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ジビエ料理「潮吹亭」  作者: 白くじら
クロエ・ノーム
21/114

現在⑮ とりとめのない会話をしながら

 クンゾーの話によると、どうやら魔獣は山裾のカラネ畑に現れたらしい。

 畑から集落のある場所までは距離があるし、山側に向かって移動していたようなので、めったなことはないとは思われるが、それでも安心はできない。相手は、興味本位で他の動物を襲う最悪の野生動物なのだ。


「――イシュメールさんに様子を見に行って欲しいってモンドさんからの伝言なんだけど、どう?頼めるかな?」

「もちろん、行かせてもらう。モンドさんには了解したって伝えておいてくれないか?」

「分かった。そっちは任せておいてくれ」


 鉢合わせてしまった気まずい空気は、互いになかったことにするらしい。内容を承知したクンゾーは、あっというまに(逃げ去るように)店を出て行った。


 一方のイシュメールも、すぐさま準備に取り掛かった。狩りの道具はスクランブル発進に対応できるように、ひとまとめにしてある。

 肌着からプロテクターまで専用のモノを装備したら、後は銃。特殊な錠前を外して、銃身を取り出すと、サクッと動作確認を行う。流石に、ここまでの動きは流れるようにつつがない。銃弾を選別して背嚢に入れた所で、ようやくクロエに声を掛けた。


「ごめんなクロエ、ちょっと事体が収まるまで店で待っててくれ。今からだと、帰りは朝になるかもしれないから、この店にあるものは好きに使ってもらってかまわない。ああ、あっちのバーボンは飲むなよ、あれは高いんだ」

「なに言ってるんですか。私も行きますよ」


 確かに、見るとすでに準備万端。さすがにプロテクターが少ないようだが、クロエは常にそんな感じなので違和感がない。


「マジで?」

「マジです。っていうか、この状況で獣騎士隊がゴロゴロしてちゃあダメじゃないですか?」


 それもそうだ。

 いくら非番だからって、魔獣が出たと知った上で騎士が何もしなければ、市民感情的に問題があるだろう。騎士道精神の名が廃るってなもんだ。


「ここから目撃情報があった場所までどれくらいなんですか?」

「30分くらいかな。ただ、その後は山の中での追跡になる」


 イシュメールはクロエに小ぶりの背嚢を投げて渡した。小ぶりといっても軽いものじゃないが、当然ながら何の問題も無い。


「予備用の背嚢だ。必要な物は入っていると思うが、確認してくれ」

「――大丈夫そうです。すぐに出ますよね?」

「ああ、そうだな。すまんがよろしく頼む」

「お礼は指輪でいいですよ」

「前向きに検討させてもらいます」

「それ、ナチュラルな否定の時に使うヤツ!!」

「おお、少しは大人になったみたいだな。さあ、バカやってないで行くぞ」


 二人は玄関の扉を開け、静寂の支配する夜に足を踏み入れた。

 冬の月夜である。静けさが支配しているのは変わらない。ただ、その空気に緊張感みたいなものが交じっている気がする。イシュメールとクロエは顔を合わせると、軽く頷き合ってから歩き始めた。


 先を行くのはイシュメール。

 こういう場合、近接戦闘の得意なクロエが前に出るべきなのだろうが、地理感のあるイシュメールが先導している。走ることは無いが、坂道でもかなりの速度で歩いるのに、息も上げないでクロエが話しかけるのはさすがである。


「目撃情報からすると、プロプテロップスの可能性が高いですかね?」

「そうだな。その可能性は高いだろうな」


 クンゾーの話では、魔獣の体長は7~8メートルで、真っ黒な体毛と大きな羽根を持っていたらしい。


「プロプテロップスかぁ……そうなると二人で駆除するのは難しいですね」

「どんな魔獣だって少人数で駆除するのは難しいもんだ。ここは基本どおり、危険性の評価をする事を優先しよう。駆除するかしないかはその後だな」

「わかりました。じゃあ私は後方待機で、相手が攻めて来たら前衛を担当します」

「ああ、頼むよ」


 イシュメールの返事は、まるで買い物を頼むかのようなトーンである。しかし、その変わらない姿にクロエは図らずとも高揚してしまった。当初の想いは遂げられなかったが、こうして再びイシュメールと魔獣駆除に出れるのだ。嬉しく無いわけが無い。


「プロプテロップスといえば、第二討伐小隊だけで駆除しちゃった時がありましたよね?」

「ああ、そんなこともあったなあ……」

「いつもは慎重派のイシュメール隊長が、なんであの時だけ強引だったんですか?」

「あの時は小さな個体だったからな。作戦を成功させるには、あそこで無理させちゃう方がよかったんだよ。あいつら素早いし、いったん逃げに入ると、見つけるのが難しいだろう」


 飛獣プロプテロップスは、小型の魔獣ながら動きが素早く危険性が高い。大きな羽根を器用にたたみ込むことで、木々が乱立する森であってもするすると地上を移動するので、大部隊を投入しても思わぬ被害を出す事がある。


「その後、隊長が大隊長にめちゃくちゃ怒られてたの覚えてますよ」

「う……。お前、今日は嫌な事ばっかり思い出させるな……」

「すみません。でも、痛みを乗り越えてこそ関係性が進むんです。頑張りましょう!」

「悪いな、現状維持が俺のモットーなんだ」

「そうなんですか……残念です」

「分かってくれて嬉しいよ」

「でも――」

「なんだよ?」

「私、剣持ってますよ?」

「物理的脅迫!?」

「さあ、プロプテロップスよろしく背後から首を掻き切られたくなければ、さっさと貞操をよこしなさい」

「お前は何になろうとしてるんだ!!お父さんが泣いてるぞ!!」

「父はいつも言っています……『お前が嫁に行くためには、既成事実が必要だ。中身を吟味される前になんとかしなければ、明るい(孫をだっこする)未来はない』と……」

「クロエ……お前、親父さんにそこまで言わすか……」

「ちなみに、母はそこまで心配していません。いざとなれば隊長に薬を飲ませればいいと言っています。なんなら、いい薬があるので全面的に協力すると――」

「そういえば、クロエのお袋さんは薬剤師だったな!!」

「というわけで、今度ウチに遊びに来ませんか?ほら、今はお店も忙しくないみたいだし」

「絶対行かないからな!!あと、お前から差し出された飲食物は絶対に口にしない!!」

「でも、一週間も飲まず食わずで耐えられますかね?」

「監禁する気かよ!!」


 ……馬鹿な話をしながら進む二人。

 緊張感の無いように見えるが、最低限の注意力は二人とも周囲に向けている。その証拠に、目的地の手前でピタリと同時に会話を止めた。


「――クロエ」

「了解です……」


 一旦足を止める二人。

 ただ、素人目線では何も分からない。いつもと変わらないネッコ村の森があるだけだ。


「間違いないよな?」

「はい。この独特のアーモンド臭は、プロプテロップスだと思います」

「ただ、近くではなさそうだ」

「そうですね。最低でも数百メートルは離れているんじゃないでしょうか」

「いいとこだな」


 二人が感じたのは臭いらしい。

 猟師もいっぱしになると、感覚器官の中で鼻を一番に信用する。フタバ爺に訓練されているイシュメールでなくとも、獣騎士であればそれくらいはできる。


「ここからは、警戒度を上げて行こう。何かを見つけたら手で合図をする。クロエも何か見つけたら、肩を叩いて教えてくれ」

「了解です」


 イシュメールは弾丸を装填し、クロエは刀の柄に手を掛けて再び歩き出した。目的のカラネ畑はすぐそこである。 






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