ダンディー
私、どうしよう。
「それでも! パワーバランス的にあなた一人で行かせるよりはマシでしょう!?」
お腹の張りが気になって、眠りが浅くなったタイミングで聞こえて来た、大きな声。
びっくりして起きてみると……クオンさんとアルマン、そしてジュノとロザリーさんがダイニングテーブルを取り囲んでいて。
「ジュノさんが息子でロザリーさんが母ってなんですか!? 二人って親子だったんですか!?」
「え?」
思わず、小さな声を上げてしまって、慌てて口元を手で押さえる。
それから、出て行くタイミングを完全に失って――いけないと思いつつも、四人の話を立ち聞きしてしまった。
の、だけど。
「リチャード隊長とウイリアム隊長と三つ巴になったらそうはいかないでしょう? やっぱり私は賛成できません」
「それじゃあ……皆で行くっていうのはどうでしょうか!?」
今だ! と思って、会話に乱入してしまった。
「マリア、起きてたの?」
「ごめんなさいっ、私が起こしてしまったんですね」
「びっくりしたなあ~! 姉ちゃん、どこから聞いてたの!?」
「悪かったな、マリア。起こして」
驚いている様子のアルマン、ロザリーさん、ジュノに対して、クオンさんはいつも通りのクールな表情。
「すいません、声を掛けるタイミングを失ってしまって。でも……クオンさんは気付いてた……んですかね?」
私がそう言うと、三人の視線はクオンさんに集中した。
「え、そうなの? トキミヤ隊長?」
「ああ。匂いで。つーか、アルマンはともかく、ジュノとロザリーはなんで気付かないんだ。気配がしなかったか?」
「……そうですね。話に熱中していたとはいえ、お恥ずかしいです」
「あ……なんかすいませんっ」
なんだか、私のせい……なわけじゃないかもしれないけれど、ロザリーさんをシュンとさせてしまって、申し訳なくなってしまう。
けれどクオンさんは、そんな私の謝罪を無視してロザリーさんの方を見て。
「いや、責めてるわけじゃない。マリアにはそういう不思議な所があるんだ」
「「「「え?」」」」
何やら新しい方向に話を展開させたクオンさんに、目を瞬かせる私達。
てっきり、これから私の『皆で一緒に行こう』発言に対する可否について、話し合いになるのだと思っていたのに。
どういう意味かと詰め寄る私達を制し、まずは私に着席をすすめたクオンさんは、少しの間を置いてから再び口を開いた。
「ずっと、違和感を感じてた。マリアのあちこちに」
「い、違和感というと?」
少し、驚いてしまう。
約三年間の付き合いの中でそんな事、言われた経験がなかったから。
「十年前、アルマンが暴走した時に、どうしてマリアは無事だったのか。アルマンにとって、マリアは大切な存在だから……何となくそう思ってたが、アルマンが本部に来た直後に暴走した時は、俺がマリアを庇わなきゃならない位、自我を失っていた。広範囲を吹き飛ばした十年前だって、マリアだけを攻撃の対象外にするような冷静さは無かっただろうに」
「あ……それは、確かに……」
「十四基地で負った頬の傷、ノア・ガーデンで自傷した腕の傷は、いつ治ったんだ? 俺も周りの人間も精鋭血統種だから、負傷しても普通の奴よりはずっと早く完治する。でもマリアは違う。にも関わらず、気が付いた時には跡すら残ってなかった」
「そ、そういえばそうですね……」
「そもそも俺レベルの血統種が、全力で脱力できる血統種がいるって事自体、違和感があったんだ。初めて会った時も、倒れる位不調だったとはいえ、他人の前で熟睡するとか」
「トキミヤ隊長、それはさ~、言葉では説明できない愛ゆえのものじゃないの~?」
「俺もそう思ってた」
「え、なに、義理兄のノロケ話の時間なのこれ?」
ジュノやアルマンの茶化すような言葉にも、クオンさんの平静さは揺るがない。
「だが現に今、ロザリーもジュノもすぐ後ろの部屋から覗いているマリアに気付かなかっただろう? お前達程の血統種が、人の気配に気づかないなんて、中々の異常事態だと思わないか」
「そう言われると確かに……私は、息子の事で感情的になっていたせいだと思っていましたが……ジュノはそんな事なかったですものね」
「マリアには……説明できない不思議な所がいくつもある。……って事だね?」
「え、え、そうなん……ですか?」
思い切って四人の輪の中に飛び込んだのに。いつの間にか話題の中心になっている事に戸惑いつつ……クオンさんの顔を覗き込んでみる。
「ああ。常識的感覚じゃ説明できない、特異な存在。まるで……」
「ちょっと待って。トキミヤ隊長の言いたい事わかっちゃった。わかっちゃったけど。それはちょっと飛躍しすぎなんじゃない?」
クオンさんが核心に触れる前に口を挟むジュノ。
クオンさんの言いたい事とやらがわかっちゃっていない私としては、お預けをくらったような、もやもやする展開。
「わからないです。クオンさんもジュノも……何が言いたい」
「クオンちゃんの推測は大当たりよ」
突然、背後から聞こえてきた六人目の声。
あまりにも驚いて、椅子から転げ落ちそうになってしまった。
そんな私の体を、すかさず支えるクオンさん。
「こんな時間に尋ねてくるなんて……非常識な客だな」
クオンさんの、鋭い視線の先を追ってみると……そこにいたのは、銀髪が光るダンディな男性。
アレクシス・ゲイラー対天罰軍総司令官殿だった。




