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神々は天罰を下す  作者: 杏みん
213/222

新居

 暑い。


 強すぎる日差し。頬を撫でる風は、ごくわずか。

 さして動かずとも、滝汗状態。


 洗濯物はすぐに乾くから助かるけれど。

 なんて思いながら、身をかがめる。地面に置いた籠の中の、クオンさんのシャツを取ろうとして。


 その時……膨らんだお腹の中が、ぐにゃりと動く感覚があった。


 「あっ! クオンさんー! 来てください! チャンスです! 結構激しく動いてます!」


 慌てて叫ぶと、家の扉が勢いよく開いて。中からクオンさんが飛び出して来た。


 「待て……待て! まだ動かしておいてくれ!」


 「そんな無茶な……ああ、大人しくなっちゃった」


 そう言うと、私の元に駆け寄ってきたクオンさんはあからさまにがっかりした様子で。


 「……またさわれなかった……」


 「ふふ、お父さんが触ろうとすると動かなくなるって、よくある事みたいですよ」


 「なんでだ。まさか、もうすでに嫌われてるのか? 一度死んでお前達に苦労を掛けた事、根に持ってるとか?」


 「そんなわけないじゃありませんか。単に、動いてるよ~って呼んでも、お父さんが来る頃には動き終わってるっていう……タイミングの問題だと思いますよ」


 「じゃあ、次のタイミングは逃さないようにしておく」


 私の足元に跪いて、お腹に頬をすり寄せるクオンさん。


 「クオンさん、気持ちはわかるんですが……そのまま待機されると、洗濯物が干せません」


 「俺がやるって言っただろう。その腹じゃもう、かがむのもしんどいだろうし」


 「まだ八か月ですから。そこまでじゃないですよ」


 「でも、前傾姿勢を取って腹部を圧迫するのはよくない」


 「大丈夫です。ロザリーさんも、ある程度は運動した方がいいって言ってましたし」


 「何かあったらどうするんだ」


 「ですから、何かあった時の為に、ロザリーさん達が近くに住んでくれてるんじゃないですか」


 「だからって――」


 ああもう。

 心配性なクオンさんに、少々苛立つ気持ちが二割。可愛らしいなとにやけてしまう気持ちが八割。


 「わかりました。じゃあ残りの洗濯物はお願いします。私は中で休憩させてもらいます。赤ちゃんが動きそうになったら、また呼びますから」


 「ああ。紅茶なんか淹れたりしなくていいからな。本当に休んでろよ」


 念を押すように、人差し指を立てるクオンさん。


 「紅茶なんかって……そんな風に言われるの、ちょっと悲しいです。クオンさんが美味しいって言ってくれるの、七区時代からすっごく嬉しかったんですから」


 「いや、そういう意味じゃ」


 「ないのはわかってますよ。でも……クオンさんの為に紅茶を淹れるっていう私の幸せを、奪わないでください」


 そう言いながら、ピトっとクオンさんに抱き付く。

 クオンさんは少しの間を置いてから……私の背中をポンポンと手の平で優しくたたいて。


 「わかった。じゃあ、頼む。でも、無理はするなよ、くれぐれも」


 「ふふ。はーい」


 いかにも新婚さん。といった感じのやりとりを終えて、私は家の方へゆっくりと歩いて行った。


 木造りの、白い家。

 数年前に建てられたばかりだという。小さいけれど日当たりも風通しも良い、快適な新居。


 庭……と言っていいのか、家の周りは気持ちよく開けていて。草花が風に揺れている。

 ぐるりと辺りを見渡しても、他に家屋は目に入らない。


 あ、でも……あと十メートル位西に歩けば、赤い屋根が見えて来るかな。

 何かあった時の為にと、ロザリーさんと、ジュノ、そしてアルマンが待機してくれている、可愛らしいお家。


 裏口から中に入って、すぐ横にあるキッチン。

 朝食で使った食器は、綺麗に棚に並べられている。クオンさんが洗ってくれたんだな。


 対天罰部隊最強の男が、お皿洗いをしている姿を想像すると、なんだかおかしい。


 一人でクスクスと笑いながら、私は石鹸で手を洗った。

 『日用品の方が、貰って困らないでしょ?』と、レナさんがくれた、とても良い香りのする石鹸。


 それから、おしゃれな絵柄のカップとソーサーを二脚、食器棚から取り出した。

 これは新たな門出のお祝いにと、サラさんがくれたもの。

  

 お湯を沸かして、キサラギさんがくれた高級感ある茶葉にそれを注いで。

 ルーク君がくれた壁掛け時計で、茶葉を蒸らす時間を確認する。


 ジル君が切り倒した木で、デニスさんが作ってくれたというロッキングチェアに腰を下ろして。

 

 幸せだ――。


 本部から離れたこの場所でも、皆を感じながら……皆に守られながら、大切な人と暮らせている。


 この時間が永遠に続けばいいのに。


 そう切に願いながら……私は一週間前に本部から届いた手紙を読み始めた。

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