火に油(クオン)
「トキミヤ隊長、マリアは?」
暗がりの中、炎が揺らめく燭台を持ちながら、声を潜めるジュノ。
「大丈夫だ。寝室でぐっすり」
俺も、時間と状況に相応しい小声で応じる。
「姉ちゃん、前よりも寝る時間が早くなった気がするね。体、しんどいのかなあ?」
「慢性的な寝不足なのかもしれませんね。胎動や腰痛……圧迫感のせいで夜中度々起きてしまうとおっしゃってましたから」
「じゃあ、今夜はいつも以上にヒソヒソ会議にしよう。マリアを起こさないように」
ジュノの提案に俺と、アルマン、ロザリーは黙って頷いた。
我が家で深夜に行われるこの会は、今夜で何度目だろう。
真っ暗な中、蝋燭の灯とダイニングテーブルを取り囲むように座した俺達四人の……マリアには、秘密の話合い。
「さっそくだけど……トキミヤ隊長も読んだよね? キサラギさんからの手紙」
「ああ、ロザリーが持って来てくれた。れいの……テレジアの事で進展があったんだろう?」
本部から届く手紙は、大きく分けて二種類。
マリアに読ませていいものと、いけないもの。
あいつが何度となく読んでいるルークからの手紙には、あいつの心を乱す内容は書かれていない。
けれどもう一方には、俺の病気の治療法に関する報告……現段階で言うと、テレジアなる人物の調査状況についてが、書かれている。
テレジアの事は、本部を出る時に終日の面々、コマチ、そしてアルマンから聞かされた。
辛い想いをさせない為に、確実な情報を得るまで、マリアには伏せる事になっている。
「ええ。手紙によると……リチャード隊長が退役を申し出た際に、娘を助けてくれる血統種を見つけたのに、間に合わなかった。と、話していた……そう、総司令がおっしゃっているみたいですね」
「リチャードが娘の病気を治す為に色々と手を尽くしてきた事は知っている。だから……その話、嘘ではないだろうな」
「じゃ、そのリチャード隊長とやらが見つけた血統種が、クオン・トキミヤのお母さんが話してたテレジアさんかもって事? なんだ……今も生きてるって事は……ホントに母さんじゃなかったんだ……」
鍵を握るテレジアが、マリアとアルマンの母親である可能性についても聞いた。
キサラギやルークは、同名の他人なのではと言っていたが……俺はアルマンと同じく、もしやと思う気持ちが強かったんだ。
なぜかと聞かれても、明確な根拠なんて無いのだけれど……今の俺が俺であるのは、色々な縁と巡り合わせの結果。
だから……俺の病を治せる人間が、妻であるマリアの母親だったと考えると……なんだかしっくりとくる気がして。
「まだわかりませんよ。真相が明らかになるのはこれからです」
「だね。キサラギさんとルーク君、近日中にリチャード隊長のトコに行ってみるって書いてあったし。あ、ちなみに俺も同行しますって返事出しといたから」
「は?」
思わず、口をパカっと開けてしまう。だって、そんな話は初耳だ。
そして、それは俺だけじゃなかったようで。アルマンとロザリーも、同じような顔をしている。
「何を言ってるんですジュノ、どうしてそんな勝手な事を……」
「だって、あのバケモノみたいに強いらしい大男の元に、優男と少年だけで乗り込むのは危ないでしょ?」
何ら悪びれる様子も無く、ひょうひょうと答えるジュノ。
というか優男って……キサラギの事か? 現終日の隊長に対して、大した物言いをするものだ。
「リチャードがキサラギやルークに害を加えるとは思えない。あいつは神族じゃなかったっていう話だし……加勢的な人員は不要じゃないか」
「いやでもさ、俺もちょろっと噂で聞いた事あるんだけど。リチャードって人、子供が死んでから自暴自棄になって、荒れに荒れてるらしいよ」
「その話は私も耳にした事があります。お酒におぼれて毎日毎日大暴れ……そんなリチャード隊長を支える為に、彼を慕っていた部下達も次々と退役して、今は生活を共にしているようですよ」
聞いた事も無い『噂話』について、揃って口にするロザリーとアルマン。
終日の元隊長である俺が知らない事を……こいつらはどこから……。という疑問は、即自力で解決した。
軍本部は神族だらけ。どんな隠し事も出来はしない。
そう、ジュノが言っていたのを想い出したから。
「わかった? トキミヤ隊長? そういうわけなの。リチャード隊長って対天罰部隊の中でも猛者よりの猛者でしょ? 新隊長と少年に何かあったら大変じゃない? 俺が行けば、ちゃんと守ってあげられるよ?」
「そ――」
れなら、俺が行く。神族のお前が行ったら、火に油沙汰になりかねない。
と、言おうとしたけれど。
「それなら私も行きます! 神族のあなたが行ったら火に油沙汰になりかねません! 危険です!」
俺よりも早く、ほぼ同じ内容の事をロザリーが言った。
しかも……これ絶対マリア起きたな……という位の大声で。




