羽虫
俺の父は、自分がウムカイヒメの血統種だという事に猛烈な劣等感を抱いていた。
血統種一族の長というからには、スサノオだとか、イザナギだとか。
一区神話の主神クラスの能力を持ちたかったのだろう。
親族婚を繰り返して来た一族の跡取りである父には、主神達の血が流れてはいたようだが。
発現したのは、ウムカイヒメの能力だけだった。
しかしその頼みの能力も、キサガイヒメと力を合わせ、自らの命を捧げなければ、発揮されないという、なんとも頼りないもので。
だから風神の血統種として生まれた俺を、村中の誰よりも強く成長して行く長男を、それはそれは可愛がった。
非力な父は『優秀な血統種の父親』でいる事で、自分の地位を揺るぎないものにしたかったのだと思う。
『お前は私の宝だ』
『お前は私の誇りだ』
『立派な後継ぎになれ』
毎日毎日同じ言葉を。繰り返し繰り返し。満遍の笑みで言われた。
俺はそんな父が好きだった。
褒められ、認められ、愛される事が嬉しかった。
けれど――俺の、父への感情が180度変わったのは、ある夜の事。
部屋の外から聞こえて来た、アカネさんの悲鳴。
驚いて駆けつけると。裏庭には、ハイハイをし始めたばかりのクオンがいた。
首に鎖をつけられ、傍にある木にくくられて。
クオンは泣いていた。泣きながら、一生懸命ハイハイをしていた。
けれど動く程に首が締まって、苦しくて一層泣いていた。
鎖は、まだ柔らかな首の肉に食い込んで、血が滴り落ちていて。
アカネさんは、その血を着物の袖で拭いながら、パニックに陥っていた。
抱き抱えてやれるほど、鎖の長さは無く。そして非力な彼女には、鎖を切る術も無く。
俺は慌てて鎖を切り、アカネさんと共にクオンを抱きしめた。
大切な大切な、まだ幼い末の弟に誰がこんなひどい事を。
怒りに震える俺の背後から聞こえたのは、大好きな父の声で。
『羽虫のように脆弱であるくせに、よく泣いてうるさい事よ。だから外に放ったのだ。なあに、きちんと首輪をつけておいたから、逃げ出したりはせんよ』
俺はその時、全てを理解した。
父が父なのは、俺に対してだけなのだと。
思い返してみれば、クオンを含め、他の弟妹達と父が一緒にいる所を見た事がなかった。
俺が自分以上に大切に想っている家族を、父は羽虫のように扱っていた。
その事実は、粘度の高い負の感情を――初めて俺に抱かせた。