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ジビエ料理「潮吹亭」  作者: 白くじら
クロエ・ノーム
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現在⑨ クロエ・ノームという女

 現在、獣騎士団は大きな改変期にあるといえる。

 経験をもとにした個人戦闘から、データ分析をもとにした部隊戦闘が主流となり、これまで比較的自由であった気風も一新されつつある。

 その分、駆除率の向上や事故発生率の軽減は顕著に表れており、昨年発生した魔獣事案のうち、駆除失敗に終わったのは4件だけだ。そのうち3件は魔獣側の逃走が原因で、結果だけを見れば組織強化が正しく図られたといっていいだろう。

 しかし、既存の概念を変えようとする動きは、常に反対方向のベクトルを生む。今、このパブで息を巻いている連中もその一端だ。時代の波に乗り切れない連中と言ってもいい。



「まったく、あんなに管理されてちゃあ、戦えるものも戦えねえよ。こっちは、現場でバケモノを相手にしてるんだぞ。決まりきった動きなんてできるわけねえだろうが」


 手に持っていたジョッキを乱暴に置きながら、男が周囲に同意を求めると、やいのやいのと声が上がった。見慣れた光景に店員も呆れ顔だが、上客に文句を言うわけにもいかない。苦笑しながら、麦酒を運ぶ。


「だいたい、奴等の戦い方には華がない。ネチネチと取囲んでからチクチク攻撃するなんて、騎士のやることか?そんなものは、一般兵士にやらせておけばいいんだ」

「そうだそうだ!騎士団こそ、この王国を守ってきたんだ。我々の胸には血と同じ量の誇りが流れている!!」

「王国騎士団に栄光を!!獣騎士団に誇りを!!」


 男達はグラスを高々と掲げる。これもいつもの光景。

 最近、魔獣駆除でもフラストレーションが溜まりがちな彼等は、こうしてアルコールの力を借りなければ気分を高揚させることができないのだ。

 

「おい、クロエ、お前もそう思うだろう!!」


 人一倍声のでかい男が、一人カウンターで酒杯を傾けている女に声をかける。女の方は、面倒臭いという態度を隠さずに「まあね」とだけ答えた。


 彼女の名は、クロエ・ノーム

 獣騎士団で数少ない女性騎士である。


 ちなみに、彼女はたまたま居合わせただけだ。任務終わりに食事を兼ねて一杯ひっかけよとしたところ、彼等と鉢合わせてしまったらしい。おべっかを使う義理はないが、無視をしない程度の関係性はあるといったところだ。

 

 入団当初、イシュメールの下でよく涙を流していた彼女も、もう立派な第二討伐隊の戦力に成長している。得意の曲刀を使った体術は、仲間内でも一目置かれているほどの腕前だ。

 ただ、こうして装備を解いてカウンターで酒杯を傾ける姿に、粗暴な騎士の風体はない。短い髪から覗く強い眼元は、冷たい雰囲気があるものの、それを補って余りある魅力がある。ドレスを着て、肉食獣のようなしなやかな肌を少しでも見せる気概さえあれば、人生は180度違ったものになっていただろう。


 ただ、本人は騎士団を辞める気は毛頭無い。イシュメールが辞めて気落ちしている時、内勤を進められたこともあったが、にべもなく断った。今さら花束を持って愛想笑いを身に付けろと言われても、困惑するだけだろう。

 

 ――あの人が蒔いた種を、枯らしてはいけない。


 彼女の胸にあるのは、その一念。

 細かい事にうるさくなりつつある騎士団に反感を持ちながらも、かつて、自分の尊敬する隊長――イシュメールが掲げていた理念を広めていきたいと思っている。


 ただ、誤解がないように言っておくと、今の騎士団が目指している部隊戦闘の流れを生み出したのは、他でもないイシュメールだ。

 彼は、全ての戦闘データに科学的根拠又はそれに近い推論を付与することを、騎士団で最初に始めた。「知識は組織に定着してこそ意味がある」という理念のもと、戦闘後は徹底して情報を集め、分析後にフィードバックする。そのため、一つの戦闘があると膨大な事務作業を要するようになってしまったが、その情報分析方法はシンプルかつ優秀で、今の王国騎士団がこっそりマネしていたりする。

 そんな理屈っぽいことを強制させていたイシュメールだったのだが、不思議と今騒いでいる連中にも嫌われていなかった。それは、イシュメールが彼等の粗暴さを大事にしていたからだ。徹底した組織論を唱えながらも、混乱した最終局面で役に立つのは個人の資質によることを肌で知っていたからだろう。

 

 ――隊長が今の状態を知ったら、悲しむだろうな……。


 騒いでいる彼等を遠巻きに見ながら、クロエはそんな事を思った。


 イシュメールが去ったあと、彼のやり方を知った一部のお調子者達の手によって、王国騎士団の改編がなされていくのだが、その実態はなかなか難しいものがあった。

 彼が取り組んでいたことを表面的にしか理解していない人間達が、取り繕う様に模倣した結果、全てマニュアル的になり、イレギュラーに対応できる人材が激減していった。数値としては好転している獣騎士団の実績が、隠れた重大事故を包含してしまっているのだ。


 ――隊長が望む、騎士団の形はこうではなかったのに……。


 イシュメールの継承者(自称)であるクロエは、彼の描いた絵が、一部の人間によっておかしな構図になりつつあるのがいたたまれなかった。

 しかし、それは致し方ないところでもある。理屈を実現させようとすれば、現実の壁にぶつかって形を変えてしまうのは当然の話であって、特に既存の概念に手を加える場合は、長い試行錯誤の時代を我慢しなくてはならない。

 イシュメールもそれは理解していたし、だからこそ性急な活動をしてこなかった。だが、クロエにとってみれば「イシュメールの考えを理解していない連中が好き勝手に組織をいじくっている」という解釈になるらしく、現行の体制に対しての不満は尽きない。


 ――私がしっかりしなくちゃダメだ。隊長の意思を引き継いでいるのは私だけなのだから。


 これも間違い。

 全ての人がそうであるように、人は人に影響を受け続けているし、与え続けている。中でも、イシュメールは特殊なタイプの思考を持っていたので、影響を受けた人間は少なくない。現に、こうしてパブで騒ぐだけじゃなくて、オガの様に具体的な方法でもって組織改編を正しい方へ向けようとしている人間もいる。

 ようするに、クロエはちょっと(?)思い込みが強いタイプの子なのだ。残念な子といってもいい。


 ――そもそもなんで隊長は私に相談もなく、いなくなったのか!!


 そして、いきなりイシュメールに怒りの矛先を向けるクロエ。

 どうやら「隊長の不在が悲しい」→「いないのが悪い」→「なんで私に相談しなかったのか」という理屈を頭の中で構築させたらしいのだが、傍から見ていると、いきなり機嫌が悪くなる人である。いくら美人でも、こうなると声をかける男はいないだろう。

 ちなみに、イシュメールが騎士団を辞める時、一部の部下には話をしていたのだが、そんなことを知ったらクロエが暴れ出すのは目に見えている。相手もそれを知っているので、内緒にしているのだ。


 ――私に話すのが、カッコ悪いとか思っちゃったのかな?


 ――隊長はそういうところがあるからな~。


 酔いが過ぎているわけではない。これで平常運転なのだから、おそろしい。


 ――もう4年と6か月あってないけど、きっと寂しがっているだろうな~。


 ――でも、大丈夫。いつ隊長が戻って来てもいいように、私が頑張っているから!!


 何度も言うが、彼女は酔っていない。

 ごく自然にこういう思考になっている。

 

 


 …………



 男達がパブで威勢を発し始めてどれくらいたっただろうか。

 騒ぐ彼等の声もBGMと化し、人々がそれぞれに場を楽しみ始めている頃――意図的に塞いでいた耳をすり抜けるように、クロエへ届いた言葉があった。


「……まったくオガのヤツも、イシュメールに会いに行くならそういえっての。そしたら、俺等もついていくのによぉ……」


 クロエは手元の麦酒に落していた視線を上げ、振り返った。

 気のせいじゃなければ、オガがイシュメールに会いに行ったと聞こえた気がする。


 しかし、それはクロエにとって理解しがたいことだった。


 なぜなら、先ほど王国騎士団の大エントランスでオガとばったり会ったばかりなのだ。その時、確かに出張から帰ってきたところだと言っていたが、イシュメールに会っていたのなら一言――いや、二言三言、伝言があるはずである。少なくとも、クロエ理屈ではそうなっている。


 ――どういうことだろう?

 

 クロエは耳をそばだてる……。


「ネッコ村でジビエ料理店なんて、イシュメールらしくねえよな!!」

「そうそう、俺はてっきり胡散臭い商売でも始めるのかと思ったてたよ」

「まあ、でも第二討伐隊の煮込みは美味かったからな~」


 どうやら聞き間違いではなかったらしい。

 クロエは立ち上がると、話をしている二人のところへと進んだ。


「――ちょっといい?」


 酔った二人は、彼女の表面に仮装された笑顔の真意に気が付かない。彼等らしい、いつもの冗談を投げつける。


「どうしたクロエ?便所なら向こうだぞ」

「死ね。っていうか、イシュメール隊長が今どこにいるって?」

「ああ?なんだ、オガに聞いてねえのかよ。奴さん、ネッコ村とかいう辺鄙な村でジビエ料理の店をやってるんだってよ」

「ネッコ村?」

「ああ、オウル東部の麓にある小さな村だよ」

「北部じゃなかったか?」

「んん?そうだったっけ?」

「んにゃあ、よく分からん」


 げらげらと笑いだすヨッパライ共。その空気を、クロエは机をたたくだけで一変させた。そして「うるさい」「質問に答えろ」と伝えると、男共は何度も頷いて先ほどの態度を反省してみせた。


「――じゃあ、もう一回聞くけど、イシュメール隊長はネッコ村とかいうところにいるのね」

「あ、ああ、そ、そうオガに聞いたけど……」

「オガはなんでそれを知ってるの?」

「いや、隊長から手紙が届いたらしくて――」


 もう一度、机をたたくクロエ。小さく「ヒい」と声を上げたのはクロエの三倍くらい肩幅のある騎士だ。


「なんで、オガは私にそれを言わないの?」

「し、知らんがな」

「あ?」

「い、いや、よく分かりません……」

「――独占?隊長を独占しようとしたの?」

「独占って、お前じゃあるまいし――」

「あ?」

「――あるかもしれないけど、たぶん可能性は低いんじゃないかな~」

「ふん、もういいわ。ちょっと出て来る」


 踵を返すクロエ。

 男の方は放っておきたいのだが、同僚のよしみで、一応は声をかける。


「え?ど、どこに行かれるんですか……」

「……決まってるじゃない。ネッコ村よ」

「ええ、今から!?」

「なに?問題なの?」

「い、いや、明日は非番だし問題はないんだろうけどさ……。で、でもよ、クロエ?行先ぐらい隊長へ伝えておいたらどうかな~なんて……」

「あ?」

「いえ、なんでもありません。俺から報告しておきます」

「ふん!!」


 クロエはカンターにコインを置くと、残った同僚に一瞥もせずに店を出た。

 ホッとしたのはヨッパライ共だ。普段魔獣相手に大立ち回りをしている彼等も、暴走するクロエには逆らえないらしい。

 

 なぜ、イシュメールはクロエを連れて行ってくれなかったのか――。


 この場にいる全員がそう思ったことを、当然ながらイシュメールは知らない。




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