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ジビエ料理「潮吹亭」  作者: 白くじら
プロローグ
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過去①:都落ち

 都市から随分と離れた山間部。

 温泉地へと続く国道を、一人の男が歩いている。


 青年と呼ぶには、少し(とう)が立っている。

 伸びた髭、疲労の見える眼元、うっすらと頬から首筋に古傷が見える。紺のPコートの襟を立て、首を縮めて歩く姿は、間違っても観光客じゃあない。

 ごっつい銃を担いでいるところを見ると、軍人だろうか。ただ、腕章も、徽章も無い……。



 実はこの男、元王国騎士団で「教授」という異名で呼ばれた事もあった腕利き。先の戦闘で心を病み、騎士団を辞め、こうして地方へ流れてきた。

 別に、この土地に()()があったわけじゃあない。かつて、任務で訪れた事があっただけ。強いて言えば「いい景色だなぁ~」「温かい人が多いな~」という印象があったぐらいだ。


 たったそれだけの印象を頼りに、男は過去を捨ててきた。

 もっと言えば、短くない人生の中で、そんな希薄なつながりしか持てなかったのだろう。騎士様とおだて上げられても、所詮は軍人。いざ、その肩書を失ってしまえば、個人の腕に残っているものはなにもない。あるのは、殺伐とした技術だけだ。


 男は息を吐いた。

 息が白い。

 もう秋が深まりつつある――。



「兄ちゃん、こんなところを歩いて、どこさ行くの?」


 男の背後から声がかかった。

 振り向くと、馬車に乗ったジイさんが、日焼けた顔をこちら向けている。

 ちなみに、馬車といっても農家のソレで、貴族のアレとは趣が違う。


「この先の、ネッコ村へ行きます」

「ネッコさ行くのか。こっからだと、まだまだ遠いぞ」

「どれくらいかかりますか」

「そうさな~、3時間くらいだろうか」


 さすがに、男は顔をしかめた。

 ここまでだって、汽車を降りてから大分あった。そこからさらに3時間といったら、10キロ以上ある。しかも坂道。 


「……ありますね」

「乗ってくかい?」

「いいんですか?」

「どうせ、馬が歩くんだ。俺が辛いわけじゃねえから、構わんさ」


 そう言って、爺さんはケラケラと笑う。

 男は苦笑してから、ひらりと荷台に乗り込んだ。藁の芳ばしい香りがする。


「そんじゃあ、行くかい」


 爺さんの掛け声で、ゴロゴロと車輪が動き出した。

 ゆっくりと流れる景色。

 自然と向けられる善意。

 男は、心が解けていくのを感じた。


「兵隊さんかい?」

「え?」


 唐突な質問。

 ただ、嫌味はない。


「いや、そんな鉄砲を持っとるからさ。でも、そりゃあ、普通()じゃあねえな」

「ああ、これは魔銃ですよ。魔力を込めた弾丸を撃つんです」

「魔銃なら知っとるよ。これでも、大戦の頃は兵隊に出てたからな。でも、魔銃を使うってことは、兄ちゃんは騎士様かい?」

「いや、もう辞めた身です。今は、ただの人。魔銃は、一度印を結んでしまうと他人が使えなくなっちゃうんで、払い下げてもらいました」

「ありゃりゃ――。って事は、なんだい、あんたが今度くるって噂の『魔獣撃ち』って事か?」

「噂になってたんですか……」

「だって、魔獣駆除のできる猟師さんが村に住んでくれるなんて今までになかったんだから、噂にもなるさね。『これで高い金を払って依頼をしなくてすむ』って、みんな喜んじょるよ」


 男は頭をかく。

 弱った。

 確かに、住居を斡旋してくれた業者の人間に「地域の魔獣駆除に貢献したい」とは言ったが、専門の『魔獣撃ち』になるとは言っていない。これまで培ってきた技術を、自己肯定のために活用したいと考えていただけだ。

 

「いや、でも、お恥ずかしい話なんですが、私は猟師としてまだひよっこなんですよ。確かに、騎士団では獣騎士隊(主に、魔獣対策にあたる部隊)に所属していましたが、アレは集団で狩りにあたりますから、勝手が違うんです」

「まあ、それでも魔銃を使えるんだろう?騎士様でも、魔銃を使えるのは貴重って聞いとるよ」

「ちょっとしたコツが必要なだけですよ。魔力の方向性を具体的に示せればいいんですけど、どうも騎士になろうって連中は、せっかく身に付けた力も、そのままドッカーンってぶつける事しか考えない」

「よく分からんが、兄ちゃんは優秀ってことだな」

「変わりモンってだけです。だから道を踏み外して、ここでこうしている」


 短くない時間を騎士団で過ごした。

 しかし、大規模な戦闘を経て、心が悲鳴を上げた。

 結局のところ、向いていなかったのだろう……。


「何にしたって、ここの土地のモンにしてみたら、ええことだ。最近は、ここ辺りも魔獣の被害が増えてきちょるからな」


 爺さんは、同情するわけでもなく、突き離すでもなく、ただ淡々と話した。

 男には、それがとても気持ちが良かった。


「期待に沿えなかったら、すいません」

「出来るところまで頑張ってくれればええ。結局、皆が協力せにゃあ、生きていけん――こりゃあ、綺麗事で言っとるんじゃあないぞ?村は、生きていくには厳しいところじゃけん、そうしなくちゃならんのだわ」

「そういうもん……なんですね」

「そうよ。あんたも村の人間になるんなら、そこら辺を間違えちゃあいかんよ」


 男は頷いた。

 爺さんは、それを見て笑った。


「まあ、ボチボチやればいいさね。それより、兄ちゃんの名前を教えてくれろ」

「すいません、まだ名乗ってませんでしたね。私は、イシュメール。これから厄介になります」

「こちらこそよろしくな~」


 爺さんは、ジモグリと名乗った。

 ネッコ村で鍛冶屋をやっているらしい――。






「プロローグ」 了




■ 王国騎士団

 首都防衛を任務とする精鋭部隊。魔力と言われるエネルギーを武器に乗せられる事が、入団の条件である。主に対人戦闘を担う騎馬隊「竜騎士隊」と、魔獣対策を担う「獣騎士隊」に分かれるが、どちらかというと主流派は「竜騎士隊」で、希望して「獣騎士隊」を選ぶ者は稀だ。


■ 魔獣

 生態系の特異点。自然界にアンバランスをもたらす。

 発生要件は目下研究されている途中だが、基体と呼ばれる生物が、遺伝子変化を起こして発生すると考えられている。大規模な戦闘等があった地域や、魔力の噴出ポイントの傍で発生する事が多いため、場の乱れが原因でないかという説が有力。

 現在、確認されている個体種は60種類。どの種も攻撃性が高く、人間、動物、かまわず襲うのが特徴。体は固く、通常兵器では有効なダメージは期待できない事が多い。



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