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ジビエ料理「潮吹亭」  作者: 白くじら
クロエ・ノーム
20/114

現在⑭ まいこむ依頼

 のんびりとした沈黙が店内を支配している。


 薪のはぜる音がときどきパチリとするものの、後は二人の呼吸だけ。クロエの手は、あいかわらずイシュメールの手を掴んでいて離さない。握る力は弱まったものの、イシュメールも手を引くつもりはないようだ。

 

 二人とも片手でグラスを弄ぶのだが、口は付けない。今ある分を飲み終わってしまえば、この空気が変わってしまう事を知っているからだ。


 心地良い。

 少なくとも、イシュメールはそう思っている。


 約4年越しのカミングアウトだったが、クロエはそれを受け入れてくれようとしている。言葉こそ発しないが、手から伝わるぬくもりが、その事を明確に示している。無駄な言葉もなく、時間だけが過ぎていく――しかし、それがなんとも言えない安心感をイシュメールに与えていた。


 

 ただ、ずっとそうしているわけにはいかない。

 特に、先を求める者は、今ある幸福を捨て去らねばならぬ時もあるのだ。

 

 つまり、しばらくの沈黙を破ったのはクロエだった。



「隊長……私、隊長に元気になってもらいたいです……」


 一歩踏み込んだ言葉――。

 どうとでも解釈できるのだろうが、意図するところは一つである。伏し目がちではあるが、その裏には決意が見える。


「だめですか……隊長?」


 クロエが、手を繋いだままぐっとイシュメールの方に体を向けたので、必然的に二人の距離が近くなった。

 長いまつ毛がしっとりと水分を含んでいる。瞳には力があり、唇には艶がのる。吐く息は甘く、少し開いた胸元には冬らしくない熱量があった。

 

 もともとが美人なのだ。獣騎士隊の第一線で活躍しているとはいえ、都を離れて一人の女性に戻ってみたら、沸き立つ魅力を隠してはおけないのかもしれない。




 だがしかし、重ねてきた年月というものがある。

 伊達に、同じ釜の飯を食ってきた仲じゃない。


「……ちょっと待て。お前、それ……誰かにしこまれただろう」


 イシュメールはジロリと睨んだ。

 クロエの動きがピタリと止まる。


「なんとなく、演技臭いんだよ。誰に仕込まれた」

「な、なんのことでしょう……」


 明後日の方を向くクロエ。

 イシュメールは、強引に彼女の顔をこちらに向けさせた。


「大方、アズサだろう。もしかしたらユッカか?」

「……黙秘します」

「まったく……。あの二人の話を聞いていても、ロクな事にはならんぞ」

「で、でも、効果はあったと実感しています!」

「どこがだよ」

「……隊長が私を見る目、ちょっとイヤらしい感じでした」

「冤罪だ!!」

「いいえ、違います。普段は絶対に見ないですけど、胸元とか、唇とかに視線を感じました」

「お前の肌に、視線を感知する感覚器官が付いてると証明できたら信じてやる」

「エロ感知能力は女性なら誰でも持っています。歳をとっても失われないので『トリイ食堂』の女将にすら装備されているんですから」

「必要性!!っていうか、何て言い草だ!!」

「この前も『うちの隊員数名からエロい目で見られた。なんとかして欲しい』と相談されました」

「エロ感知能力、役に立ってねえよ!!誤作動しっぱなしじゃねえか!!」

「そんな事はありません!!」


 クロエは立ち上がると、上着を脱ぎ去り、胸元のチャックを一気に下まで引き下げた。いざという時、力業に頼るのは変わっていないようだ。


「ほら……。今、隊長からビンビンとエロ力が届いてきています。これは誤作動じゃあないですよね?」


 したり顔のクロエ。

 なるほど、いうだけあって鎖骨からおへそまで続く曲線は艶めかしい。戦闘職とは思えないきめ細やかな肌は、肌面積に対して膨大な金額を支払っている貴族からすれば納得いかないクオリティーだろう。


「クロエ……」

「隊長……」


 自然と上目づかいになるクロエ。唇も心なしか上を向く。

 イシュメールは、その頬に手を添えると―――――そのままアイアンクロ―をきめた。


「いたーーーい!!」

「アホか!!お前を教育した元上司として、こっちの胸の方が痛いわ!!」

「や、やめて、お願いします!頭蓋骨が潰れちゃう!!」

「やかましい!!まったく、あのアホ共からの助言を真に受けやがって!!」

「だって、だって、お姉さま達に隊長をなぐさめたいって相談したら『隊長も男だから、エロい事をすれば一発で元気になる』って言うから!!」


 イシュメールは手を離すと、さくっとクロエのチャックを戻し、追い打ちのチョップを脳天にくらわす。「ぎゃ!!」という悲鳴ほど、痛くはないだろう。


「そんな真っ赤な顔して誘惑されても、逆にこっちが恥ずかしくなるんだよ。そういうのは、もちょっと経験を積んでからにしろ」

「あ、なんですかソレ!!私がどっかの馬の骨に抱かれてもいいんですか!!」

「そういう話をしてるんじゃない。似合わない事はするんじゃないって言ってんだ」

「ぶ~」

「それに、もうあの戦役から4年だぞ?そりゃあ、ここに来た頃は精神が安定していない事もあったけど、村の人達に助けられてなんとかやってこれているんだ。今さら、クロエが体を張んなくたって大丈夫だっての」

「今さら……」


 「今さら」という単語のせいで、明らかに落ち込むクロエ。こんなんでも、部外者になりたくないというのは本心なのだ。そこに、あわよくばという考えが混ぜ込まれているために、残念な結果になっているだけ。

 イシュメールもそれは分かっている。分かっているからチョップを見舞う。今度は優しめに……。


「いちいち気にするな。今さらってのは言葉のアヤで、ようするに、お前がそこまで無理しなくてもいいってことだ。こうしてわざわざ会いに来てくれて、元気にやってるって分かるだけで、俺は本当に嬉しいんだよ」

「癒されますか?」

「癒されるとか、癒されないとかじゃないんだ。なんていうのかな……忘れようとしないっていうのか?過去の自分の行為を受け止めるっていうのか?うまく説明できないんだが、あるがままを受け止めて、それを自分の一部にしていくって感じかな……いや、違うかな……」

「よく分かりません」

「ああ、俺も言っててよく分からん」


 首を傾げるイシュメールと、それを変な顔で睨むクロエ。

 この二人、昔からこういう感じで会話が止まる事がよくあった。でも、お互い、こういう感じが嫌いじゃないようだ。


「……とにかく、今はこうしてクロエの顔が見れてよかった。元気でやってるみたいだし、たまにはこうして遊びに来てほしいな」

「そうですね。これからは、()()()()遊びに来るようにします……」

「なんだよ、含みがあるな……」

「いえ、なんでもありません」

「………変なヤツ……ん?……っていうか、お前、ここまで駅馬車で来たのか?」

「ええ、そうです」


 ニヤリと「今さら気が付いても遅い」という顔をするクロエ。イシュメールが「あっ、最終便」っと声を上げると、すかさずクロエがイシュメールの首にしがみついた。


「さあ、長い夜を楽しみましょう隊長――いえ、イシュメールさんって呼びましょうか?」

「結局、力技かよ!!あ、バカ、座敷に引きずり倒そうとするんじゃない、毛布はここに用意してやるから!!」


 フェリルの一件から、足止めをくった客用に数組の寝具は用意するようになった。しかし、どうやらクロエには不要らしい。


「大丈夫です。隊長――いえ、アナタの布団があるでしょう?」

「やめ、やめろ!!くそ、コイツ、無駄に力強い!!そんなほそっこい腕のどこにそんな力が!?」

「筋力なんて、精緻な魔力コントロールができればまったくもって不要の長物です。そんな事も忘れちゃいましたか?」

「おま、お前、今、魔力を使って押さえつけようとしてるのか!!ふざけんな、店が壊れる!!」

「なら、隊長が力を抜けばいいじゃないですか。ほらほら、隊長の大事な店が傷付いちゃいますよ~」

「コイツ最悪だ!!今までで最悪の客だ!!」

「ふふふふふ、観念してその体を私に預けてください。そしたら天国に連れて行ってあげますから」

「どうせロクな経験もないくせに、どの口が言う!!」

「知識は経験を超えるんです。そう教えてくれたのは隊長じゃあないですか」

「微妙に違う!!『知識のない経験は、経験たりえない』って言ったんだ!!」

「じゃあ、それで」

「てめえ、俺の為になる話を――って痛――!!」

「あれ?おかしいな」

「おかしくない、そこをそんなにしたら痛いから!!」

「じゃあ……これは」

「ぎゃあああぁああ!!痛いから、それ、本気で気持ち良くない!!痛いだけ!!」

「あれ~」

「た、頼むから、頼むから、素人知識で暴走するな……。大人しく、おしゃべりしようじゃないか……」

「むう……その態度、なんかムカつきますね……。でも、まあいいでしょう、私もちょっと焦りすぎました」

「わかってくれたか……」

「ここはユッカ姉秘伝のテクニックで――」

「やめろーーーーー!!」


 イシュメールの咆哮。しかし、体術でまさるクロエには敵わない。前掛けは外され、ズボンを膝まで降ろされる。

 

 残すは下着(首の皮)一枚なのだが、そこで闖入者が現れた。イシュメール(の一部)にとっては救いの神になったその男は、ネッコ村青年会の会長であるクンゾーだった。


「イシュメールさん、大変だ!!畑の奥に魔獣が出た――……って、ゴメン、取り込み中だったか?」


 まずい所に出くわしたという顔を隠せないクンゾー。


 邪魔しやがってという怒りを隠さないクロエ。

 

 そしてイシュメールは、安堵感と羞恥心の間で混乱し、よくわからない微笑を浮かべたままクンゾーを歓迎した……。







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