過去⑤ 修理の見立て
「いやぁ、この魔銃はなかなかにいい仕事をしてるね。シンプルで軍人さんが好きそうな効率主義が滲み出てる。ただ、惜しむべきは予算をケチっていることかな。工業製品の定めだけど、魔導紋を刻む青灰泥を少なくしようとして、けっこうな公式をはしょってる。これでも威力と射程は十分に伸びるけど、銃本来の力からするともったいない気がするな……」
モンドは、ジモグリ爺から渡された銃身の魔導紋を見て、ほくほく楽しそうに評論を述べた。普段は伝統で縛られた神事しかできないので、専門的な相談を受けれたことがよっぽど嬉しかったらしい。
しかし、それでは事は進まない。ジモグリ爺が呆れたような声を出して、長くなりそうな解説を止めた。
「――そういうのはいいんだよ。直るのか、直んねえのか、それを教えてくれろ」
「ああ、そうだよね。そこが聞きたいよね――」
モンドが魔導紋をもう一度調べて……さらっと言ってのけた。
「――直らないね」
「なにぃ!!」
立ち上がるジモグリ。だけどモンドは落ち着いたものだ。知的技術者ならではの「そうだからそうなんだ」というスタイルが染みついている。その点、ジモグリは職人に近くて感情的だ。
ただ、この二人は馬が合うらしい。年齢が離れているのにも関わらず、どこか友人の様に見える。
「なんだよ、ジモグリ爺。そんな興奮するなよ」
「だって、モンドよ。そんなにスラスラ書いてあることが分かるんだから、直すのだってできるんじゃあねえのかよ!」
「いやいや、たしかに僕は魔導紋を加工できるけどさ、肝心なモノがないんだよ」
「道具が無いなら、オレッちが作ってやるぞ」
「加工する道具はもってるよ。無いのは青灰泥の方」
「なんだいそりゃあ?」
「青灰泥は、いうなら魔導紋を描くためのインクみたいなもんかな。普段、僕が作っているお守りや、イシュメール君が魔銃でぶっ放す弾丸なんかは、そこらで採れる黄環泥で十分なんだけど、半永久的に使う魔動器なんかにはそれじゃあダメなんだ」
「じゃあ、それが手に入りゃあ大丈夫なんだな?」
「ジモグリ爺、そんなに簡単じゃないんだって。青灰泥は、王国が一括管理しているの。製造方法はおろか、原材料も秘密。おまけに一般流通もしてないから、市民が手に入れるには闇ルートしかないんだ」
「むう……」
ジモグリ爺は納得いかないようだが、横で聞いているイシュメールには思い当たるところがあった。
王国騎士団が唯一無二の存在でいれるのは、魔導器を使用できる人々を独占しているからだ。その王国騎士団が、みすみす他者に武器を強化する技術を公開するとは思えない。
「それに、この銃には加工禁止の印まで加えてある。青灰泥を最小にするなら、新しい下地が必要だね」
「新しい下地?」
「そう、新しい下地」
「わからんぞ……わかるように説明せい」
ジモグリに「分からない」と言われても、モンドは嫌な顔ひとつしない。むしろ、自分の好きな魔導紋について話せることが楽しくてしょうがないようだ。
「いい?この魔銃は銃身に魔導紋を刻んでいるんだけど、細工を加えられないように鍵をかけてあるんだ。鍵自体は難しいものじゃないんだけど、解除した時点で他の魔導紋が解けちゃう。そうなると一から魔導紋を組まなくちゃならないんだけど、それって新品を買った方が早いでしょう?だから、そういう時は、鍵を残したまま加工できるように別のルートをつくるの。そのためには、魔導紋を追記するための下地が必要になるってことなんだよ」
「ようするに、魔導紋を書ける場所があればいいんだろい?」
「まあ、平べったく言うとそういうこと。でも、銃自体にバランスとかいろいろあるから何でもいいわけじゃないんでしょう?」
「そらそうだな。下手すると照準までいじんなきゃならんし……。っていうよりよぉ、なんでメーカーはこんな面倒な事をしなさんのかね」
「いろいろ原因はあるんだけど、一番の理由は値段のコントロールだね。メーカー側からすれば、強力な火力を出せる優秀な銃は値段を高くしたいのが本音でしょう?でもほら、魔銃の場合は魔導紋で性能の良し悪しが出ちゃうから、安い銃を加工されちゃう業者が出て来ちゃうと、とメーカーはたまったもんじゃない。だから、販売段階でいろいろ加工しておくんだよ」
「ったく、尻の穴がちいせえこったな……」
「でも、彼等も慈善事業をしてるわけじゃあないから……」
「それはそうなんだろうがな……しかしモンドよ。本当にそこまで分かっちょるのに、直すのは無理なんか?」
「モノがない事にはね。絵具がなけれりゃあ、絵はかけないでしょう?」
「まあ、な。しかし……」
ないものはない――明確な理屈なのだが、なまじっかモンドが詳しいため、どうも諦めきれない。
イシュメールも、どうにか方法がないかと考えてしまう。
「モンドさん。もし、おなじような魔導器があれば加工はできますか?ほら、組み込まれている青灰泥を取り出して組み込むみたいな……」
イシュメールの問いに、モンドは親指を立てた。
「もちろんいけるよ。この銃はショットガン仕様のクセに銃剣がさし込めるようになっているから、下地の追加もやりやすいんじゃないかな。場合によっては、強化改造に振れるかもね」
「それじゃあなにか、今よりこの銃は強くなるってことか」
強化改造と聞いてジモグリが喰いついた。
技術屋にとって強化改造というのは、猫にとってのマタタビのようなものらしい。当然、畑は違えど同じ技術者であるモンドもしかりである。
「直通ルートの魔導紋は短くて足りるし、それこそ銃剣サイズの下地があればかなり複雑な加工ができる。僕なら――そうだな、『引き絞り』の補正とかを追加したいね。『引き絞り』のできる魔銃ってすごくない?それさえできれば、銃弾と魔銃側のバランスに、とんでもない幅ができると思うんだよね!!それにだよ、イシュメール君ぐらいの――――」
このままでは収拾がつかなくなりそうなので、ひとまずイシュメールは具体的な話に引き戻す。
「具体的に、どれぐらいのサイズ感の魔導器が必要になりますか?」
「――おっと、失礼。できれば、びっしり魔導紋が書いてあるとして、刃渡り35センチの刀くらいは欲しいところだね……」
「びっしりで、刃渡り35センチ……」
訓練用の魔導器なら手に入ることもあるかもしれないが、書かれている魔導紋はごくわずかだ。実戦用の魔導器で刃渡り35センチとなると、そうそう(闇市場でも)お目にかからない。
「なんとかならんのかね……」
「ものがなければどうにもね……」
ネッコ村で銃を直すルートは完全に行き詰まってしまった。
あとは、イシュメールが土下座覚悟で王国騎士団に顔を出すルートが残っているが、そちらも成功率が低そうである。みすみす武力を外部に出す軍隊はいないものだ。
しかし、やるやるしかないだろう。魔銃を手放す事も考えたが、イシュメールに期待する村の事を考えると、そうもいかない。何とか人脈を頼りに、金を握らせてでも魔銃を直さなくては、イシュメールを失望の目が襲うだろう。そうなれば、もう村にはいられない。少なくとも、イシュメールはそう考えている。
都に戻らなければならない事を考えると、ズシンと胃の下の方が重くなったが、それよりもようやく構築されつつある新しい自分の居場所を失う事の方が恐ろしかった。
人は期待した分だけ失望する。
特にクロカエカロテスを駆除してからこっち、イュメールに寄せられる期待値は否が応でも膨れ上がっているのは確かだった……。
「……ジモグリさん、モンドさん、ありがとうございました。あとは、私の方でなんとかやってみます」
「……すまねえな……イシュメールさんよ」
「いえ、そもそもジモグリさんがいなければ、ここで修理しようとも思わなったんですから、気にしないでください。それに、もしかしたら青灰泥を余分にもらえるかもしれませんし、そうしたら今後はモンドさんに直してもらえるかもしれない。それが分かっただけでも、頼んだかいがありました」
本音である。
だめでもともとのつもりだったのだ。感謝こそすれ、不満などない。
「じゃあ、せめて村の恩人にお礼ぐらいさせてよ。今日、いいカワメ(川魚)を貰ったばっかりなんだ。いまごろ父が骨酒用に炙り始めているはずだよ」
「おお、そりゃあ上等だ。こりゃあぐずぐずしておられん」
「骨酒……ですか?」
「ああ、イシュメール君は知らなかったか。ここら辺じゃあ、炙った川魚に熱燗をかけて飲むんだよ」
「魚に酒をかけるんですか?ワインでもあり?」
「ああ、こればっかりはワインじゃだめ。米からつくった酒じゃあないとね」
「簡単に作れます?」
「誰でも作れるよ。コツは、ヒレを焦がさないこと。じっくり水分をとばした魚に、ジュワっと酒をかけるだけ。真っ黄色な出汁が酒に染み出て来るから、そうしたら飲み頃だね」
「店にだしてみようかな……」
「ああ、いいと思うよ。都の人は珍しがるだろうね――さあ、こっち、こっち。」
失うものがあれば、得るものもある。
イシュメールとネッコ村の人々とのつながりは、何も魔銃によってだけで結ばれているわけではないのだけれど、それに気が付けるほど彼は優秀ではない。
心に大きな重しがぶら下がったまま、イシュメールはモンドの後を追った。




