中途帰還(ジル)
時刻は午後三時――。
医務室のドアを壊さんばかりの勢いで開け、俺達は部屋の中へと駆け込んだ。
「おい!! サラが倒れたって!?」
めっちゃでかい声。
ベッドで眠るサラ隊長を見て、デニス隊長は鬼の形相でクレア先生に迫る。
「クレア! 何があった!?」
「デニス隊長ダメ! それダメっす!」
先生の白衣の襟ぐりを乱暴につかむデニス隊長を、慌てて止める。
「やっぱり戻ってきたのね……デニス君ならそうするとは思っていたけど」
そう。俺達は中央区の巡回を中断して戻ってきた。
天罰阻止の為に各区をパトロールして回っている……風に見せかけて、姉の捜索・情報収集をする。
それが当面の、俺達の仕事。
いや勿論、天罰に出くわしたら対処はするつもりなんだろうけど。
とにかく今は姉優先。
今日俺とデニス隊長は一日中、中央区を捜索する予定だったんだけど。
一区のレナ達との通信が終わって、フギンを本部のサラさんに飛ばしたら、代わりに応答したのは医療隊員。そいつから、サラ隊長が朝イチ倒れたって聞かされて。
俺達は大急ぎで帰還したんだ。
「何があった!? サラは大丈夫なのか!?」
「安心して、命に関わる事じゃないから」
「いきなり倒れたのに、安心できるか!」
「ちょちょ、たいちょ……! 一旦落ち着きましょう!」
こめかみに血管浮き上がらせる隊長を、必死に先生から引きはがそうとするけど、無理だ。
力じゃこの人に敵わない。じゃあ何が敵うんだって聞かれても答えられねぇけど。
「最近、サラから相談を受けてたの。めまい、不眠、倦怠感……色んな症状に困ってたみたい。今回は心身の疲労も重なっての事だと思う」
「それだけの症状があって、何が大丈夫なんだ! 原因もわからないのに!」
落ち着いた調子で説明するクレア先生に対し、デニス隊長の血圧は下がる気配が無い。
両手で襟を掴んだまま、乱暴に先生の体を揺する。
おいおい、女子供に優しいジェントルマンキャラはどこ行ったんだよ。
いくら入隊同期とはいえ。そんで、サラ隊長の事とはいえ。同僚の女相手にそれはダメっしょ。
そんな風に心の中でツッコんで、隊長の名前を大声で呼ぼうとしたけど――
それより先に、クレア先生がキレた。
「落ち着きなさい! サラに何かあった時こそ、あなたが冷静でいないでどうするの! そんな事で、これから一生彼女を支えて行けるの?」
至近距離で、怒声を張り上げる先生。
でも当然のごとく、鬼のデニス隊長はひるんだりしない。
「偉そうに説教するな! 逆に、お前よくそんなに落ち着いていられるな!? まぁお前にとっちゃサラは、所詮ただの同期だろうから当然か!?」
「ただの同期なんかじゃない! 何も知らないくせに、ひどい事いうのね!」
「何も知らないのはお前の方だ! こいつは普通の体じゃない! 体調を崩し始めた時、どうしてすぐに俺に報告しなかった!? 話してくれれば力になれた! こいつの調子が悪い原因はきっと――」
「原因ならわかってるわよ! サラには女性に必要なホルモンが足りて無いの! あの実験のせいで卵巣機能がほぼ失われてる! だから――」
突然――口をつぐむクレア先生。
え? え? 何で急に黙るの? まだ話の途中だったんじゃなくて?
状況が飲み込めなくて、隊長と先生、それぞれの顔を覗き込む。
二人は同じ表情をしていた。目を見開いて、眉を上げて。
ハッとしたような、ってこーゆー顔の事を言うんだろうって感じの。
「どうして……実験の事を知ってる? サラは……誰にも話してないと言ってた。勿論お前にも」
低い声で尋ねるデニス隊長。
落ち着きを取り戻した、というよりは、茫然、愕然として、怒気を失った……って感じの静けさ。
クレア先生は黙ったまま、険しい顔でデニス隊長を見つめる。
すると次第に……デニス隊長の眉間に皺が集まり始めた。
「そうか……お前……!! あの時の――!!」
その後の事は……正直よく覚えてない。
俺はただ、『やめろ』とか『ダメだ』とかわめくだけで。
デニス隊長を止める事は、全然出来なかった。
騒ぎのせいで、サラ隊長が目を覚ました時には、既に手遅れ――。
クレア先生は、血を流して床に倒れていたんだ。




