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ジビエ料理「潮吹亭」  作者: 白くじら
なつかしい顔
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現在⑦ 来訪

 オガ・リナルディがやって来たのは、イシュメールが手紙を出してから5日後の午後だった。

 今日も今日とて、潮吹亭は開店休業状態である。


「ご無沙汰しています、ナンタケット隊長」


 いかにも貸与品らしいコートと帽子を脱ぎつつ、オガ・リナルディは入口で敬礼をしてみせた。

 少し顔が赤らいでいるのは、道中、寒さをしのぐために飲んだブランデーのせいだろう。


「敬礼は勘弁してくれ。あと、ナンタケットの姓は返したから、今はただのイシュメールだよ」


 イシュメールは、ロッキングチェアからのんびり立ち上がると、彼をカウンターへと誘った。堅苦しい挨拶をされたものの、二人の雰囲気はどこか柔らかい。


「そうでしたね。では、改めてイシュメールさん、ご無沙汰しています」

「ああ、久しぶりだな。退官の時以来だから、もう4年になるのか?」

「早いですね。おかげさまで、私も昇進して今は少尉です」

「お前の腕なら驚きはしないよ。そら、じゃあ昇進祝いだ」


 イシュメールはカウンター越しに、ネッコ村のワインを差し出した。


「おお、これが評判のネッコワインですか」

「都で人気が出ちゃったから、品薄でな」

「フェリル様のおかげですか」

「そればっかりは感謝だな。おかげで、村も潤った」


 今年の秋。それこそ、突然訪れたフェリル・シェラードとの邂逅は、ネッコ村に思わぬ利益を生み出した。彼女が都でネッコ村について紹介しまくったおかげで、特産品が飛ぶように売れ出したのだ。


「それにしても凄いですよね。あのフェリル・シェラードが突然来るなんて、本気でうらやましい」

「たしかに。怪我した御者には悪いけど、あのアカキバイノシシには感謝だな」

「やっぱり、綺麗でした?生フェリル」

「そりゃあな。でも、あそこまでくると現実感がないと言うか……」

「分かる気がします。遠征先の娼館で喜んでる我々にしてみれば、彼女は眩しすぎますよ」

「分相応こそが、生存のコツだよな」


 イシュメールは煮込みを大皿に盛り、自身もキッチンを出た。今日はコイツを肴に、とことんやる気らしい。どうせ客も来ない。


「空いてますね~。経営は大丈夫ですか?」

「今は真冬だからだよ。これでも、フェリル嬢のおかげで秋は大忙しだったんだぞ?」

「たしかに、この寒さじゃあ都の人間はきついでしょうね」

「それでも、こうしてわざわざ足を運んでくれたんだ。本当にありがとう、助かるよ」

「いやいや、こうでもしないと都を出れませんから。今日は休暇みたいなもんです。いやあ、文官になんてなるもんじゃあないですね」


 かつて、討伐部隊でイシュメールの部下だったオガは、今は文官として魔獣の生態管理を担う部署で働いている。


「そうか。なら、今日は好きなだけ飲んで行ってくれ。肴はこれしかないけど、元討伐部隊なら口に合うだろう」


 オガは「懐かしいですね」と言いながら、煮込みに取り掛かる。

 がっつりと煮詰まったアカキバイノシシの肉。脂に独特の臭みがあるが、丁寧に処理することで上品な甘さが出る。


「この煮込み、部隊の味付けそのまんまじゃないですか」

「驚いたか?ここで出す料理は全部、ネッコ村の師匠が監修してくれているんだが、これの味付けだけは譲れなかった。やっぱり、煮込みの味付けは第二討伐小隊が正義だよ」

「ネッコ村のはどんな感じなんですか?」

「あえて動物の臭みを残すんだ。美味いが、さすがに店では出せないな」

「ボルタ隊の煮込みがそんな感じでしたよね。強い酒には合いましたが」

「奴等は酒を飲むために仕事をしていたようなもんだからな。アレに付き合ってたら、身体が持たない」

「まあ、ウチもにたようなもんでしたけどね」

「そんなことはないだろう。野営地では夜十時までに寝るよう指示していたはずだが?」

「そんなの守っていたのは、クロエくらいじゃないですかね。酒に関して言えば、隊長みずからルールを破ってるんだから、誰も聞きませんよ」

「そうだったな。今思えば悪い隊長だ」

「かなり隊員まかせでしたよね。ある意味、自由だった」

「今は違うのか?」

「私は魔獣管理部なのでよく分かりませんが、たまにクロエの話を聞くと、大分堅苦しくなったみたいです。よく怒ってますよ」

「クロエか……久しぶりに会いたいな」


 クロエ・ノームも、イシュメールの元部下だ。

 獣騎士団には珍しい女性騎士で、なかなかクセのある性格だったが、イシュメール小隊の水が合ったらしく、メキメキ成長した一人だった。


「それ、イシュメールさんが言っちゃいます?」


 オガが、イシュメールにイヤな視線を向けた。イシュメールは一気に座りごごちが悪くなる……。


「アイツ、イシュメールさんがいなくなった後、落ちに落ちて、大変だったんですよ?」

「それは……」


 たしかに、イシュメールもクロエが自分を慕ってくれていたのは知っていた。

 いや、だからこそ逃亡同然で去っていく身として、声を掛けれなかったのだ。


「事情が事情だけに、送迎会ってわけにはいかなかったでしょうが、一言くらいあってもよかったんじゃあないですかね」

「いやしかし、皆には手紙を残していっただろう?」

「ええ。でも、それはあくまで隊長と隊員って関係で、ですよね。それじゃあクロエは納得しませんって」

「クロエを納得って……」

「あの時のナンタケット大尉が、限界ギリギリまで魔力を絞り切った所為で、精神にまで影響が出てしまっていたのは私も知っています。あと、城壁の破壊に起因することで、自身を責めていらっしゃったのも知っています。ですが、せめて、せめて、クロエだけでも、何かしてあげてもよかったんじゃあないですかね」

「何かって、手紙を出す以外に何をすればよかったんだよ」

「そりゃあ、クロエのことをそっと抱きしめて『お前が一人前になったら、迎えに来るヨ』って言うとか……」

「あほか。そんなことできるわけがないだろう」

「そこはあえていかないと、ですよ」


 オガは冗談を言っているようには見えない。だが、今さら何も出来ない事も事実なので、イシュメールは強引に話を変えた。


「勘弁してくれ――っていうか、このままだと肝心の話をする前に酔いがまわっちまう。先に魔獣討伐の話をしよう」


 取り出されたのは、報告書の下書き。

 大まかな内容はすでに手紙で伝えてある。


「わかりました。クロエの対応については後で話をしましょう……で、これが報告書ですね」

「そうなんだ。手紙にも書いたが、今回の討伐は偶発的な要素が多くてな。書いてみても、どうにも嘘っぽくなってしまうんだ」

「たしかに『たまたま見かけたから撃って仕留めた』なんて知れたら、事ですよね」

「だろう?だから、助言が欲しい。事実確認のために資料を追加して欲しいなら、いくらでも用意するつもりだ」


 オガはざっと報告書に目をとおす。


「……報告書自体には問題はないですね。嘘を書かないようにすると、ここら辺が限界なのはよく分かります。っていうか、さすがですね。最近読んだ報告書――騎士団が作った報告書も含めて――の中では断トツでちゃんとしていますよ」

「ありがとう。だが、その報告書に問題がないとするのは、お前が俺を信じてくれているからだろう?」

「たしかにそれもあります。でも、私がこの報告書に進言書を書いておけば大丈夫でしょう。『現地調査の結果、報告書の内容に嘘偽りはなかった』と申し添えるんです」

「それでわざわざ来てくれたのか?」

「隊長から手紙をもらった時点でそうするつもりでしたが、もともと現地調査はするつもりでした」

「?」

「考えてみてください。オルク山脈周辺は王国領土内でも屈指の魔獣出現地域ですよ?それが、ここ数年、騎士団の派遣要請がめっきり減っている」

「あ……」

「だから、この周辺の地域は要注意箇所だったんです。幸い、近くに王国関係者の別荘地があるおかげで情報は収集しやすかったですけどね」

「そうか。だからあんなに早く、しょうもない討伐情報が都に届いたのか……」

「そういうことです。私としても、隊長がいるのが分かっていたら、あんな通知文なんて出しませんでしたよ。直接来て『報告書を出してください』って文句をいいながら、ここの状況を尋ねます」

「ははは、じゃあ報告書は出すから、あとは何でも聞いてくれ。お前に隠すことなんて、なんにもないよ」

「でも、それも隊長がいるって分かったから、もういいんです。ここら辺の魔獣駆除を隊長が担っていたんでしょう?」

「他の村にも頼まれたりしたからな……」

「だから、私の仕事はほとんど終わりです。あとは、都に戻って進言書をかき上げるだけ」

「すまないな。助かるよ」

「ただ――解せない事が一つだけあります」


 オガの目がイシュメールの顔を正面から捉えた。

 

「イシュメールさん。あの魔銃――何か、妙な改造をしてませんか?」






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