現在【63】 明らかになること①
「それでは、あらためましての挨拶になりますが、こんな夜中にご足労いただきまして、もうしわけございません。私達はなかなか不自由な立場でして、そちらにお伺いするというのが難しく……」
深々と頭を下げたイヨ。併せて、車座になる翁衆も頭を下げる。
しかし、イシュメールとしたら気持ちが悪い。礼を言うのはイシュメール側であるし、ひっそりと暮らす人々の地を、身内同然のクロエが土足で進入したことに後ろめたさもある。当然のごとく、礼を拒みつつ礼を言う。
「とんでもない。ネッコ村を助けていただいたご恩は、決して忘れません。事態が事態ですので、お礼の品も用意できてはいませんが、近日中には必ず、この気持ちを形にしたいと思っています」
イシュメールの言葉に、翁衆は顔を見合わす。
そして、小さく「やはり」とか「これが自然か」などと言葉を交わしている。
なんのことか分からない。
分からないでいると、イヨが言葉を続けた。
「急にお呼び立てしたのは、他でもありません。かの魔獣の対策について、イシュメールさんと意見を交わしておきたいと考えたからです。なんでも、イシュメールさんは、過去にアレと相対した事があるとか?」
「はい。もう数年前のことですが、西方の国境付近で……」
クロエが話をしたのだろう。
隣でくっついている彼女を見ると、なぜか誇らし気である。イシュメールは、嫌な予感を禁じ得ない。彼女がこの顔をしている時は、たいていロクでもない結果がついてまわるのだ。
「よく、ご無事でしたね。なんでも、あの白鯨竜をたった一人で退けたとか……」
……やっぱりである。
イシュメールはクロエに軽くチョップをくらわし(「ひどい」とクロエは抗議するが、イシュメールは当然ながら取り合わない……)、丁寧に情報を訂正する。
「……すいません、それはありえません。私は作戦の脚本こそ描きましたが、戦闘は中隊以上で実施しました。皆の決死の協力がなければ、あっというまに塵芥にされていたでしょう。そして、その作戦も、最後には破かれ、結果的には手痛い敗戦をしたというのが真実です」
「謙遜――」
「――ではないです。この子はちょっとアレなところがあるので、ホントに申し訳ない」
クロエが「アレってなんですか!!」と怒っているが、そういうとこである。
その様子にイヨは驚いているようだが、やがて笑顔を取り戻した。
「どうやらクロエさんには、かなり慕われているようで?」
「ありがたい限りなんですが、お恥ずかしい……」
「いえ、とても暖かな気配を感じます。そして、クロエさんはとても実直。でなければ、私達も受け入れたりはしません。でも、少しクロエさんのお話に齟齬があるようでしたら、イシュメールさん自ら、かの魔獣との邂逅について、お話いただけませんか?」
「それはもちろん。私の知っている情報は全てお伝えするつもりです。ですが……」
イシュメールは周囲を見回した。
皆、自分達を拒否するつもりはないようで、向けられているのは興味だけだと感じる。だが、一応は軍事情報であるため、目的だけははっきとしたかった。
「ああ、失礼しました。まずは、私達の立場からお話するべきでしたね」
「すいません。助けて頂いた立場ではあるのですが……」
「当然のことです。ふふふ、むしろ、好感がもてますよ。あなたはとても慎重でいられるし、理性的です」
「恐縮です」
「では、どこから話しましょうか……。そうですね、まずは私達の立場について、お話ししなければならないでしょう。そして、それはイシュメールさんとクロエさんにとって、衝撃的な話になるかもしれませんが……」
イヨは、少し言葉をためらって。
だが、その言葉自体には躊躇なく、言い切った。
それは優しさでもあり、正確に伝えたいという真摯な態度でもあった。
「あなた方、つまり、ここに住む少数の人々以外の人類は、学問上は『魔獣』に分類されます」
嘘を言っているようには見えなかった。
そして、クロエはあまりも想像と違う言葉に、驚くこともできていない。
しかし、イシュメールは、それを違和感なく理解することができてしまった……。
「魔獣とは、基体となる生物が場の――つまり、乱れた魔素の影響を受け、変容したものです。変容の方向はさまざまですが、多くが攻撃的な性格と、恵まれた体躯を手に入れます。体内に蓄えらえる魔素も多くなり、環境への適応能力が飛躍的に伸びるのも特徴だといえるでしょう」
「一方で、その強い力は、環境側に負担を強いることになる……ですね?」
イシュメールの言葉に、イヨは悲しそうにうなずく。
「生物は、環境側の変化に自分を適応させていきます。これは基本的な生存本能といえるでしょう。ですが、『個の生存』に特化した個体は、全体でバランスをとっている環境には適合しません。理屈に矛盾が生じていますが、これは現実です」
イシュメールの脳裏に浮かんでいるのは、自分も参戦した戦役。
あの場を支配していた狂気は、まさしく、魔獣のそれであった。
殲滅を目的とした殺人。
快楽を原動力とする略奪。
他者から何かを奪うことに、目的が不要な世界。これこそが人間の本質なのかと絶望しながらも、自らの内部に沸き立つ怒りと殺意。
やがてその「場」には、死と、荒廃が支配する。本来、そこにあったものを得る事も無く、簒奪者は乾きを満たすために、次の「場」へと移動する。
それは、継続することができない社会である。
いつか、行き止まりにぶつかる世界である。
兵士でいながら、イシュメールは生物として矛盾を感じてた……。
「……驚いたように見えませんね?」
イヨの問いに、イシュメールは意識を戻し、顔を上げる。
「驚いていませんから……」
「予想はしていたと?」
「いえ。ですが、可能性を考えたことがあります。そして、あなた方の術が発動するのを見て、その可能性に真実味が付与されました」
彼等は、自らの内側に存在する魔素を利用していなかった。大気に満ちる力から、必然の法則を抜き出しているように見えた。
そして、それは集団生活を送る人類にとって、とても合理的な技術の発展であると、イシュメールは感じていた。
「魔獣は魔素を取り込んで変容します。だから、それを利用できるようになる。でも、他の動物はそれができません。体内に、多量の魔素を留めておくことができないのです」
「だから、祈りという方向性で、空間の魔素に働きかけるんですね」
「そうです。違いは、あるべき形にしか作用しないというところですかね。あなた方が使う術は、自らの意志を実現する力です。私達の術は、起きうる事象を活用することしかできません」
「だとすれば、ネッコ村の防御壁はどういうシステムで稼働しているんですか?」
「意志という指向性を持った魔素に、反転する指向性を持たせた魔素をぶつけ、無効化させます。そして、その時に生まれる波紋を、衝撃を防ぐように利用しています。今回、波紋の展開先がきちんと特定されなかったので、衝撃波を完全には止めることがでなかったようですが……」
「おかげで助かりました。いや、すごい技術です」
「系統が違うのでそう見えるだけでしょう。むしろ、私達にしてみれば、あなた達の技術の方が進んでいるようにも見えます」
「そうでしょうか……。ですが、私達の術も、元をたどればあなたがたのものにつながるんですよね?」
「源流といえば、そうなりますね。今でも、王国は私達のところに技術者を派遣することがあります。最近だと、城の防護壁を改修するために来られた方がいられました。そうですね……4年ほど前でしょうか」
「私達の知りえないところで、つながりはあったということなんですね」
「はい。それこそがお話する『立場』ということになります」
イヨは、居住まいをただすと、一枚の契約書を持って来させた。
そこには、紛れもなく神聖文字(王国で使用される字体)でこう書かれていた。
――祖霊民の生活は、これを保護する。
――祖霊民の技術は、これを共用とする。
祖霊民とは、彼等を指すのだろう。そして、その脇には術式で真贋が保証された王の花押がある。
「これは王国三代目の王と、私達との間で交わされた約定。そして、これは今も生きています」
「三代目というと、今から10代はさかのぼることになりますが……ほんとうに、今も有効なんでしょうか」
「はい。この村にはもう王国の方は常駐しませんが、ネッコ村には、その任務を王国から与えられている人がまだ現役でいられますよ」
「任務というと……」
「私達の生活に干渉し過ぎないように、監視する方です」
「それは……」
「フタバさんです。そして、それを補佐する形でシュリさんがいられます」
イシュメールは、手元にあるスズラン茶をみつめる。
そういえば、思いつく所はいくらでもあった。
「もともと王国から派遣されたのはシュリさんの夫でした。そして、フタバさんが現地ガイドとしてサポートしていたのですが、事故により亡くなられて、フタバさんがその任を受け継いだのです」
「今でも、あなた方と交流があるのですか?」
「はい。かつては、一方的な監視に近い形でしたが、今は違います。フタバさんは、互いに協力できると信じているらしく、私達もできる限りの協力はさせてもらっています」
「それは……」
「フタバさんからは、都から取り寄せる食材などを頂いています。こちらからは魔獣発生の警告や、場合によっては攻撃をすることがあります。もちろん、私達の攻撃は、あなた方とは違って強力ではないので、行動を鈍らせるぐらいしかできませんが……」
「思い当たるフシがあります……。私が銃を構えると、その効果を知っているかのように動く個体がいたり、不自然にケガをしている個体もいました……」
「私達の主な攻撃方法は、イシュメールさんと同じ魔銃ですので、そういったこともあったかもしれません。結果的に、ご迷惑になっていたのだとしたら、申し訳ありません」
「いえ、全然、そんなことはありません。ただ、その魔銃は人を襲いにくくする効果が付与されていたりしますか?」
「ええ、そのとおりです。絶対に襲わないというほどの効果はありませんが……」
前にプロプテロップスが現れた時、不自然に村人を襲わないことがあった。
その理由をずっと考えていたのだが、ようやく答えにたどり着けたようだ。




