現在⑬ イシュメールの回想
「隊長……」
クロエが、その大きな瞳でイシュメールを捉えている。この眼に捉えられると、元上司といえどもなかなか反駁する事ができない。
観念したイシュメールは降参の溜息をつく。
「………どこまで知ってるんだ?」
「おそらくですけど、けっこうなところまで。ここ数年、色んな人に聞きまくりましたから」
「まじかよ。なら、敢えて俺から話しを聞かなくてもいいんじゃないか?これでも思い出すのはけっこう辛いんだぞ」
「大丈夫です」
「何がだよ」
「辛くなったら、私が慰めますから」
「微妙に会話が嚙み合ってねえな!?」
「いえ、合ってます。辛いから喋りたくないんですよね?だったら、その辛さを私が軽減できます。――ほら、間違ってない」
「『知ってるなら、聞かなくてもいいんじゃないか』って所がごっそり抜けてるんだが?」
「それは私が直接聞きたいからです。だから、はいどうぞ」
「いや、どうぞって言われてもなぁ……」
「……可愛い元部下のお願いも聞いてくれないんですか?」
「いや、そういうわけじゃ――」
「聞きたいんです!!」
クロエの声が、誰もいない店内に響いた。
「――……辛いのは分かっています。思い出すのも嫌だっていうことも……。でも、隊長が苦しんでいる時、私はそばにいれなかった。前線から戻って来た時、隊長はすでにいなくて、私は他人から結果だけを聞かされたんです……」
不意打ちのようなクロエの吐露に、イシュメールは反応することができない。
「お願いです。どうか、私を部外者にしないでください。どうか、私を当事者に引き上げてください。お願いします………」
下げられた頭。胸の前で組まれた手。肩は震えており、伏せられたまつ毛は心なしか湿っていた。
「……つまらない話になるぞ?」
「知っている話ですから」
「嫌な話を繰り返し聞くなんて、モノ好きもいいとこだな」
「銃弾が入ったままでは傷は治りません。苦痛を伴っても取り出さなきゃです」
クロエは顔を上げて笑って見せた。
久しぶりに見た彼女の笑顔は、思い出よりも大人っぽくて、美しかった。
だからというわけではないのだが、イシュメールはカウンターからのそのそ出て来てくると、クロエの隣に腰を下ろし、ボソボソと話を始めた。
今から、四年ほど前の話……。
…………………
もったいぶってはいたけどな、実は大した話じゃないんだ。
あの戦役で心を壊して、騎士団にいれなくなって辞めた。それだけの話なんだよ――。
知っているとは思うけど、あの戦役で俺はリョジュン(王国との国境付近にある城塞都市)の城塞攻略隊に編成されていた。
俺は戦争が嫌で獣騎士隊になったような人間だから、いくら兵力不足だからといっても、竜騎士隊と一緒に前線で戦うのは嫌でしょうがなかった。人殺しなんて、好き好んでやるもんじゃない。
でも、それを差し引いても、あの戦場は酷かった。何より、指揮官がやばかった。無策で特攻させる事しかできないんだから。あれはもう精神論っていうより、何かの信仰に近かった気がするな。
リョジュンって街は知っての通り、周囲をぐるっと城壁で囲われているだろう?そこに兵を無策で突っ込ませれば、壁付近で渋滞が起きる。そこへ上から銃でも撃ちかけられたら、いくら魔導器を使える王国騎士団だってひとたまりもない。一般兵ならなおさらだな。
毎日、毎日、死傷者が増えていくだけの作戦は、本当に気が狂いそうだったよ……。
それでも前線の人間達は何とか工夫をして、攻略にあたっていた。実際、あと数日あれば西門の攻略に入れそうなところだったんだ。頭が無能だと、手足が頑張るもんなんだ。獣騎士隊もそうだろう?
そんな状況が急変したのは、リョジュンの攻略が始まってから1ヶ月くらいしてからかな。我々の左翼にいた部隊が切り崩され、増援部隊がこちらに向かってくるって話が届いたんだ。
まさにパニックってヤツだ。
このまま壁にとっついていたら、後方から増援部隊に潰される。かといって、ここを撤退してしまったら、隣の町で必死に戦線を支えている部隊が全滅だ。
何が何でも、リョジュンを攻略しなくちゃならない――。
それが上層部の決定。
でも、一時撤退すれば問題なかったと思うんだよ。増援部隊をやり過ごした後に、もう一度攻略を始めれば、時間はかかるけれども戦況は悪化しなかったはずなんだ。むしろ、なんで「全員で特攻」なんていう選択肢が出て来たのか、俺には分からん。もしかしたら、別の事情があったかもしれないが、それにしても悪手だったと思うな。
まあ、そんなこんなで、俺達はいわゆる「総力戦」とかいうのをやらされたわけだ。正確に言えば、思考力、作戦力を使っていないから「総力」じゃないんだが、つまりはそういうことだ。
隊列を組まされ、火力の大きい騎士隊は比較的構造が弱いとされていた東門に集中させられた。正確な数は覚えちゃいないけど、主戦力がそこに集中したんだから、結構な人数になっていたと思うな。
俺は、東門の攻略部隊で唯一の魔銃撃ちだったから、騎士隊の後方につけていた。最前線の人間が壁になり、こう、ずるずるって進んでいくんだけど、奴等も必死だから、とんでもない猛攻の中を進んでいくわけよ。ちょっとでも顔を上げたら、その瞬間に蜂の巣状態。俺は必死で、頭を下げて、仲間の影に隠れてたな。
当然、そんな進軍が通用するわけない。
仲間が一人、また一人って倒れていくんだけど、俺は後方にいるから、その様子が全部分かるんだよ。昨日まで一緒にメシを食っていたヤツが、わけの分からない命令で死んでいくのがな……。
耐えられなかった。
なんとかしたかった。
だから、俺は隠し持っていた弾丸――なんとなく持っていた試作品を装填した。
こんな試作品で状況が変わるわけない。だいたい魔銃で門が破壊できるわけがないんだ。射程距離外だし、間違いなく扉に傷一つつかないだろうと思っていた。ただ、その銃弾には特別な術式をかけていたし、可能性が少なくともゼロではなかった。だめでもともと、せめて一矢むくいたかったんだな。
俺は仲間の死体を盾にして、ソイツの脇から銃口を伸ばした。途中、何発か銃弾をもらったけど、引金を引けるだけの力が残っていればいいと思ってた。さっきまでの恐怖はどっかにいって、もうどこか投げやりな気持ちになっていた気がするな。
俺は門に向かって銃弾を発射した。
でも、流石は試作品で――つまり粗悪品だ。バランス調整なんてしてないから、撃った瞬間に自分の体がバラバラになるぐらい魔力を持っていかれたのが分かった。四肢から力が抜けて、俺は顔面を強打するぐらい地面に倒れ込んだ。
意識だけははっきりしていたけど、全身が言う事をきかない。遠くの方で味方の怒号が飛んでいたが、指一本も動かない。まるで教科書に書いてあるような魔力枯渇だけど、とにかくその通りだったんだ。
今思えば、この時すでに魔力枯渇による精神衰弱が始まってたのかもしれないな。地面に顔面を押し付けながら、意味も分からない喪失感に襲われていたのは覚えている。
それからどれくらいたったのか、俺はようやく歩けるようになっていた。
起き上がると、周りは一面の死体。
しかし、城塞の門は完全に開いていて、もう戦闘は行われていない様子だった。隣にいた上官から「お前の魔銃が門の鍵をぶっ飛ばしたんだ」と言われなければ、俺はそのまま医療班のところへ向かっていただろう。
――俺がやった。
――俺が仲間達を救ったんだ。
そういう、なんていうか、達成感っていうのか?そんなものが自分の中に湧き上がっていくのを感じて、俺は自分の功績がどんなものだったのかを見たくなった。なにせ、周りは死体の山だから静かなもんだ。そんでもって、歓声は壁の向こう側からしか聞こえない。そりゃあ、撃たれた体を引きずってでも街の様子を見たくなるだろう?
フラフラと進んで行き、城門をくぐると、そこには我らが騎士団と一般兵が勝利の美酒――つまり、略奪行為に及んでいるところだった。
家々には火が放たれて、敵兵士達は串刺しにされていた。生き残っている兵士達も、木に括り付けれて石を投げつけられている。
あとあと専門家に聞いたら、恐怖から解き放された反動で起きる、いわゆるパニックの一つみたいだな。
欲望にブレーキが利かなくなり、狂乱が広がっていくんだ。もう、部隊の上層部も止めれれない。勝手に火が収まるのを待つだけなんだ。
俺は怖くなった。
さっきまで満たされていた自己肯定感が、ずるずると冷えていき、いやな汗が背中をつたった。途中、何人かの仲間に「お前のおかげだ」と礼を言われたが、彼等が手にしている装飾品を見る度に心にひびが入っていくようだった。
俺はフード被り、街を歩いた。
何か、自分を許せるものがどっかにないかと探したんだ。
でも、至る所で暴行と略奪が行われていて、まともな人間など一人もいない。これが、俺の放った弾丸が生んだ結果なのだと思うと、足元に大穴が空くような気がした。
――これは戦争なんだ。
――やらなければ、こっちが死んでいたんだ。
そう考えることにした。
いや、そう考えなければ、心が壊れてしまうと思った。目の前の惨劇は、自分の所為で起きたとは考えたくなかったんだ。
――酒がいる。
シラフでは到底いられなかった。咽喉はカラカラに乾いていたが、水で乾きが収まる気はしなかった。
訪ねたのは、通りから少し入った裕福そうな民家だった。
こじんまりした家だが、こんな戦争期でも庭が整備されているのを見ると、生活水準が高いのが分かる。頼めば、酒の一杯くらいは恵んでくれそうだった。そのお礼として、安全を確保してあげれば、この足もとに空いた大穴も見えなくなるのかと思った。
扉は空いていた。
中は薄暗く、すえた臭いに包まれていた。俺が「誰かいるか」と声かけると、奥から「誰もいないよ」と荒い息の声が聞こえた。
ふざけた野郎だと思ったが、同時に、この家の人間が既にいなくなっているんだと気が付いた。この状況下でそんな冗談を言えるのは、間違いなく我々側の人間だろう。
俺は銃を構えたまま進んだ。
さっきの声が度胸の据わった敗残兵の可能性もあったからだ。
奥の居間まで進むと、そこには仲間の兵士がいた。俺の心配は杞憂に終わったのだが、どうやらソイツは取り込み中だったらしい。
兵士は床で、必死に腰を動かしていた。
組み伏せられていたのは、焦点の合わない虚ろな目をした女だ。
剥き出しになった下半身を見なくても、何が行われているかは一目瞭然だった。よく見かける戦場の風景なのかもしれないが、実際に目の当たりにすると、蠅のたかる死体よりもおぞましい光景だった。
その男は、俺がのこのこ入って来たのを見ると、気色ばんで「ここは俺のもんだ!!お前は他をあたれ!!」と叫んだ。
俺は「ここ」と言った男の意図が分からなかった。だから、状況を理解しようとして周りを見渡した。
今、思えばそれがいけなかったんだろうな。
居間の奥に、倒れている人影があった。近寄って見ると、12~3歳の男の子だ。口から血を流し、胸には深々とナイフが刺さっていた。そして隣には、手足を縛られて震えている女の子。
嫌でも想像できたよ。
兄は、妹と母親を守ろうとしたんだ。
でもダメだったんだ。狂気に飲み込まれたんだ。
男は、さらに「その娘も俺のだっていってるだろう!!お前は別の所にいけ!!」と言った。そこでようやく、俺は「ここ」の意味が分かった。ヤツにとっては母親も妹も「ここ」だったんだ。「だれ」ではなかったんだよ……。
俺は手に持っていた銃を構えると、そのまま、何も考えずに、男に向かって引金を引いた。
男の上半身は吹っ飛び、そのままだらり後ろに倒れた。
それでも、母親は顔色一つ変えなかったよ。彼女は立ち上がって俺を見ると、また寝そべって足を開いて見せた。それが娘を守る唯一の手段なんだって思ったんだろう。彼女もまた、狂気に飲み込まれてしまっていたんだろうな。
俺はその母親を見て盛大に吐いた。もう二度と戦争には加わらないとも、そこで決めた……。
……………
「――今でも、その時の母親の顔は夢に見る。あの虚ろな目は、忘れようにも忘れられない。俺が撃った男の事のことも……」
イシュメールのグラスを持つ手に、クロエの手が重なった。
「………私が知っている話と、少し違いました」
「そりゃあな、リョジュン攻略の功労者が味方を撃っちまったんだから、情報操作も働くさ」
「そういうものなんですね………。でも、隊長の行動に間違いはなかったと思います。そんな男は、撃たれても文句はいえないはずです」
「――だが、俺に人を裁く権利なんてなかった。自分の価値感で誰かを殺していいなら、世界に法はいらなくなる。やり方はいくらでもあったんだ」
「隊長――」
クロエはイシュメールの手を掴んだ。
「でも――、それでも隊長一人が苦しむのは違うと思います……。だって、リョジュン攻略は軍の意思だったんですよ?やりたくもない戦争に駆り出された人が、なんで、今も苦しまなくちゃダメなんですか……」
「苦しんでいるのは、俺の勝手なんだよ。奴等はリョジュンを攻略しろとしか言ってない。あとは俺が勝手にやって、勝手に苦しんでいる。ハナから支えられない重石なら持たなければ良かっただけの話なんだ……」
イシュメールは自重気味に笑ってみたが、クロエに睨まれたので顔を背けた。手はクロエに握られたままだ。
「あの……ちょっと、痛いんですけど……」
「知りません………」
離してくれともいえず、イシュメールただ黙ってクロエの手のぬくもりに甘えた。




