転である。



「クロエ――」

「は、はいいいい!!」

「ば、ばか、声が大きい!!」


 いけない妄想をしていたクロエは思わず大きな声を上げてしまう。そこをイシュメールがすかさず口を押えた。


「す、すいません。ちょっと考え事をしていたので……」

「勘弁してくれよ、もう魔獣との距離が近いんだ」

「そうなんですか!?」


 ハイペースで進んでいたとはいえ、接触が早い気がする。


「ヤツはここら辺を円を描きながら何度も移動しているみたいだ。まさかとは思ったけど、どうも根城を作ろうとしているらしい」

「魔獣が根城?巣のことですか?」

「うん。びっくりだよな」


 魔獣は基本、生態系の頂点にいるし、子供も産まないので、巣は作らない。適当なところで体を休めるだけだ。

 しかし、過去に数例の目撃情報がないではない。


「なんでそうだと思ったんですか?」

「そもそも、魔獣を目撃したイズヤさんが襲われていないって時点でおかしいと思ってたんだ。普通なら、腹が減ってなくても八つ裂きするだろう?」


 魔獣は攻撃する理由を持たない。腹が減ってなかろうと、動く物は何でも襲う。故に魔獣と呼ばれている。


「単に気が付かなかったっていうのは……」

「ありえないな。奴等の感知能力は魔獣の中でもずば抜けている」

「そうでした……」

「そんでもって。ここら辺の足跡は古いのと新しいのが二重に残っている。獲物も襲わないのに、グルグル同じような場所を回るのは何かを探しているからだ」

「でも、それだけで巣作りって言えますか?もしかしたら人以外の獲物を狙っているのかも」

「確かに、断定するには情報が曖昧だけど、根拠はある。それはコイツがずっと地面を歩いていることだ」

「……分かりませんが?」

「こいつらって、もともとミニオプテラス(空飛ぶブタネズミ)を基体にしているだろう?だから、基本的には空から獲物を狙うんだよ」

「飛ぶのが下手糞なくせに?」

「そう。おもしろいよな」

「でも、私、プロプテロップスが空を飛んでる姿って、あんましイメージにありません」

「そりゃあそうだ。獣騎士隊が戦うときは、極力地上で戦えるように追い込むからな。そこら辺は作戦を立てる本営の上手さだと思うぞ」

「そうだったんですね……」

「だから、奴等がわざわざ地面を歩くのは、休める場所を探す時だけなんだ。なんで疲れてるのかは知らんが……」

「魔獣ならそこら辺で寝ていても襲われないとおもいますけど……」

「それを知っているのは人間だけってことだろう。奴等にしてみれば基体の時の記憶が行動規範になっているんだから、安全な場所で寝たいってのは当然の欲求といえる。まあ、基体の影響が出るのは個体差があるけどな」

「不憫な生物ですね」

「生態系から外れるってことは、そういうことだ。存在そのものが歪なんだよ」

「だから駆除しなくちゃならない――ですか?」

「それが自然の総意だ。――ってなわけで、奴をこれから捕捉するから、この先の会話はNGになる。獣騎士隊のハンドサインは昔と変わってないよな?」

「はい、まんまです」

「よし、じゃあそれでいくぞ。この先、開けた所があって、そこから谷側を見るとヤツがいるはずだ」

「え……。なんで、そんなことが分かるんですか?」

「おれも4年間、遊んでいた訳じゃないんだ。種明かしは後でしてやるから、今は信じてくれ」


 うなずくクロエ。

 イシュメールはニッコリ笑うと、そのまま林を抜けた。




 切り立った崖の上、である。

 どうやら周囲を覆う針葉樹も、この巨大な一枚岩には定着できなかったらしい。大きく反り出た玄武岩が、ズドンと斜面にめり込んでいる。

 イシュメールとクロエは、そこに這いつくばって眼下の谷を見ている。彫刻刀で刻みを入れたような谷筋は、雪と土が斑に模様を作っており、目を動かすだけで生き物がいるような錯覚を起こさせた。

 

 だが、イシュメールにはその姿がはっきりと見えているようだ。クロエに送ったハンドサイン――「この先に目的がある、見ろ」――の先には、せわしなく辺りを見回すプロプテロップスがいた。

 体長は5~6mほどで同種の中では小さい方だろう。ミニオプテラスを基体とするだけあって、すらりとした前脚に幕のような羽根が折りたたまれている。体にはふさふさと毛が生えているので、手足に比べるとずんぐりむっくりとした印象がある。

 イシュメール達との距離はおおよそ700メートルだ。普通の魔獣なら、そこまで警戒する距離ではないが、プロプテロップスの場合は別である。彼等の感知能力は独特で、音波が届く範囲であればキロ単位で対象を捉えることができるので油断はできないのだ。


 クロエは慎重にポケットから双眼鏡を取り出すと、プロプテロップスの姿を捉えた。

 なるほど、イシュメールの言うように、何かを探しながら歩いているように見える。しきりに首を振り、鼻と片耳を動かしている。


 ――あれだけキョロキョロされちゃうと、動きづらいなぁ……。


 今の所、こちらには気が付いていないようだが、油断はできない。圧倒的に戦力の少ない現状での交戦は避けたいところである。

 

 しかし、となりでガチャリという機械音が聞こえた。

 見ると、イシュメールが弾丸を取り換えているところだ。


「――――!!」


 クロエが慌ててイシュメールに「音を立てるな!!」というジェスチャー(ハンドサインでもなんでもない)を出す。しかし、そんな様子もどこ吹く風、イシュメールは信じられない事に、普通に喋り始めた。さきほど「声を出すな」と注意したのは、どこの誰だったのか。


「――ああ、もう気にしなくていいよ。アイツ、たぶんだけど俺達に気が付いているから」

「!!」


 クロエは目を見開くことしかできない。


「アイツ、さっきからキョロキョロ周りを見回しているくせに、片耳だけはずっとこっちに向けたままだろう?たぶん、気が付いてるよ。その上で無視してるんだ。しかし、銃を込める動作だけには反応しやがったな……なんでだろう?」


 イシュメールは首を傾げる。

 しかし、首を傾げたいのはクロエだ。この状況、かなり悪いと思われるのだが……。


「まあ、考えていてもしょうがないな。よし、撃っちまおう。クロエ、耳塞いどけよ」


 クロエはもうパニック状態だ。昔、あれほど慎重だったイシュメールが、こともあろうに「まあいいか、撃っちまおう」とか言っている。やっぱり、使命感から無茶をしているのだろうか。

 クロエの見立てでは、射程距離は優に超えているはずだし、たとえ有効に着弾しても一発で仕留めることは無理だ。どう考えても接近戦がはじまってしまう。そうなれば、こちらが圧倒的に不利である。


「やめ――」


 クロエが止めようとしたが、イシュメールは弾丸を放った。

 魔導紋が空中に広がり、薬莢が外にはねた。刹那、はるか向こうで、プロプテロップスが大きくのけ反る。


 ――当たった!!


 確かに、当たったらしい。しかも、なぜか大きくのけ反り――いや、それどころか、のたうち回っている。


「クロエ、これからヤツはこっちに飛んでくるけど、この岩場に乗らない限り、ムリして迎撃しなくていいぞ」

「あ――え?」

「ホラ来た」


 イシュメールの言う通り、のたうち回っていたプロプテロップスは、突然弾かれるように跳ねあがり、こちらに飛び出してきた。

 クロエは急いで鯉口を切り、戦闘態勢をとる。いったん鯉口を切れば、頭の中がクリアになるところあたり、さすが主槍長を任されるだけはある。

 

 ただ、今日はその腕前を発揮することはなかった。

 イシュメールの銃から発射された次弾が、プロプテロップスを再び捉えたからだ。


「よし、狙い通りだ」


 イシュメールは(ピークオッド)を肩に担ぐと、ゆっくりと地面に吸い込まれてくプロプテロップスを満足そうに眺める。

 ただ、クロエには何が起きているのか、まったくもって分からなかった。



■魔獣ファイル№2 飛獣(ひじゅう)プロプテロップス 

 空飛ぶブタネズミと称されるミニオプテラスを基体とする魔獣。魔獣の中では比較的小さい方で、大きなものでも9mを超えることはない。しかし、夜行性で、かつ音もなく空を飛ぶことから、煮え湯を飲まされた獣騎士も多い。

 索敵能力が高く、羽ばたきから生まれる振動の跳ね返りを大きな耳で感知し、周囲の状況を把握することができる。強力な後脚を使って獲物を捕らえることが多いが、飛ぶのが下手糞なため、頭から突っ込んでくることも少なくない。


 








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