惰眠
「……体調、悪いか?」
「え? いえ、いつも通りですけど。私何か変ですか?」
「いや、変てわけじゃねぇけど……いつもと匂いが……」
「匂い? あ! 今日書庫の整理を手伝った時に結構汗をかいてしまったから……! すいませんっ」
「いや、そういう事じゃなくて………………まさか」
「まさか?」
「…………そうか。そういう事か……」
「クオンさん? まさか? 何ですか?」
「何でもない」
「何でもなく無いですよね、明らかに。気になります。教えて下さい」
「今日の紅茶もうまい」
「はい? 何ですかその誤魔化し方は」
「お前の淹れる紅茶はうまい。でも、飲み過ぎないようにしろよ」
「え? ああ、紅茶も飲み過ぎは良くないんでしたっけ? 大丈夫ですよ。飲むのはクオンさんと会ってる時だけです。普段は暇なりに、ちゃんとお仕事していますから」
「ならいい」
「よくないですよ、もう……結局話してくれないんですね」
――頬を膨らませたあいつに睨まれた所で、目が覚めた。
自室のベッドの上。
壁の時計は夜の六時を指し。
傍らにはキサラギ。
「人の部屋で何してんだ」
「もう起きる時間だよ~って言いに来たんだけど。弟の寝顔があまりにも可愛くて、起こせないでいました」
恐ろしく気持ちの悪い事を言う兄に、顔をしかめてしまう。
俺が死んでから……もとい、一度死んで生き返ってから、キサラギのブラコンはかなり悪化した。
今のような、おおよそ大の男相手に言う台詞では無い言葉もしょっちゅう口にするし。
何より今まで以上に俺の体を案じるようになった。
俺が今、一日二十一時間の睡眠を強制されているのも、こいつの意向だ。
約一週間の死者生活から復活したばかりの体は、以前とはかなり性質が変わっていた。
簡単に言うと、一日に三時間程度しか起きていられない。
それ以上経過すると、失神に近い形で突然眠りに落ちてしまう。
そこで、不用意に倒れケガをする位ならと。起床後三時間経ったら自らベッドに入るよう、キサラギが言い出したのだ。
俺は当然拒否した。
アルマンは神族の疑いをかけられ逃亡。
対天罰部隊小隊長のリチャードとウイリアムが、裏切り者ではないかという疑惑が浮上。
そして――身重のマリアが失踪。
誰がどう考えても、一日の大半をベッドで過ごしている場合じゃない。
だが、一度死んだという『前科』を持つ俺の意見を、誰も尊重してはくれなかった。
「マジでもう無理しないで! 睡眠時間足りなかったらまた死ぬ。とかだったらどうするの!? 何かあったらと思うだけで、俺息が出来ない!」
「そうっすよ隊長! キサラギさん、部下の俺の前でも号泣したんすよ!? それってよっぽどっすよ!?」
「今までは無理をしなきゃやって来れませんでしたけど……今は無理しちゃいけない時なんですよ!」
「この状態がずっと続くわけじゃないだろうってクレア先生もおっしゃってましたし! 少しの間の我慢だと思って、どうか……!」
キサラギ、ジル、レナ、ルーク。
信頼できる。と、本人達の前で断言した面々にそこまで言われたら、突っぱねるわけにも行かず。
俺は彼らの提案を受け入れた。
俺の覚醒時間は午後六時から九時。
その間に食事、入浴、着替えと……生活に必要な身支度を整え。上からの命令と下からの報告を受け、明日以降の行動を決定、指示する。
……その繰り返し。
マリアが本部を去ってから三日も経つというのに。
惰眠をむさぼるしかない日々は、途方も無く苦痛だった。
「ちゃんと寝れてない? いつもモヤっとした顔で起きるよね?」
「夢をみてるからな。眠りとしては深くないんだろう」
「成程。マリアちゃんの夢ばかり見て、不安が募る。と?」
そんな事は一言も言っていないが。
さすがは増悪傾向真っ只中のブラコン。
弟の事は何でもお見通しらしい。
「……妊娠に、気付いた時の夢をみた」
仰向けに寝たまま、ボソリと言う。
キサラギは一瞬固まったが、『そう』と答えて、ベッドの端に腰かけた。
「どう思ったの? その時、クオンは」
「正直、やっちまったと思った」
俺の率直な返答に、キサラギは嫌悪感丸出しの表情を浮かべた。