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神々は天罰を下す  作者: 杏みん
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包容力

 基地司令官室には、テーブルとソファーが置かれていた。

 

 第一基地に到着後、挨拶に行った時基地司令官殿は『この部屋には区外の来客が多いので』と、タタミの上にそれらを設置している理由を説明してくれて。


 ソファーと言っても、木製の椅子に平たいクッションのようなものを敷いた、なんとも一区らしい長椅子。

 ほんの一時間前に私とキャロル隊長が座っていたその場所に、今は彼女が腰かけている。

 妊娠中の対天罰軍隊員……のフリをしていたという、民間人の女性が。


 「どうしてわかったのよ……私が軍の人間じゃないって」


 うつむいたまま、消えそうな声で言う女性。

 

 歳の頃は私達と同年程度だろうか? 背は低く、かなり華奢な体形なので、いくらか年下のようにも思えるけれど。黒く長い髪に隠されて顔が見えないので、よくわからない。


 膝上で固く握られた拳を見る限り、穏やかな心境で無い事位は簡単にわかるけれど。


 「そんな事より……ここ最近、基地内で起きていた窃盗事件の犯人は、あなたですよね?」


 彼女の正面、そして私の左側に座っているキャロル隊長が応えた。

 優しい声色とは不似合いな鋭い指摘に、彼女の縮こまった肩がピクリと動く。

 

 そして、隊長の思いもよらぬ発言に驚いたのは私も同じで。


 「窃盗事件……!?」


 「基地内を見回っていた時、あちこちから隊員達の噂話が聞こえました。“また食糧庫の米が無くなった”とか、“備品の在庫数と消費数が合わない”と」


 そういえば、すれ違いざまそんな会話が聞こえた気がする。

 でも、気にも留めてなかった。

 神族とつながる不審者を見つける為に神経を張り巡らせているつもりで、無意識のうちに無関係だと判断した情報には注意が向いてなかった。


 失態……またしても。


 頭を抱えて猛省したい気持ちに襲われる。けれど、そんな私の想いを知る由も無い二人は会話を続けた。


 「なんで……」


 「僕自身には経験が無いのでわかりませんが……妊婦さんの多くは体重が増えてしまうそうですね。胎児や羊水の重さ以上に。以前出産を機に退役した部下が、臨月になると何も食べてなくても太って困る……と言っていたのを覚えています。でもあなたはひどく細身だ。お腹の膨らみから察するに、妊娠八、九か月という所でしょうか。多くの場合ツワリが収まっているであろう時期なのに。ひょっとして、満足に食事をとれない経済状況にある方なのでは? と思いました。恐らく食料品以外は転売するなどして生活費にあてていたのではありませんか?」


 なんでこの人は、そんな事を知っているんだろう。

 自身の注意欠如に落ち込んでいる最中ではあるけど、キャロル隊長の口からスラスラ出てくる妊婦さん豆知識に驚いてしまう。


 それに、単に妊婦さんが痩せているという点だけで、そこまで推測できるだなんて。

 妄想力が豊か。と言ってしまえばそれまでだけれど。

 この人には、そこに確信を抱けるだけの経験や知識や、洞察力があるという事なのだろうか。


 現に女性が黙ったままの所を見ると、隊長の推理は的外れでは無いようだし。


 「それに……先程お腹を撫でていた時のあなたの表情……。とても愛おしい赤ん坊に想いを馳せているものとは思えませんでした。失礼を承知でお聞きしますが……あなたにとっては望まぬ妊娠だったのではありませんか? 具体的に言えば、生活の為のビジネス妊娠です」


 「ビジネス妊娠!?」


 思わず、隊長の言葉を繰り返してしまう。


 「ビジネス妊娠て……血統種の女性が、血統種の子供を望む通常種に依頼されて妊娠出産するっていうアレですか?」


 「ええ。研究や軍事目的で血統種同士を掛け合わせる事は対天罰軍が禁止しましたが……フリーの血統種の中には金銭と引き換えに出産を請け負う人間が結構いるんですよ。神の血を引く子供が欲しい金持ちも相当数いますからね。個人同士の契約ならば、それを取り締まる世界共通の法律は現在ありませんし」


 「え? ちょっと待ってください、じゃあ彼女は血統種って事ですか? どうしてそ」


 「……が、悪いのよ」


 沈黙を続けていた女性が、ぼそりと言った。

 それが怒り爆発の前兆だったという事は、突然立ち上がった彼女の、血走った目を見た時にわかったのだ。


 「何が悪いのよ! あたしだって、あんた達みたいに出来のいい血統種だったらこんな事しない! でも……血筋以外は通常種と変りないあたしみたいなのが生きていくには、手段を選んでいられない! 家族を養う為なら、赤ん坊だって売らなきゃならないのよ!」


 そこまで一息で怒鳴り切って、立ったまま肩で息をする彼女。

 目は見開かれ、眉は吊り上がり、頬は紅潮して。まさに、鬼の形相。

 

 でもちっとも怖くない。

 それどころか、私の胸にはふつふつと怒りがこみあげていた。


 「いくら貧困に苦しんでいようと、あなたのような血統種がいるから……っ」


 いつまでたっても『通常種が血統種を利用する』という構図が正されないし、血統種の誇りが汚されるのよ。


 そう言ってやりたかったけれど。止められた。


 隣に座るキャロル隊長が、私を制するように目の前に手をかざして来たから。


 「僕はあなたを責めているわけではありません。むしろ、力になりたいと思っています。

 ご存知ありませんか? 対天罰軍では常時血統種隊員を募集しているんです。あなたのように戦闘に不向きな血統種も、戦闘部隊以外で大勢活躍しています。無償の軍宿舎で家族と暮らす事も出来ますし、通常種隊員とは非にならない程の給与も支給される。家族に幼い児童がいる際は、然るべき教育を受ける事も出来る。雇用というよりも保護に近い目的ですからね。どうでしょう? ご家族と一緒に、軍の門戸を叩いてみては」


 キャロル隊長の穏やかな言葉に、女性の張り詰めていた表情が、徐々に緩んで行く。


 「知らなかった……そんな事……誰も一言も……」


 「引き続き勝手な推測をするようで恐縮ですが……あなたはご家族と共にどこかの山奥に隠れ住んでいるのではありませんか? こういった情報は、軍基地や、大きな町村に行かなければ入手出来ませんからね」


 「だ……だって、無能な血統種は隠れていろって、ずっと教えられてきたから……っ。戦場での仕事も無いし、フラフラ出歩いて繁殖目的に誘拐されたら大変だし……! だって働けないあたしみたいなのは、一生村にいて、一族の誰かの子供を産んで、血を継いでいく事しか務めを果たせな」


 彼女は言い終える事が出来なかった。

 その前に、キャロル隊長に抱きしめられてしまったから。


 「「「え!?」」」


 突然の抱擁に、思わず声をあげてしまう私と彼女。

 そして、彼女の隣に居ながらも、すっかり存在感を殺していた基地司令官。


 「キャ、キャロル隊長、一体何を……っ」


 「今まで大変でしたね。大丈夫、もう大丈夫ですよ」


 まるで赤ん坊をあやすような、優しい声。

 『大丈夫』と繰り返しながら、隊長は女性の頭を撫でた。

 

 「基地司令官、今回の窃盗事件で生じた損害は僕が全て保障します。ですから彼女の身柄、引き受けさせて貰ってもいいですか?」


 「隊長……! 犯罪者にそんな」


 「え、ええ! キャロル隊長がそうおっしゃるなら! どうぞどうぞ!」


 私が口を挟んだにも関わらず。隊長と基地司令官との間で、話がついてしまった。

 

 「今日は基地内の宿舎でゆっくり休んで、明日、あなたのお家までご一緒しましょう。配属先はそれまでに確保しておきますから」


 「うぅ……っ。あり……ありがとうございます。本当に、すいませんでした」


 王子様の腕の中で嗚咽する女性。

 黒いハイネックのワンピースで更に強調されたガリガリの体と、乱れた黒髪。

 その姿は決してお姫様とは言い難いものだけれど。


 そんな彼女でも、か弱く可憐なプリンセスに見えてくる程にキャロル隊長には包容力があった。

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