不思議
「わ~! かわいい! なんですかこれ! 砂糖菓子? ん? でも匂いが……」
レナさんがくれた小さなバスケット。
その中に入ったいくつもの花。の、形をした何かに、興奮気味の私。
そんな私に、目の前の美しい人はクスクスと品の良い笑い声を返してくれた。
「ダメよ食べちゃ。石鹸だから、これ」
「石鹸! こんなおしゃれな石鹸あるんですね! さすがレナさん!」
「新生活のお祝い……色々考えたんだけどね。要不要とか、あんたの好みとかわからないし。確実に使う物の方がいいかなって」
嬉しい。
この大変な時期に、『色々考える』なんて、きっと簡単じゃなかった。
けれど私の為に、時間と労力を割いてくれた。その事が申し訳ないけれど、ありがたく、嬉しい。
「ありがとうございます! 大切に使わせてもらいます!」
「くれぐれも、体には気をつけなさいよ。……私達がクオン隊長の病気を治す方法、必ず見つけるから。それまで、隊長をお願いね」
腕組をして、バルコニーの手すりにもたれかかるレナさん。
私をまっすぐに見つめる碧眼には、強い意志を感じる。
「大変な時に……レナさん達に丸投げしてしまってすいません」
「下手に遠慮されるより、全力で寄りかかられる方が、ずっと動きやすいものよ。頼られる分、私も頼りやすくなるし」
真剣な表情から力が抜け、ふっと吐息で笑うレナさん。
「頼る? レナさんが私を、ですか?」
「そう。実は……あんたに教えて欲しい事があって」
「え! 何ですか何ですか!?」
私がレナさんに教えられる事、頼って貰える事なんて、あるとは思えないけれど。
なんて、心の中で首を傾げつつ、尋ねてみた。
「私、ウイリアム隊長と男女のそういう事をしちゃったのよね……」
「男女のそういう事……」
レナさんの言葉をオウム返ししながら、思考を巡らせる事数秒間……私は、レナさんが言わんとしている事を察した。
「う、うぁああああ……っ、そ、そうだったんですね」
「ちょ、ちょっと赤面とかやめてくれる!? 言い出したこっちが恥ずかしくなるじゃない!」
「あ、え、ご、ごめんなさい! ええと、それはそれはおめでとうございました!」
「べ、別におめでたい事じゃないでしょ」
「え!? あ! そうですかね!? でも、やっぱりそういう事はお互いの想いが通じて初めて成立するものですし! 良い事ですよね!?」
互いに頬を赤らめながら、たどたどしく会話を進めていた……のだけれど。
私の言葉を聞いたレナさんの表情には、突然影が射して。
「……マリアはさ、隊長との時……時間てどれくらいかかるの?」
「え!!!」
思わず、目と口を全開してしまう。
いくらバルコニーに私達二人きりとはいえ……あまりにも思い切ったお尋ねだったから。
「え、ええと……私も普通がどんなものか? っていうのが分からないのであれなんですけど。そう長い時間ではなかったかなと思います。クオンさんは忙しい任務の合間に七区の基地に来ていたので」
「終了後は? さっさと着替えて、何事もなかったようにドライに振舞ったりしてた?」
「クオンさんが……というよりは、私がそうしてました。あの頃は、そういう事の相手をさせられてるだけだと思ってたので」
「そっか……ごめん、嫌な事想い出させちゃった」
いけない。
おそらくレナさんが望んでいる回答を返せなかった上に、気を遣わせてしまった。
今のレナさんの質問から察するに……多分ウイリアムさんのそれはとても短時間で、とてもドライだった……という事なんだろう。
だからレナさんは今、不安になってしまっている。
「あ、あの! 男の人でもそういう事を重要視してない人もいるみたいですよ! それよりもただ傍にいたい、とか、話していたいとか……クオンさんも割とそういうタイプだったんです! でも私は自分の務めだと思ってたので、さぁどうぞって自分から誘ってたというか、そんな感じで! だからたとえ一連の所作が淡泊だったとしても、不安に思うことは無」
「そもそも、求めてきたのが向こうでも?」
「え……」
しまった。
たった一言の『え』、そして今の私の困り顔が……『それじゃあもう、フォローできませんね』と、ダイレクトに伝えてしまった。
「しかも……私を選んだのは、私がアルテミスの血統種だからなんだって」
「へ!? どういう意味ですか?」
「優等生と付き合えば、神様達に許されると思ってたらしいの」
「ん? なんですかそれ」
「意味わかんないわよね……ジルが言うには、それがウイリアム・キャロルって人間なんだって。通常種を皆殺しにしたいとか、もういい加減死にたいとか、かと思えば妻帯者になりたいとか……意志も思考もめちゃくちゃ。長生きしすぎて狂っちゃった、最恐最悪の血統種……」
暗い顔で、なんだかすごい所に着地したレナさん。
でも確かに……ウイリアムさんの言動には沢山の矛盾がある気がする。
狂っているから、というならば、全部ひっくるめて納得できる……というか、納得せざるを得ないのかもしれない。
けれど……狂っていようがいまいが、レナさんを傷付けていい理由にはならないわけで。
「レナさん。レナさんが不安に思ってる事、きちんとウイリアムさんにぶつけてください。私はそれが出来なかったから……すれ違ったまま突然二度と会えなくなって、死ぬ程後悔しました。あ、死んだのはクオンさんでしたけど」
「ふふ。恐ろしく説得力のあるアドバイスをありがとう。……そうよね。口にしなきゃ伝わらない。私がマリアに説教したっていうのに。ダメね、自分のこととなると。うん、モヤモヤしたまま関係を続けるのは、性格的に無理だし、きちんと話してみるわ」
「何かあったら、すぐに連絡下さい。私、レナさんの為なら、いつでもすっとんできますから」
「妊婦さんにすっとばさせたら、私が怒られるわよ、色んな人に」
少しだけ灯りを取り戻した顔で、クスクスと笑うレナさん。
私は、女神の石像のようにしなやかなその体を、強く抱きしめた。
「大好きですレナさん。レナさんが選んだ幸せの為なら、私は何だってします」
クオンさんは、レナさんとウイリアムさんとの別れを望んでいたけれど。
やっぱり私は、クオンさんが思うレナさんの幸せよりも、レナさんが思うレナさん自身の幸せを、応援したい。
「……不思議ね。あんなに大嫌いだったあんたと離れるのを……こんなに寂しく思う日が来るなんて」
耳元をくすぐる、とてもとても優しい声。
「離れていても、心はいつもそばにいます。それを、お互い忘れないようにしましょうね」
鼻をすすりながら……私達は互いの体を抱きしめ合った。
クオンさんやウイリアムさんに対するものとはまた違う、温かな愛おしさをかみしめながら――。




