隠し事
「どういう事だ、キサラギ」
俺の可愛い実弟。もとい上官であるクオン・トキミヤ隊長が、そう詰め寄って来たのは午後九時前の事。
「ほらほら、そろそろベッドに入らないと。また復活初日みたいに突然倒れちゃうよ? あの時は本当に驚いたな! 地下牢から引きあげて来て、メスでザックー切られてた傷をクレアに手当してもらって。さぁ色々話をしようって思ったらいきなりバターン! だもん! ちょうど医務室のベッドの上に転がったからよかったけど、あれが血まみれの地下牢だったら」
「時間稼ぎしてんじゃねえよ。さっきのは何だ? “俺には父の居場所がわかっています”っていうあれは?」
そう――。少し前の総司令官室にて。
クオンが『あるわけねえだろ』発言で場の空気を凍り付かせた後に、俺は言ったのだ。
父の居場所に心当たりがあると。
「そもそも俺は、母のお陰で生き返ったって事は何となくわかっていたが……父親がウムカイヒメだって事も、二人が蘇生の契約をしてたなんて事も知らなかった。おっさんらに話をつけに行く前に……起き抜けにお前から聞いて、初めて知ったんだ」
「うん。そうだよね。にも関わらず、全てを知る黒幕のごとく語ってる姿はさすがだったよ」
「話す気がねえなら、二度とその善人スマイル浮かべられなくなる程、顔面変形させるぞ」
まずい。
目が、本気だ。
今日覚醒していられる残り時間が残り十分足らずになってしまったから、焦りと苛立ちを隠せない様子。
クオンは基本的に感情が表情に出るタイプではないけれど。
眉や口がわかりやすく歪まない代わりに、瞳の奥の光方が変わるんだ。勿論、自他ともに認めるブラコンである俺にしか、わからないレベルだけれど。
「わかった。話す、話すよ。だからベッドに横になってくれ。いきなり倒れるのは本気で危ないから」
両手を挙げて観念した事を伝えると、クオンは大人しくベッドに入ってくれて。
俺はそれを確認してから、デスクの前にあった椅子を持って来て、腰かけた。
「隠してて、ごめん。俺は跡取り息子って事もあって……他の家族や村人も知らない事を、色々聞かされてたんだ。でも……クオンにとっては、アカネさんやあの人の血統や能力については……知るだけ辛い想いをする情報ばかりで」
「お前が父の居場所を知っている事も? 俺が辛い情報なのか?」
頭を下げる俺に容赦無く、クオンは恐ろしく低い声を寄越してくる。
「正確には、心当たりがある。って言ったんだよ。俺だって……クオンが生き返るまで、あの人は死んだと思ってたんだから」
「……思ったんだが。俺に命を譲ったのが父で、今も生きていて術を発動させたのが母っていう可能性は無いか?」
父の居場所を知っている事が辛い情報なのか。の回答を待たずに、新たな質問を投げかけてくるクオン。
なるべく多くの疑問を解決しておきたいのだろう。
彼は残り数分で、強制的に入眠してしまうから。
「残念だけど……あの人はそういう人じゃないよ」
あの人は第四子であるクオンにまるで関わろうとしなかったから、クオンは知らないんだ。
あの男のクズぶりを。
あいつがどれ程、アカネさんやクオンの命を……軽んじていたかを。
「キサラギ。俺はもう大人だ。受け止められる。知ってる事を全部、話してくれ」
うつむく俺の顔を覗き込む。たった一人の弟。
クオンの言う通り。俺の弟はもう子供じゃない。体も心も成長した。
細く、弱く、あどけなかったあの頃とはまるで別人。
「でも……それでも。俺にとっては一生、小さくて可愛くて……守ってあげなきゃいけない弟なんだよ……」
いつの間にか、俺よりもずっとたくましくなった体を、抱きしめる。
「おい。気持ちわりぃな、離」
「なのに……大切なのは後継ぎのお前だけだって……お前に何かあっても、アカネの命を使って生き返らせてやるから安心しろって……あの男は笑った」
心が淀む。
吐き気を覚える程の憎しみと、犯した罪の記憶が、よみがえって来て。
「許せなかった。だから……二区で死にかけてたあいつを……見捨てたんだ」