途方
「え、なに、どうしたんですか、ロザリーさん?」
突然、キャラと状況に合わない声量を放ったロザリーに、アルマンも戸惑っている様子。
「いや、ロザリーだって神族じゃん。火に油なのは変わらないでしょ」
「それでも! パワーバランス的にあなた一人で行かせるよりはマシでしょう!? クオン隊長、よろしいでしょうか? リチャード隊長のお話しをうかがったらすぐに戻りますので、私もジュノと」
「ちょっと落ち着いてよ、マリアが起きちゃうじゃん」
「これが落ち着いていられますか!? リチャード隊長の剛腕は良く知っています! あなたに万一の事があったらと思うと……っ」
立ったまま、興奮気味に訴えるロザリーと、平常運転でクールに応じるジュノ。
なんだなんだ。
短くは無い付き合いだが、ロザリーがこんなに感情的になっている所は見たことがない。
これは……あれなのか。もしかしなくても、ロザリーは
「ジュノさんの事好き……なんですか? ロザリーさんて」
俺が思っていた事、思っても口にするのはな……とためらっていた可能性を、あっさりとぶつけるアルマン。
こいつは、周囲に気を遣ってばかりのマリアと本当に血縁なのか。いやでも、父親は別だという話だったから……性格が正反対でも仕方ない、か?
「は……?」
でもそれが功を奏して……というか。ロザリーはようやく平静さを取り戻したようで。
「あ……す、すいません、私……大きな声で騒いだりして」
「いや、お前がそんな風に取り乱すなんて……何か事情があるのか?」
「事情なんて無いよ、過保護なだけ」
恥ずかしそうに目を泳がせ着席するロザリーに、ため息を吐くジュノ。
するとロザリーは、再び眉間に皺を寄せ、奴の腕を掴んで。
「なんですか、その言い方は! 息子の心配をするのが母親というものです!」
「…………………………うん?」
突如訪れる、数秒間の静寂。
俺もアルマンも、ロザリーの発言をすんなりと飲み込めなくて。
「まったく……いつもあなたは無茶ばかりです。ウイリアム隊長に無断で小隊長方に身分を明かしたり、交渉したり……」
「だ~か~ら~、それは何度も謝ったじゃん。ロザリーがウイリアムさんをなだめてくれたお陰で、お咎めなしだったことも、ちゃんとお礼言ったでしょ」
「謝られたいわけでも、お礼を言われたいわけでもありません! ただ私は危ない事をしてほしくないだけ……」
「ちょちょちょちょ……! ちょっといいですか!? ちょっと話についていけてないです俺! あと多分クオン・トキミヤも!」
キョトン状態の俺達に構わず言い合いを続けるロザリーとジュノ。
その状況に耐えかねたアルマンが、二人の間に割って入った。
「ジュノさんが息子でロザリーさんが母ってなんですか!? 二人って親子だったんですか!?」
アルマンの質問に、今度はロザリー達の方が目を瞬かせ、互いの顔を見合う。
俺にはわかる……これは、『え? 言ってなかったっけ?』の顔だ。
「あれ? 二人とも知らなかったっけ? 俺はね、ラボ生まれのラボ育ちで……子供の時に、ウイリアムさんに保護してもらったんだよ。で、そこから育ててくれたのが、このロザリー」
「そうなんです。そういった事情で、血の繋がりは無いのですが……私にとってはまだまだ手のかかる息子で……ですからつい……すいません」
「ちょっとやめてよ~、気に掛けてくれるのは有難いけど、俺もう二十四だよ~?」
そう、気恥ずかしそうにジュノは言ったけれど。
『ごめんなさい』と眉尻を下げるロザリーを見て……腑に落ちた。
どうしてロザリーが、離別した後もウイリアムに献身してきたのか。
ウイリアムの意向だと言いながら、どうしてジュノをマリアの捜索に同行させたのか。力量的には、自分が同行すれば、それで十分だったろうに。
そして三カ月前……どうしてここに移住してくれたのか。
全て、ジュノの為だ。
神族になったジュノの為に、派閥トップであるウイリアムを、強力な後ろ盾にしたかった。自分がウイリアムの右腕であり続ければ、いざという時にも恩赦を請える。
マリアの捜索に協力したのも、マリアを想うジュノの為。
公私ともにパートナーであったウイリアムと離れてまで、この土地に来たのも……息子と穏やかな暮らしを送る為。そして、身重である息子の想い人を、守る為。
「途方もない……」
思わず、呟いた。
「え? クオン隊長、今なんて?」
「途方も無い……って言ったんだよな? クオン・トキミヤは」
「途方も無い位、親離れ、子離れ出来てない母子だなって意味~? やだな~も~」
「いや……母の愛っていうのは、途方も無く深いものだなと……関心してた。ロザリーを大切にしろよ、ジュノ」
俺の進言に、少しの間黙り込むジュノ。
思った事をそのまま口にしただけの、言葉。
それでも……響くものがあったようで。
「心がけるよ」
俺の目を真っ直ぐに見ながら、そう、答えた。
「じゃあリチャードの件に話を戻すが……ジュノ、正直に答えろ。お前がキサラギ達に同行しようとしているのは、他に理由があるんじゃないのか」
「え?」
と、首を傾げたロザリーとアルマン。二人の視線を受け、ジュノは口の端を上げた。
「さすがだね。トキミヤ隊長に隠し事は出来ないなあ」
「キサラギを優男呼ばわりしたあたり、違和感があった。リチャードや、小隊長レベルには及ばないとはいえ、あいつは間違いなく一流の血統種だ。リチャードが暴れた所で、奴の元部下達と力を合わせればきっと制圧できる。お前程の実力者なら、それ位わかるだろう。なのに加勢を申し出た。なぜだ?」
「……トキミヤ隊長さ、俺が本部でした話、覚えてる? ほら連絡通路で……隊長が聞きたくない~ってごねたやつ」
「……ああ」
耳を塞ぐ俺の両手をソン・ジュノがふりほどき、また俺が塞ぎ、ふりほどく……。
そんなやりとりを経て、半ば強引に聞かされた、あの話。
俺は三か月前の、こいつとの会話を想い起こしていた。




