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神々は天罰を下す  作者: 杏みん
210/222

疑念

 「……謝りはしねえからな。俺は言いたい事、言っただけだし」


 サラさんが通路の角を曲がり、その背中が見えなくなった辺りで……ジルがボソっと言った。


 「うん……。でも私は謝るわ。約束を破った事は本当に悪かったと思ってる。でも……」


 「でも、あいつを死なせない為にはそうするしかなかったって話なんだろ? あ~、わかんね。クオン隊長だったらこーゆー時どうすんだ……」


 紅い頭を乱暴にかきむしりながら、ため息を吐くジル。


 「クオン隊長は……いつでも私達を想ってくれてるから……頭ごなしに責めたり、反対したりはしない……かな」


 「そぉかあ? だからこそ、ヤバイ道には進むなって止めるんじゃねえの?」


 「……一理あるわね……」


 私まで、ため息をついてしまう。


 クオン隊長にも、ジルにも応援して貰えない道。

 これから私は、たった一人で進んで行くしかないのだろうか。


 「でもマリアなら……何か別の事を言ってくれそうな気がする」


 「姉? ああ、まあ……姉もクオン隊長との事で色々あったんだろうし……惚れた腫れたの話はよくわかってるかもな。俺やルークよりはよっぽど」


 なんだか拗ねたようにそう吐き捨てるジルに、少し笑ってしまう。


 「そうよね。私達、任務や自己研鑽の方が大切だったから……惚れた腫れたがよくわからないのは当然なのよね」


 通路の窓から、敷地内の木々を眺める。

 緑が茂る季節も、落ち葉が宙に舞う季節も。私達はずっと戦ってた。

 天罰を阻止するために世界中を奔走してた。


 「だから……私も正直、どうしたらいいかわからない事が多いのよ。ウイリアム隊長との事」


 「よくわからないから、色々やらかしても仕方ねぇって言いてえの? 仲間との約束破るとか……前のお前なら絶対そんな事しねえじゃん」


 「なんていうか、ある種の毒物みたいなものなんだと思う。自制心とかモラルとか……人格すら揺るがす程の力が、惚れた腫れたにはあるのかも。だって想い出してみてよ。クオン隊長だって、軍が血眼になって探してたフォルトゥナを見つけておきながら、三年間も隠してたのよ?」


 「……そういやそうだったな」


 「隊長もマリアも、当初はめちゃめちゃ叩かれてたし」


 「姉を叩いてたのは主にお前だけどな」


 う……。

 そこを突かれると何の言い訳も出来ない。

 あの時はマリアの事を何も知らなかったから……。


 「まぁ、そこは今置いといて。ええと、何の話だったっけ?」


 「要はさ、お前はどうしたわけ? あいつとは付き合い続けるけど、俺らとも仲間でい続けたいとか?」


 「そこまで調子いい事は考えてないわよ。でも……もう絶縁する、みたいなのは寂しすぎる。あんたは私の大事な同期なんだから」


 我ながら、らしくもなく、素直に伝えてみた。

 だってここは本心を言わなければならない場面だから。そうしないと、ジルは本当に離れて行ってしまうだろうから。


 するとジルは、ポリポリと頬を指先でかいて。


 「俺もまぁ……のたれ死のうがどうでもいいとかは……ホントの本心てわけじゃねえけど」


 「うん……ありがと」


 ジルは私ほど直球的な同期愛を示してはくれなかったけれど。今はこれで十分。

 私が約束を反故にした事は事実なんだから。


 「……じゃ……俺はとりあえず、エミリオんとこ戻るわ」


 「私も。ルークも心配してるだろうし」


 「……おう」

 

 私達は話を切り上げて、歩き始めた。


 許すとか許さないとか。

 誰が悪いとか、これからどうするとか……それ以上は話さなかった。


 今はまだお互いに、心の折り合いを完全につける事が出来ない。 


 でも……これから先、時間が経って、気持ちが落ち着いたら……? 

 そして私達をとりまく環境が変わったら……?

 だって、軍と神族の共存が考えられてる今、私達とウイリアム隊長達との関係も、単純な敵対関係ではなくなるかもしれない。

 そうしたら私達は、前のようにもどれるだろうか。

 

 そんな、自分の願望に沿った、勝手な予測を立てていたら……ジルはピタっと足を止めて、隣を歩く私の方を見た。


 「なに?」


 「これは、お前らを別れさせたくて言うわけじゃねえけど」


 「うん」


 ジルが本題前に前置きを口にするなんて、珍しい。

 聞く側として、少々身構えてしまう。


 「カルラが言うにはよ、ウイリアム隊長がお前を選んだのは……その、お前がアルテミスの血統種だからなんだと」


 「……は?」


 予期せぬ事を言い出したジルに、口を開いた間抜け面を返してしまう。


 「なにそれ、どういう意味?」


 「優等生のいい子ちゃんと付き合えば、神様が許してくれるって思い込んでるらしい。だからその……純粋にお前に惚れた腫れたってわけじゃないのかもしれねーから……気を付けろよ」


 それだけ言うと、ジルは再び歩き始めた。


 本気で私を心配してくれているからこその、言葉なのだろう。

 眉間に皺を寄った皺から、それが伝わってきた。


 それでも私の心に沸き上がってきたのは、ジルへの感謝の想いじゃなく――



 『レナさんは、正にアルテミスじゃないですか』


 『清廉潔白で正義感が強く、勇ましく、慈悲深く、純粋で』


 『人類が皆レナさんのようだったら、誰も天罰なんて下さなかったんじゃないかなって思うんです』



 あの人からの愛情に寄せていた……寄せようとしていた、信頼。

 それを大いに揺るがす、ドロついた疑念だった。

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