活気(キサラギ)
「大丈夫……すかね、クオン隊長。またあいつと揉めたり……」
クオンとソン・ジュノが退出した後の作戦会議室で。
俺やデニスさんの顔色をうかがいつつ、尋ねて来たジル。
「大丈夫じゃないかな? 彼がマリアちゃんに酷い事した……っていうのも誤解みたいだし」
『ですかね……』と、ほっとした表情を浮かべるジルの横で、エミリオが勢いよく挙手をした。
「はいはい! ちょっと、そこ気になったんだけど! さっき、犯……ほにゃらら、とか言ってたよね? マリアちゃん、もしやそ~ゆ~被害にあった事が――」
「よせ、エミリオ。興味本位でほじくる所じゃない」
「私も知らないけど、きっと私達が知る必要は無い話よ」
しかしデニスさんとサラさんに揃って話を遮られ、唇を尖らせる。
「別に興味本位なんかじゃないよ~。俺だってマリアちゃん大好きで、心配してるんだから~」
マリアちゃんが七区でひどい目にあっていた事は、終日のメンバーとクレア以外、知らない。
だから、エミリオのように、つい詮索したくなる気持ちはわかるけれど。
デニスさんとサラさんは、さすが。大人だ。
他人の……おそらく良い想い出ではなさそうな過去を、根掘り葉掘り聞こうとはしないあたり、わきまえている。
「それより……まさかの急展開ですね。通常種隊員の半分が神族で……そのうちの一人と取引する事になるなんて」
息をついて、ソファに深く腰掛ける。
安堵の一息なのか、急展開に振り回された疲労によるため息なのか。自分でもわからないけれど。
「進歩、と言っていいんじゃないかしら。彼と取引した事で、私達のとりあえずの進路が定まったわ。わからない事だらけの中、迷いながら情報収集を続けるよりも、余程いいと思わない?」
そう前向きな事を言うサラさんは、水を得た魚のように、生き生きしている。
「そうだな。現時点では、カルラも五毒将軍も聴取不可なわけだし。エミリオには、継続的に夢を覗かせはするが」
デニスさんも、総務隊員兼・神族と対面した時に放っていた殺伐としたオーラも、今はすっかり落ち着いて。
けれど、そんな彼を苛立たせる事に長けている部下が、『ええ~!?』と抗議の声を上げた。
「デニスさん昨日は、仇の記憶が消えるかもしれないのに夢を覗かせるなんて、あんまりだ! とか言ってたじゃないですか~!?」
「いや、そうは言ってなかったってエミリオ」
「もういいだろ、記憶が消えても。相手は特定できたんだから」
「なになに!? エミちゃんのお姉さんの仇、見つかったの!?」
「え! そうなのエミリオ!?」
未知の情報が開示されて、思わず食いついてしまう。
俺はまだまだ……デニスさん達のような大人の分別は無いらしい。
「そうなんだよキサラギさん! デニス隊長が持ち帰った神族の忘れ物が……姉さんがあいつにプレゼントした帽子でさ!」
「そっかぁ~! それはよかっ……」
うれしそうに応えるエミリオに、思わずこちらまで笑顔になってしまい……かけた所で、冷静になった。
「デニスさんが持ち帰った神族の忘れ物って……確か麦わら帽子、だよね?」
「そ! そこについてた血を分析したら、キサラギさんとやり合った雷神の血統種のものだったんだって! だから、俺が探してたのは――」
あの男……って事か。
「え、どうしたのキサラギさん?」
思わず、笑顔が引きつってしまう。
血まみれになりながらも、村民を雷撃する事に執着していた、あの狂気的な瞳……。
思い出すだけで、ぞっとする。
あのヤバイ男が、エミリオの仇? いやそれ以前に……お姉さんの、恋人?
「いやあぁ……? それどうだろう? 間違いないのかな? あの男が恋人って、中々だと思うんだけど……」
あれと男女交際をしていたとなると、エミリオのお姉さんも少々ヤバめな女性だったのでは。
なんて言える筈は無く。目を泳がせてしまう。
「間違いないよ! 帽子には刺繍がしてあったし――」
「もういい、ここで討論した所で何もならないだろう。ひと段落ついたら、さっきの神族に聞けばいい話だ」
俺とエミリオの不毛なやり取りに終止符を打ったのはデニスさん。
「ソン・ジュノに? どういうことですか?」
「トキミヤの婚約者を無事保護すれば、あいつとのパイプは太くなる。雷神について、情報を寄越してくれるよう、次の取引をもちかければいいんだ」
「代わりに私達は何を提供するわけ? こっちのポケットの中に、彼の欲しいものがあるかしら?」
「本部に戻ったマリアちゃんとの、デート一回券とか?」
「ダメです。クオン隊長がまたキレます」
本気なのか冗談なのかわからないエミリオの提案を、真顔で却下するルーク。
「わからん。残念ながら……今俺達は大した武器を持ってない。でも、あいつについて、神族についてもっと知れば……餌になる何かを掴めるかもしれない。またその時が来たら考える」
「あ~……いっそ、あの子がこっちに寝返ってくれればいいのにね? マリアちゃんの事好きなのに、なんで神族なんてやってるのかしら?」
「マリアちゃんと同じ位、大きな存在が……神族にいるんですかね……」
またしても、ここで話し合った所で答えの出ない、不毛な会話をしてしまう。
「まぁ、とにかく。今はマリア・シャレットの捜索・保護に全力を投じよう。総司令から命じられてる各区の巡回は適当に済ませる。ソン・ジュノの話が本当なら、そこを咎められる事は無いらしいからな」
「はい」
「そうね」
「うっす!」
「承知しました」
「りょーかーい」
それぞれの返事は、情報収集のみに徹していた時と比べて、俄然、活気に満ちていて。
それだけでも……思い切って動いてみて良かった。そんな風に思えた。




