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ジビエ料理「潮吹亭」  作者: 白くじら
おだやかな日々からの 最終報告
105/114

現在【66】 目に見える準備と……

「――獣騎士隊、展開完了。これより、避難行動を開始するようです」


 ホログラム状態の祖霊民の一人が、向こうの様子を伝えて来る。

 彼は各部隊分に分裂し、それぞれ張り付いて伝令係を担っている。そもそも、これがこの術本来の使い方らしく、なかなかに便利である。騎士団が所有している通信機の100倍は精度がいい。


「――了解、こちらも祖霊民部隊とともに北オウル山脈のポイントに到着。いつでも作戦行動に移れると伝えてください」


 イシュメールはそう伝えると、視線をクロヅチ山へと向けた。

 今回の作戦において、キーとなるのがこのクロヅチ山にあるオウル炭鉱。フェリルの旦那の所領であり、オウル最大の都市である。

 つまり、ここの避難さえ完了してしまえば、後はどう結果が転がろうとも、民間人の被害が拡大することはない(たぶん)。


「――竜騎士隊も準備OKだそうです。配置はこれで万全ですね」

「ええ。でも、竜騎士隊には合図が出るまで絶対に『旗』を掲げるなって念を押しておいてください。やつらの失敗は勇み足によるものが殆どなんです」

「了解しました。伝えておきます」


 重要な任務を任されるだけあって、ホログラム担当の青年は勘が良い。こちらの言う事がストレスなく伝わっていく。きっとこういう人間のことを「聡明」と言うのだろう。




「これで準備は万端といったところですか」


 ホログラム青年を飛び越えて話しかけてきたのは、村に案内をしてくれハミルだ。

 彼はイシュメールと共に行動する祖霊民部隊の部隊長的な立場らしい。イシュメールの傍を離れず、必要に応じて仲間に下命をしている。


「いえ、戦いの準備が整うのは、避難民を分散して戦闘スペースを確保してからです。あの人口を避難させるには、数時間あっても難しいので」

「そうか、大きな村ですもんね……」

「あまり禁足地の外には出ないと聞きましたが?」

「そうなんです。だから、今、不謹慎ですが、ワクワクもしています。こんな機会がなければ、外に出ることは殆どありませんから」

「村から出るのを禁止されているわけではないんですよね?」

「禁止されてはいませんが、私達の道徳的には、あまり好ましい行動とはいえません。特に、こんなことを言うとイシュメールさんの気分を害してしまうかもしれませんが、自然調和とかけ離れたものは否定する傾向がありますので……」

「ああ、それは分かる気がします。ネッコ村でさえ、祖霊民の方々と比べれば、自然と調和しているとはいえませんもんね」

「程度問題なんですよ。術を使う以上、完全な調和には絶対になりえません。ですが、一部の老人達には、外部の人間は不調和で自然の流れを乱しているという固定概念を持つ人もいて……」

「いや、固定概念じゃあないですよ。見てください、あの巨大なゴミ箱を。まるで、美しい森にできた腫瘍みたいじゃないですか」


 バラックと、配管。剥き出しの岩で構築されたクロツチヤマことオウル炭鉱は、やはり異様である。


「イシュメールさんは、行ったことがあるんですか?」

「ええ。何年か前に、あそこでコルコニクスと戦った時があります」


 かつて、オウル炭鉱でコルコニクスとやりあった事があった。

 ただ、今にして思えば、あの時、コルコニクスは祖霊民に巣を追われたのではないか――という疑問が浮かぶ。


 殺傷能力のある武器をあまり持たない祖霊民は、コルコニクスを追いやることはできたが、命までは奪えなかったのではないか……。

 当時、シュロノウラデスのような頑丈な魔獣に追われてやってきたと思っていたが、そっちの方が信憑性がある。


「コルコニクス……」

「爆風竜と呼ばれる危ない奴です。ご存知ですか?」

「ええ、知っています。私達の村も、襲われたことがありますから」


 疑惑は確信へと変換されそうだ。

 だが、ハミルに罪悪感はないように見える。


 危険な魔獣を、他所追いやった事で他人に被害が出るということは、彼等の中では罪に該当しないのかもしれない。


 自然調和という優しいベールの奥に、自然災害や、弱肉強食の論理が組み込まれていると思うと、ぞっとしない。

 本来、自然とは恐ろしいものなのである。


「――どうしました?」

「いえ、なんでも――」


 イシュメールは自身の不安をひとまず棚上げにした。

 おそらく、隣人としては問題があるだろうが、今は戦闘中。ケツの毛を気にしていては、クソは()()ない。


「――さて、ハミルさん。我々も準備を進めていきましょう。奴がいつ現れるかわかりませんが、今のうちにできる措置は全部やっておきたい」

「任せてください。村でも選りすぐりのメンバーを連れてきましたから」


 ハミルの背後には、20人ほどの祖霊民がいる。全員が若く、たくましい(背は低いが……)。なんでも、彼等は村の戦士らしく、これが村の全戦力ということになる。


「まず何から取り掛かりますか?」

「認識阻害から始めましょう。山の稜線に沿って術式を展開してください。そこが我々のデッドラインになります」

「かしこまりました。では皆さん、聞いたとおりです。直ちに、取り掛かって下さい」


 展開した祖霊民の戦士たちは、直ちに魔導紋を付近の木に刻み始めた。

 何の準備も無く、ただナイフ一本で紋様を刻んでいく姿は、イシュメール達の常識から見ると、異様に映る。

 本来であれば、下書きから始めて、完成するには丸一日を要する行程を、こうスラスラと進めていくのは術を生み出した一族ならではである。


「完成までは?」

「少し範囲が広いので、3時間くらいは必要かもしれません。もうちょっと急いでもらいますが、それでも2時間以上はかかるでしょう」

「上出来。その間に、我々は次のポイントの下見にいきましょう。そこにトラップもしかけておきたい」

「どんなトラップですか?」

「前回戦った時、照明弾が効いているようでした。今回も基本路線はそれでいきます」

「照明弾……」

「閃光と、音で――まあ、目くらましです。今回はそこに、祖霊民の方々の技術を加えようと思いまして」

「私達にできることが?」

「はい。たぶんですけど、とても効果的に作用すると思います。ってなわけで、認識阻害の術を仕込み終わったら、皆さんにはこちらも作ってもらおうかと……」


 イシュメールが取り出したのは、小さな木片。

 どうやら照明弾と一緒に空中に拡散させるもののようだ。


「これになんの術を仕込むんですか?」

「空気の流れを変える術式です。難しくはないですよね?」

「ええ、まあ……。でも、この小さい木片に仕込める術はそう多くはないので、効果は薄いですよ?」

「いいんです。効果は薄くても、注がれるエネルギーが大きければ、あなた達の術は効果が上がるんですよね?」


 軍事機密――。イシュメールの問いに、ハミルは言葉を詰まらせた。

 しかし、イシュメールはそれを無神経なフリで押し通す。


「まあ、そうかしこまらず。たぶんですけど、専門家の人はもう気付いているだろうし、暗黙の了解というか、公然の秘密ってとこでしょう?いやいや、凄い技術ですよね!」


 ハミルは苦笑いとも、警戒とも言い難い表情でイシュメールを見る。

 だが、彼は、驚くほど飄々としている。まるで、世間話のようだ。

 

「………あまり、気が付く要素はなかったように思えますが?」

「ワイン貯蔵庫――いや、住民の避難所を考えると想像はつくでしょう。個人で術を発動させる方式をとるほうがよりシンプルなのに、多くの人の力を発動条件にするのはそれ以外に合理的な理由がない」


 術を発動させるには、力と術式のバランスが大事(過去「特殊弾を作ろう」参照)。でも、祖霊民の術は、注ぎ込む力の量を制限していなかった。


 術式に特殊な技術を施している可能性もあったが、ハミルはイシュメールを案内している時に「出力が低くても最低限の仕事はした(現在62「共通点と相違点」参照)」と言っていた。つまり、出力は術の構成には関係なく、効果にしか影響していないということになる。


 だが、老獪なイシュメールは、そんなことをしたり顔では言わない。ハミルが警戒して情報量を制限された方が困る。

 今、大事なのは、情報の共有。情報を制限されて、効果の薄い術を展開されたら、ただでさえいい加減な作戦が。上手くいくわけないのだ。


「いろいろあるかもしれませんが、今は目の前の問題点に集中しましょう」


 イシュメールはスキットルボトルを放り投げた。

 それを受け取ったハミルは、首を傾げながらも、なんとか蓋を開け、内容物の臭いを嗅ぐ……。


「ウッ!?」

「舐めてみてください。最初はアレかもしれませんが、そのうち、クセになりますから」


 内容物は、もちろんウィスキーだ。

 それも、ピートが効いた、癖の強いやつ。


「これが酒?消毒液じゃなくて?」

「洗練されたものだけが文化じゃないでしょう?泥をすすり、岩にかじりついた歴史が我々にはある。その酒は、資源(森林)の少ない場所で生み出された一品なんですよ」


 ハミルはおそるおそる口を近づけ、そして、意を決したように口へ含む。


 たしかに、消毒液のような刺激臭が鼻をつく。

 しかし、その強烈なにおいの奥に、ほのかな潮風の味を感じた。


 ハミル自体、海を見た経験すらないのに、である。

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