疑念
「……謝りはしねえからな。俺は言いたい事、言っただけだし」
サラさんが通路の角を曲がり、その背中が見えなくなった辺りで……ジルがボソっと言った。
「うん……。でも私は謝るわ。約束を破った事は本当に悪かったと思ってる。でも……」
「でも、あいつを死なせない為にはそうするしかなかったって話なんだろ? あ~、わかんね。クオン隊長だったらこーゆー時どうすんだ……」
紅い頭を乱暴にかきむしりながら、ため息を吐くジル。
「クオン隊長は……いつでも私達を想ってくれてるから……頭ごなしに責めたり、反対したりはしない……かな」
「そぉかあ? だからこそ、ヤバイ道には進むなって止めるんじゃねえの?」
「……一理あるわね……」
私まで、ため息をついてしまう。
クオン隊長にも、ジルにも応援して貰えない道。
これから私は、たった一人で進んで行くしかないのだろうか。
「でもマリアなら……何か別の事を言ってくれそうな気がする」
「姉? ああ、まあ……姉もクオン隊長との事で色々あったんだろうし……惚れた腫れたの話はよくわかってるかもな。俺やルークよりはよっぽど」
なんだか拗ねたようにそう吐き捨てるジルに、少し笑ってしまう。
「そうよね。私達、任務や自己研鑽の方が大切だったから……惚れた腫れたがよくわからないのは当然なのよね」
通路の窓から、敷地内の木々を眺める。
緑が茂る季節も、落ち葉が宙に舞う季節も。私達はずっと戦ってた。
天罰を阻止するために世界中を奔走してた。
「だから……私も正直、どうしたらいいかわからない事が多いのよ。ウイリアム隊長との事」
「よくわからないから、色々やらかしても仕方ねぇって言いてえの? 仲間との約束破るとか……前のお前なら絶対そんな事しねえじゃん」
「なんていうか、ある種の毒物みたいなものなんだと思う。自制心とかモラルとか……人格すら揺るがす程の力が、惚れた腫れたにはあるのかも。だって想い出してみてよ。クオン隊長だって、軍が血眼になって探してたフォルトゥナを見つけておきながら、三年間も隠してたのよ?」
「……そういやそうだったな」
「隊長もマリアも、当初はめちゃめちゃ叩かれてたし」
「姉を叩いてたのは主にお前だけどな」
う……。
そこを突かれると何の言い訳も出来ない。
あの時はマリアの事を何も知らなかったから……。
「まぁ、そこは今置いといて。ええと、何の話だったっけ?」
「要はさ、お前はどうしたわけ? あいつとは付き合い続けるけど、俺らとも仲間でい続けたいとか?」
「そこまで調子いい事は考えてないわよ。でも……もう絶縁する、みたいなのは寂しすぎる。あんたは私の大事な同期なんだから」
我ながら、らしくもなく、素直に伝えてみた。
だってここは本心を言わなければならない場面だから。そうしないと、ジルは本当に離れて行ってしまうだろうから。
するとジルは、ポリポリと頬を指先でかいて。
「俺もまぁ……のたれ死のうがどうでもいいとかは……ホントの本心てわけじゃねえけど」
「うん……ありがと」
ジルは私ほど直球的な同期愛を示してはくれなかったけれど。今はこれで十分。
私が約束を反故にした事は事実なんだから。
「……じゃ……俺はとりあえず、エミリオんとこ戻るわ」
「私も。ルークも心配してるだろうし」
「……おう」
私達は話を切り上げて、歩き始めた。
許すとか許さないとか。
誰が悪いとか、これからどうするとか……それ以上は話さなかった。
今はまだお互いに、心の折り合いを完全につける事が出来ない。
でも……これから先、時間が経って、気持ちが落ち着いたら……?
そして私達をとりまく環境が変わったら……?
だって、軍と神族の共存が考えられてる今、私達とウイリアム隊長達との関係も、単純な敵対関係ではなくなるかもしれない。
そうしたら私達は、前のようにもどれるだろうか。
そんな、自分の願望に沿った、勝手な予測を立てていたら……ジルはピタっと足を止めて、隣を歩く私の方を見た。
「なに?」
「これは、お前らを別れさせたくて言うわけじゃねえけど」
「うん」
ジルが本題前に前置きを口にするなんて、珍しい。
聞く側として、少々身構えてしまう。
「カルラが言うにはよ、ウイリアム隊長がお前を選んだのは……その、お前がアルテミスの血統種だからなんだと」
「……は?」
予期せぬ事を言い出したジルに、口を開いた間抜け面を返してしまう。
「なにそれ、どういう意味?」
「優等生のいい子ちゃんと付き合えば、神様が許してくれるって思い込んでるらしい。だからその……純粋にお前に惚れた腫れたってわけじゃないのかもしれねーから……気を付けろよ」
それだけ言うと、ジルは再び歩き始めた。
本気で私を心配してくれているからこその、言葉なのだろう。
眉間に皺を寄った皺から、それが伝わってきた。
それでも私の心に沸き上がってきたのは、ジルへの感謝の想いじゃなく――
『レナさんは、正にアルテミスじゃないですか』
『清廉潔白で正義感が強く、勇ましく、慈悲深く、純粋で』
『人類が皆レナさんのようだったら、誰も天罰なんて下さなかったんじゃないかなって思うんです』
あの人からの愛情に寄せていた……寄せようとしていた、信頼。
それを大いに揺るがす、ドロついた疑念だった。




