希望の光
親父の似顔絵は、全体会議の前に作成された。
似顔絵と言っても、俺とクオンの当時の記憶を頼りに調査隊が描いたもの。十年たった今、どれ程役に立つ物なのかわからないけれど。
でも、それでも。完成したそれは、今の俺自身にどこか似ていて。
驚くと同時に、あの非情人間の血がこの体にも流れているのだと、我が身を呪いたい気持ちにもなった。
しかし、あの時の驚きなんて……たった今受けた衝撃に比べれば、ほんの些細な事だったと、今なら言える。
それほどに、コマチちゃんのお母さんから聞かされた話は、絶望的だった。
「死ん……だ……?」
唖然、愕然、茫然。
そんな表情をする俺に、『まずい事を言ってしまったかしら』と、目を泳がせるコマチちゃんのお母さん。
エミリオは彼女を気遣って背中をポンポンと軽くたたいて笑った。
「お母さん、大丈夫大丈夫! だから、も~ちょい詳しく聞かせてもらえる? その、ムツキ・ジングウジさんはいつ、どうして亡くなったんだろう?」
「あ……ええ、亡くなったのはええと、一週間位前かしら? 病気だったみたいです」
「一週間前……」
座っていなかったら、膝から崩れ落ちてたかもしれない。
なんて事だ。
もうすぐ近くまで来ていたのに。
「そっか~……ずっと前からご近所に住んでたのかな?」
「私達の家は、ここから北に五キロ位行った所にあるんですが。娘が生まれたのをきっかけに移住したんです。だから詳しくは知らないんですけど……村の人達の話によると、最初の天罰が下った町の住民なんじゃないかって。村にはそういう人達が何人かいて。ほら、天罰で町にいた人は殆ど死んでしまったんだけど、たまたま外に出かけてた人とか。町の端っこの建物の中にいた人とか。無事だった人は結構いたみたいなんです。ムツキさんもその一人だったのかしら? って」
町の端の建物の中……そうだったかもしれない。
俺が親父を放置したあの小屋は……。
「北かあ~! そういう人達は南に移住したって聞いてたから、ずっとそっちを探してたんだよ~」
衝撃の事実に、未だ立ち直れないでいる俺に代わり、エミリオが会話を繋いでくれた。
「確かに、南に行った人達の方が多いと思います。中央区に繋がる橋も、南の方が近いですし。でも一区出身の人とか、一区に頼れる親戚がいる人達は、北側……一区寄りを住処に選んだようですよ。私もそのクチですから。夫は二区の人間なんですけど、出産してからは私の故郷である一区に近い場所に住みたいなって」
「うんうん、家族の助けって大事だもんね~! ムツキさんも一区に家族がいたのかなあ~?」
「一区におうちがあって、子供と住んでたんだって! でも今はみんな、どこにいるかわからないって言ってたよ~」
「コマチにはそう言ってたみたいなんですが、本当かどうか……。一区からムツキさんを訪ねてくる人はいなかったですし。ムツキさん村の誰とも親しくしてなかったので詳しくはわからないんです。世捨て人……って言ったらあれだけど。そんな雰囲気の方で」
頬に手をあて首を傾げるルーさんの言葉が、ひっかかる。
世捨て人? あのプライドの高い人が?
いや、高すぎるプライド故か。誉れある血統種一族の長として、世俗や通常種とは関わりになりたくなかったのかもしれない。
「ルーさんや村の人は、彼が血統種だってご存知でしたか?」
「それも、コマチ伝いに聞いた事があります。でも、私もまわりも信じてませんでしたけど。だって本当に血統種なら、あんな田舎村にいるわけないでしょう?」
お母さんや村の人達がそう思ったのも無理は無い。
血統種イコール能力者と考えてる通常種は多い。
全ての血統種は能力を持ち、国や軍や企業に雇われているエリートだと。民間人なら尚更だろう。
今でこそ血統種は優劣問わず、対天罰軍によって守られているけれど。
それ以前は戦闘に不向きな血統種や、ニーズのない能力の血統種、血筋だけで能力の発現が無い血統種は不遇を強いられていた。
単に血筋を守っていく為に子供を産む事を強要されたり、血統種の子を望む富裕層に赤ん坊を売ったり。
父も、能力の弱い一族の人間は村の外に出さず、一族の血筋を守る為の婚姻や出産を強いていたし。
今思い返してみても、おぞましい統治者だ。
でも、あの人は絶対的な長として君臨していたから。俺を含めた家族も、他の誰も、逆らう事が出来なかった。
「おじいちゃん、コマチちゃんには色々話してくれてたんだね~?」
「うん! 最初はしっ、しってされてたけど……コマチのお母さんのふるさとが一区だってお話ししたら、自分もそうなんだって、お喋りしてくれるようになったの!」
「自分の力について詳しく言ってなかったかな~? どういう事が出来るとか。その結果、何が起こるとか」
「知らない~。おじいちゃん自分の事はあんまり話さなかったから。“キサラギ”の話ばっかりで」
「えっ……」
突然出てきた自分の名前に、ドキッとしてしまう。
「ああ、お子さんの事みたいです。とっても優秀な息子なんだって、いつもこの子に自慢していたようで。さっきも言いましたけど、どこまでが本当の話なのかわかりませんけど」
「お兄さん、さっきこっちのクルクル髪の毛のお兄さんに“キサラギさん”て呼ばれてたよね? お兄さんがおじいちゃんの子供なの?」
コマチちゃんのお母さんがハッとしたように口元に手を当てる。
俺と『ムツキおじいちゃん』との関係を理解したのだろう。
「ご、ごめんなさい! 私ったら……! あなたのお名前を聞いた時、すぐ気づけたのに……! 世捨て人とか、本当なのかわからないとか、失礼な事を……!」
「お気になさらないで下さい。もう十年以上疎遠だった父です。ただ……仲間が困った事になっていて、父ならば助ける方法を知っているかもしれないと、捜索をしたもので……」
本部に残っているクオンの顔が浮かぶ。
今まで世界の為に身を削り、仲間の為に心を削り――そんな弟が、ようやく自分の幸せの為に動こうとしているのに。
我が子を宿した婚約者が行方不明にも関わらず、探しにすら行けない苦痛。
一刻も早くそんな地獄から解放してやりたい。
なのに、頼みの綱の父が既に死んでいたなんて。
奥歯を噛みしめて俯く俺を、痛々しそうに見つめるコマチちゃんのお母さん。
「……あの、もしよかったら、ムツキさんのお宅にいらっしゃいませんか? 村の有志で遺品は整理させて貰ったんですが……捨てたりはしていないので。あ、ほらコマチ! ムツキさんて日記みたいなものも付けてたんでしょう? 何か役に立つ記録が残っているかも……」
絶望の淵に射し込んだ、希望の光。
俺は即座に顔をあげ、エミリオと顔を見合わせた。
「きたんじゃない!? これ運が回ってきたんじゃない!?」
「行きたいです! 今すぐに! 案内をお願いできますか!?」
急にハイテンションで前のめりになった男二人に、お母さんは少々戸惑っている様子だったけれど。
隣に座るコマチちゃんは、『家族が来てくれたらムツキおじいちゃんもきっと、天国で喜んでくれるね』と、笑っていた。
一点の濁りもない、彼女の笑顔を見ていたら……。
家族として奴の死を悼んではいないし、あいつが天国に行ってるだなんて思ってもいない事が、なんだか後ろめたくて。
俺は真っ直ぐに、コマチちゃんの目を見る事が出来なかった。




