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ジビエ料理「潮吹亭」  作者: 白くじら
おだやかな日々からの 最終報告
110/114

現在【71】 弾丸の行方

 その特殊弾を開発しようとしたきっかけは、言わずもがな、白鯨竜との戦闘で手痛い敗北を喫したからだった。

 

 敗戦後、イシュメールは報告書を取りまとめている中で、何度も白鯨竜戦のシミュレーションを繰り返えした。

 その都度、作戦を変え、部隊を変えて戦いに挑むのだが、どうしても最後の最後で仕留めきれない。地面に落とし、ロープによる固定を成功させても、最終的にはあの特攻攻撃で全てが無駄になってしまう。

 攻撃力の高い武器を持つ者が直接頭部へ攻撃し、内部にある(たぶん)巨大な魔導炉を剥き出しにすることができればいいのだが、強力なブレスを放つ頭部に接近すること自体が難しいし、攻撃の途中で突っ込まれたら、それこそ目も当てられない被害が出てしまう……。


 絶対に討伐できない魔獣――。


 出現したら、人類は死を覚悟するしかない。まさに災害であって、それは神と同義語でもある。生贄を捧げ、過ぎ去るのをただ待つのみ。それが、人類に課せられた運命とも思えた。



 宗教家なら、それが「原罪です」と納得するだろう。もしかしたら、商魂たくましく、布教の道具にするかもしれない。だが、イシュメールは兵士だった。

 目の前の事象を解決できなければ、直ちに死が訪れる職業。「運命」という説明だけでは、到底、納得できる立場にはなかった。

 だから考えた。考えて、考えて、一つの答えに辿りついた。「爆発」や「酸」などという事象を発動させるのではなく、「運命」という概念へと直接アプローチする方法を。

 

 つまり、特殊弾エイハブは「運命を打破する」弾丸である。

 これは比喩表現ではなく、事実、そういう効果を付与している。



 仕掛けは難しくない。術者の持つ「これは無理」という感情を壁として認識し、その壁を打ち破る量の魔素を周囲からかき集める。

 事象への直接的な接点は流動的にし、「確実にこの反応を起こす」というよりも、「何が起きるか分からないけど、状況を打破するきっかけになるかも」という、およそ兵器としては不完全極まりないシロモノ。事実、大ウルサスに向けて試射した時には、何の効果も無く、スターバックまで撃たなければならない事態になった……(現在【6】参照)。

 ちなみに、周囲から魔素を取り込む技術は、モンドの提案である。上限を設けるでけでなく、イメージを再現なく膨らませるには、周囲の力を取り込むべきだと主張したのだ。もちろん、その発想は祖霊民の技術から着想を得ている。ワイン貯蔵庫を研究していただけのことはあるのだ。(現在【61】参照)


 イシュメールの構想から約4年、モンドの協力を経て、さらに2年。ようやく完成した「運命変数弾エイハブ」。それがついに、唯一の目的に向かって発射された。


 発射時、銃口に広がる魔導紋は、特殊も特殊で、超立体的に幾何学模様が広がる。そして、光り輝く弾丸の軌跡が、魔銃ピークオッドと白鯨竜をつないだ。


 命中は間違いない。


 だが、先ほど放たれたスターバックとは違い、白鯨竜は微動だにしなかった。弾丸は、吸い込まれるように扁平型の頭部へ吸い込まれていっただけ……。


 戦場らしかぬ時間が到来した。

 白鯨竜は鎌首をもたげたまま動かず、それを見守る騎士団も動けない。


 何が起きたのか……。


 皆が固唾を飲んで見守る中、突然、()()()()()()()()()()()()()()


 はじけ飛ぶでも、穴が空くでもなく、それはもう花がひらくように、ゆっくりと開いた。

 そして、中から琥珀色に輝く柱状の塊が立ち上がってくる。柱の高さはゆうに10メートルはあり、内部で反射している魔素が、時折「キイイン」という反射音と光を発している。

 それが、白鯨竜の力の根源――超高密度のエネルギーを生み出す、魔導炉であることは間違いなかった。自然物らしい荒々しく形成された結晶体の中では、嵐のように魔素の奔流がうなりを上げている。



 その光景が、あまりにも神々しかったので、誰しもが言葉を失っていた。

 「美」という感覚を、女の裸にしか抱かない獣騎士隊の荒れくれ者達も、武器を手に茫然としている。


 ――触ってはいけない。


 誰に言われるでもなく、ここにいる皆がそう感じたのだ。

 何が起きるか分からなくても、この存在を、人類が容易に接触していいいわけがない。これに触れていいのは、血に汚れた自分達ではなく、聖職者の類でなければならない。

 戦場であるにも関わらず、そして、歴戦の猛者で、隙を見せることが死に直結することを自覚している者達ですら、そう思った。

 それほどまでに、白鯨竜の内部結晶は力強く、美しく、()()()に溢れていた……。



 しかし、そこに無粋な炸裂音と、魔導紋が広がる。

 それは分散弾で、もちろんイシュメールが放ったものである。


 

 なぜか悲鳴が上がる中、巨大な琥珀色の柱は、溜め込んでいた力の奔流を大気へと放出し始めた。黄金の粒のように可視化された魔素が、幾筋の沢の流れのように現れ、消える。それの放出が収まると、また分散弾が飛び込んできて、またもや魔素が大気へと流れだす。

 幾度も幾度も分散弾がぶつかり、やがて琥珀色の柱は、輝きを失っていった。


 そして、十数回目の衝撃の後、ついに、柱は白鯨竜の頭からこぼれ落ち始めた。


 ゆっくりと、動き始めたそれは、徐々に加速しながら地面へ激突し、真っ二つに折れた。周囲には小さな琥珀色の破片が散乱し、さながら、宝石箱の中に迷い込んだようである………。


 

 


 …………………………





 戦闘が終了したことを、獣騎士隊の大隊長が告げた。

 周囲には歓声が上がる。


 戦闘の終盤に、柱――つまり、白鯨竜の魔導炉に()()()()はしたが、今は完全に勝利の喜びに包まれている。砕けた魔導炉の破片を持ち上げて、しげしげと眺める者もいれば、記念にネコババしようとする者もいて、まさにお祭り騒ぎ。

 犬猿の中で知られる竜騎士隊と獣騎士隊が、互いに肩を組みあい、腰にぶら下げた秘蔵のウィスキーを分け合っている光景は、なかなか見られるものではない。


 そんな喧噪の中、いそいそと仕事を始める連中もいる。

 それは獣騎士隊の記録係で、戦闘に参加しない分、戦闘後に魔獣の体長やらなんやらを、正確に紙へと落とし込む作業に入るのだ。

 彼等は獣騎士隊に組しながらも、実のところ所属は王国アカデミーである。現地入りできない学者達の目や耳になる者達で、いわゆるホワイトカラーってヤツになるのだが、意外にも戦闘組との仲は悪くない。戦闘に関するアドバイスをしてくれるし、面倒くさい経理の仕事もやってくれたりするので、皆から感謝される存在だったりする。


 今も、彼等が白鯨竜の頭部内を記録するために、獣騎士団の若手連中が手伝っていて、小太りの男――皆から「オッパイ」とか「バスト」とか言われている――を、トンネルのような空間に降ろしたところだ(ここでは、さすがに「バスト」で統一する)。

 騎士団の連中としたら、さすがに休みたいだろうが、前述したとおり、普段から良好な関係を気付いているので、なんだか和気あいあいと作業をしている。バストの後に2名が続けて白鯨竜の頭部へと入って行った。




 白鯨竜の頭部は、あの巨大な魔導炉が収納されていた分だけあって、大人が3人入っても十分な広さがあった。独特の香りはするが、死骸特有の臭いはせず、中は比較的(あくまで比較的の範囲で)快適だった。透明な液体がくるぶしぐらいまで満ちていて、手に持っている光源に反射する。周囲の壁は、まるで木の根のように筋繊維が走り、それが不思議な模様を描いている。

 3人のうち、真ん中の者が画板を取り出して、文字と絵でその様子を書き込んでいく。文字は走り書きなので解読が難しいが、最後の方に「アレの臭いがする」とだけは読める。

 

 バスト達3人はそのまま進行。最奥――つまり、最も胴体側の部分にたどり着いた。そこには液体が通りそうな穴が三つ開いていて、その上に不自然な盛り上がりが見える。

 筋繊維はそこから放射状に伸びているように見えた。つまり、ここが調査の肝であると、バストは思ったようだ。光を掲げて、よくよく観察する。


 じっと調べること15分。盛り上がっている原因は、筋繊維の奥に、何やら肉とは別のモノがあるらしいことが分かった。


 触ると、ぬめっと動く。

 完全に取り除くのは、学者連中が来てからになるだろうが、覗く事は可能だと思われた。


 そっと、繊維をかき分けてみる。

 すると、ソレはすぐに姿を現した。


 真っ白な、しかし、明らかに作り物ではない……それは、不自然に色を失った人間であった……。




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