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ジビエ料理「潮吹亭」  作者: 白くじら
なつかしい顔
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過去⑥ 徴収(下剋上)

 モンドの家には、大きな囲炉裏がある。

 決して見栄を張っているわけではなく、神事を執り行う家にはこのサイズが必要になるのだ。大人衆が集まるのに、火に当たれない者がいるというのは上手くない。


 その大きな囲炉裏の上座で、モンドの父親であるシモンが、イシュメールとジモグリを迎えた。

 シモンはつるつる頭の丸眼鏡で、歳はジモグリよりも少し下がる。すでに隠居の身であるが、モンドにとっては小うるさい先代らしい。

 しかし、家族以外にとってシモンは頼りになる知識人であり、村の良心的存在である。笑顔を絶やさず、人をもてなすのが大好きで、人々の信頼も厚い。


「――ああ、ジモグリさんにイシュメールさんじゃないですか。よく来てくれましたな。どうぞ、こっちにお上がんなさい」

「言われなくとも邪魔するさね。ホレ、イシュメールさんも遠慮しなさんな」

「突然お邪魔してしまってすいません。失礼します」


 ずけずけと進んでいくジモグリに続いて、イシュメールも囲炉裏の座についた。


「外は寒かったでしょう。ほらモンド、ぼーっと立ってないで皆さんに座布団をご用意しなさい」

「わかってますって。はい、どうぞ」


 差し出された座布団に腰を落ち着かせ、改めて顔を見合わせる一同。モンドが、父から少し離れた下座に位置しているのはいつもどおりだ。


「今日はどのようなご用事で?」

「いやな、ちょっと魔導器の修理の関係で、モンドの力を借りに来たのよ。そしたらたまたまカワメが手に入ったと聞いたから、こりゃあイシュメールさんに骨酒を飲んでもらわなきゃいかんと思ってよ。どれ、カワメの塩梅はどうなっちょる?」


 シモンの前には、すでにカワメが5匹ほど櫛に刺さった状態で炙られている。ジモグリはその様子を見ると、満足そうにうなずいた。どうやら、クオリティに問題はないらしい。


「はははは、そろそろ良い加減だと思いますよ。いやぁ、もともとご近所に配る予定だったものですけど、せっかく皆さんが来てくれたので、ここでやっつけてしまいましょう。イシュメールさん、骨酒は初めてで?」

「ええ。なので、今日はとても楽しみです。――でも、良かったのですか?」

「もちろんです。むしろ、魔獣を退治していただいた手前、近々お招きしなくてはダメだと思っていたところです。いやいや、手間が省けましたよ」


 シモンが、心底「ここに来てくれて嬉しい」という顔で話をするので、イシュメールも素直にご相伴に預かることにした。

 正直なところ、ジモグリをここまで夢中にさせる「骨酒」を味わえる事が楽しみで仕方ないらしい。彼は魔獣撃ちである以上に、ネッコ村の郷土料理を次の世代に伝えていく伝承者でもあるのだ。



 しばらくて、シモンの妻――つまりモンドの母が、酒器を持って登場した。こんな突然の訪問なのに嫌な顔一つせず「ようこそいらっしゃいました」と言えるのは、人が集まる家の嫁ならではだろう。

 挨拶だけをしてシモンの妻は下がり、各々の前には不思議な陶器と熱燗用の「ちろり」が残った。


「不思議な器ですね。深くて注ぎ口がある……」

「ああ、これは骨酒用の特製でしてな、炙った魚を中に入れたら酒を注ぐんです。さあ、こんな具合に――……そうそう、そのまま、どば~とかけてしまってください」


 なるほど、広くて深い器は魚を酒で浸す用のものらしい。そして、じんわりと出汁が染み出て来たら飲みごろになる。


「ささ、そろそろ頃合いですぞ」


 シモンに促され、イシュメールは椀を顔に近付けた。

 ツンとしたアルコールの刺激に隠れて、芳ばしい魚の香りが浮き上がる。一通り香りを楽しむと、ゆっくりと酒を口にふくんだ。


「うまい……」

「ははははは、それはよかった」

「びっくりしました。なんていうか、旨味が芳ばしくて……」

「前に来た都の役人は『味噌汁みたいで嫌だ』なんて、いっとったけどなぁ」


 もうすでに二杯目にとりかかっているジモグリが自嘲気味に笑う。しかし、言葉の裏には「分からんヤツはほっとけばいい」という気概が透けて見える。

 

「味噌汁か……。たしかに、出汁の加減で味の雰囲気ががらりと変りそうですね。でも、旨味を加えた酒がこんなに美味いなんて知らなかったです……」

「気に入っていただけたみたいでなによりです。ぜひ、作り方を覚えていただいて、店の方でも出せるようにしてください」

「教えていただけるんですか?」

「もちろんです。イシュメールさんにはお世話になったのですから、これぐらいは当然ですよ。といっても、難しいことはありませんがね。こうやって、火から離して炙れば出来上がりです。コツは焦がさないこと。塩をふれないのでヒレが焦げやすいんです。焦げてしまうと、酒が臭くなる――」


 もともと骨酒は、貧しい人々が安酒を美味く飲むための苦肉の策だったようだ。

 猟師達が囲炉裏で暖を取りながらあみ出したこの飲み方は、けっして豊ではないこの村にすっぽりと定着したらしい……。


「この地域は、けっして住みやすい場所ではありません。耕作地は狭く、冬の寒さも厳しい。しかも、なぜか昔から魔獣が多く発生する地域でした」

「少ない人数で魔獣討伐となると、ご苦労も多かったんでしょうね」

「いやいや、魔獣の討伐など夢物語でした。今でも村のあちこちに名残が残っていますが、昔は村を塀で囲んで、魔獣を中に入れないようにするだけで精一杯だったんです。村の猟師達は、山を歩きながら魔獣の痕跡を探し、発見したら即座に村を閉ざす。その間は、ただひたすらに耐えるのです」

「食糧などは?」

「当然、厳しかったようです。しかし、その分、村の皆が協力して備蓄する文化が芽生えました。この村の伝統料理は何かに漬け込む料理が多いでしょう?それは、長期保存するために生み出されたものなんですよ」

「そうだったんですね……。では、その料理を教えてもらいながら店をやらしていだけている私は、ネッコ村の先人たちに感謝しなくちゃだめですね」

「そう言って頂けると、私達としては嬉しい限りです。かつては我慢の象徴だった保存食が、こうして皆さんを喜ばしていると思うと、きっとご先祖たちも浮かばれるでしょう」


 酒が無くなると、浸かった魚をほじくるように食べる。これが、また美味い。

 染み込んだ酒のせいで、身がとろりとほぐれるのだ。


「それはそうと、イシュメールさん。実はかつてネッコ村にも魔獣撃ちがいたのを知っていますか?」

「いやぁ、初耳です」

「さきほど、ネッコ村は魔獣に怯えながら暮らしてきたと言いましたが、奥の温泉地が開発される時期だけ魔獣撃ちがこの村に住んでいたのです。名前は『十本槍のクイークェグ』といいまして、それはもう都でも名の通った大変な槍の名手だったと聞いています」

「温泉地が開発されたのって……」

「今から百数年前ですね。もはや彼の存在は伝説です」

「その時代となると装備も十分でなかったでしょうに、同じ魔獣撃ちとして私もあやかりたいものです」

「あやかってみますか?」

「と、いいますと?」

「実は、彼の足跡が我が家に残されているのです」

「足跡?」

「彼が使っていた槍です。苦心の末、都で私が手に入れたもので、なんでもクイークェグが青影虎を退治した時に使っていたものといわれています。ご覧になりますか?」

「それはぜひ見たいですね」

「では、こちらにどうぞ。ご案内しましょう」


 イシュメールとシモンは、連れ立って席を立った。


 その時、モンドとジモグリが顔を見合わせたのを二人は知らない。




 …………



 

 さきほどまで囲炉裏の傍にいたせいで、廊下はとてもひんやりと感じた。

 シモンに促されるまま進み、やがて突き当りの扉にたどり着く。扉は何の変哲もない――しかし、頑丈であることが一目で分かる姿をしていた。


「さあどうぞ、遠慮なくお入りください。ここは私の許可がなければ入れない場所ですが、村の英雄であるイシュメールさんが気兼ねる必要はありませんぞ。ささ、中へ、中へ」


 部屋は広くはない。

 広くはないが、明らかに特別な想いを込めて作られた空間だ。四方の棚には、調度品が並ぶ。


「さすがイシュメール殿、お目が高いが、そちらの品は今回お見せしたいものではありません。お目当ての品はこちらですぞ」


 シモンがおずおずと取り出した桐の箱。

 艶やかな紐で封印されていおり、黒ずんだ箱の側面からは歴史が滲み出ているようだ。


「それでは――どうぞ、ご賞味下され」


 はらりと解かれた封印から取り出されたのは、黒ずんだ刀身。槍の「穂」部分である。


「どうです、この存在感。力強さ。他に類を見ないと思いませんか」


 自信満々のシモンが、まるで愛娘を見るような目つきで「クイークェグの槍」を紹介した。たしかに、使い込まれた槍からはひしひしと「現場の臭い」を感じる。大きく刃こぼれしている箇所は、この槍が現役を退いた原因だろう。


「百年前の品ですが、なかなかの一品だと聞いております。あいにく、私には魔導器の真贋は分かりませんが、それなりの筋の方に見せたところ、なんでも『稀に見る傑作』だとか……」


 ――う~む……。


 イシュメールは、口の中で唸り声を上げた。

 まあ、実際に魔導器を扱うイシュメールが見ても、これは悪くない魔導器であると思う。しかし、『稀に見る傑作』といわれると首を傾げてしまう。

 間違いなく工業製品だし、魔導紋にも特別な式は使われていないようだ……。




「――駄作だな」

「僕も初めて見たけど、さすがにこれは……」


 突如、イシュメールの後ろで声がした。びっくりして振り返ると、ジモグリとモンドのものだった。どうやら、二人して後をつけてきたらしい。


「あ、モンド!!誰がここに来ていいと言った!!」

「ワシがいいと言ったんじゃ。つーか、あんたはまたこんなもんを集めよって、先代から(モンドからすると先々代)ガラクタ集めはいい加減にせいと言われていたのを忘れたかよ」

「が、ガラクタとはなんですか!これは私が苦労して手に入れた一品ですぞ!」

「大方、都の闇市で粗悪品でも掴まされたんじゃろうが。まったく、あんさんは懲りないのぉ」

「そ、そんなことはないですぞ、これは確かにクイークェグが使った槍だと――」

「――と、ろくでもない詐欺師に言われたのじゃろうが。まったく、お前のそれは病気じゃな。どれ、息子が専門家なんだからちょっと見てもらえばいいじゃろう?」


 ジモグリに言われて、モンドがひょいと件の槍を持ち上げる。


「あ、ちょい、モンド――こら、そんなに雑に――」

「……父さん。コレクションを集めるのは趣味だから何にもいわなかったけど、これはないよ……」

「お、お前に何が分かる!!」

「だって、ほら、ここの魔導紋の鍵……」

「それがどうした!」

「この魔導紋の鍵って、初めて実用化されたのが50年前に発表されたアードベック400からなんだよ」

「!?」

「つまり、クークェグが使うのは無理じゃな」

「な、そんな、だってあの男は……」

「闇市の商人なんて信じるからそうなるんじゃい。だったら、その分、息子の話を聞いてやればいいんじゃ」


 ビックリするやら、悲しむやらで忙しいシモン。

 イシュメールは、何ともいえずに苦笑いを浮かべていると、目の前の技術者二人が悪そうな笑顔を浮かべ始めた。


「――というわけで、これは私達が有効活用させてもらいます」

「そうじゃの。これは、なんというか僥倖――いや、啓示っちゅうヤツかもな」

「さすが、ジモグリ爺。いいこと言う」

「じゃあ、さっそくわしの工房へ行こうかい。それ、イシュメールさん、銃の方は我々に任せてくれい。あんさんはソッチの方を頼む」


 ジモグリが意地悪そうに、シモンを指す。


「ま、待て、シモン!!それをどうする気だ!!」

「何って、有効活用するんです。日頃から父さんが言っているじゃないですか。『何事も人の為になせ』ですよ」

「さすがシモン。教育が行き届いちょる」

「待った、待ってくれ!もしかしたら、鍵とやらは何かの間違いかも!!」

「だいたい、クィークェグがいかに腕のいい魔獣撃ちだったとしても、彼の品が百年後の今まで大事に保管されているわけがないでしょう。彼はネッコ村でこそ英雄ですが、都では無名だったんですよ?」

「しかし、しかし!!」

「はいはい。話はそこのイシュメールさんが聞くから、モンドと槍はちょこっと借りてくぞい。ただし、槍の方は返せるか保証は無いがな」

「いやーーーー!!」


 

 ほとんど泣きながら、手を伸ばすシモン。

 彼と二人っきりで残されて、微妙な立場にいるイシュメール。


 彼等がこれからどんな会話をするのか不安はつきないが、ひとまず魔銃の修理はなされそうである。






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