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「サラ隊長! もう会議は終わったんすか!? デニス隊長はどこにいます!?」
目の前に現れたサラさんに、挨拶する事もなく詰め寄るジル。
「会議は色々あって強制終了になったんだけど……どうしたの? 何かあった?」
「エミリオが……! 神族の夢覗きまくってたらしくて、記憶がごっそり抜け落ちちまってて! このままだとそのうち、姉ちゃんの事だって忘れちゃうかもしれないらしいんす! だから、早く姉ちゃんを殺した奴を……雷神を見つけないと! デニス隊長なら総司令やウイリアム隊長に頼めるっすよね!? 雷神は神族だから……だから……!」
エミリオのお姉さん? 殺した奴? 雷神? わからない。何の事だろう?
懸命に訴えるジルを、サラさんは制するように両掌を向けた。
「ジル君、落ち着いて。残念だけど、デニスは今すぐにその件で動く事は出来ないわ」
「いやいやいや、デニス隊長に直接話せばわかってくれる筈なんす! 隊長は今どこに――」
「今から私達、またダイヤ・シティに行かなきゃならないのよ。デニスはその準備中」
「ダイヤ・シティ? 何かあったんですか?」
サラさんの元に、私も駆け寄る。
私達はさっき帰還したばかりだというのに……どうしてまたダイヤ・シティに?
サラさんが、珍しく軍服を身にまとっている事と何か関係があるのだろうか。
「ああ、レナもいたの。ほら、あなた達が対応した偽天罰の件、侵略者達を公開処刑する事になったんですって。私達小隊長はその立会人として招待されちゃってね」
「公開処刑……?」
久々に聞いた、血なまぐさいワード。
大戦中は日常的に耳にしていた言葉だけれど。
「どうして侵略者の処刑に、軍の幹部が……?」
「ダイヤ・シティ側としては……うちは軍のおひざ元だぞ~バカな真似をすると軍が黙っちゃいないぞ~って、侵略を目論む連中を牽制したいのでしょうね。で、軍としては、侵略者を撃退したのは対天罰軍だぞ~自分らは天罰だけでなく、侵略からも世界の平和を守ってるんだぞ~だからこれからも軍は必要だぞ~って、アピールしたい。って事みたいね」
多分、だけど。サラさんはジルにもわかりやすいように、言葉をほぐして説明してくれたのだろう。
でもジルは『お気遣いありがとうございます』なんて頭を下げる気配は無い。
それどころか、サラさんの胸ぐらにつかみかかって。
「なんすかそれ! んな宣伝みてぇな事の為に、エミリオを後回しにするんすか!?」
「ちょっとジル、やめなさいよ!」
慌ててバカ同期を引き離そうとしたけれど、サラさんは女神の笑みを浮かべてジルの腕にそっと手を添え……勢いよく、投げ飛ばした。
「ってえ!!」
あまりにもスピーディーな動きに、受け身を取る事も出来なかったらしいジルは、背中から床に叩きつけられ、表情を歪めた。
「ジル君。私、若い子って大好きよ。情熱的で、エネルギッシュで、可愛い位に危なっかしくて。あなた達は未来の若葉。大切に守っていきたいと思ってる。でも……」
サラさんは真っ赤なピンヒールでカツカツと音を立てながら数歩進み、優雅な笑みを浮かべたまま、ジルを見下ろして。
「女性に乱暴をする男は、その限りにあらず、よ。よ~~~~~く、覚えておきなさい?」
「……す……すいませんした……」
笑顔でも、恐ろしい程の威圧感を放つサラさんに、仰向けに転げたまま、謝罪するジル。
「それじゃあ、留守をよろしくね。エミちゃんの話は、帰還後にゆっくりきかせてちょうだい」
「あ、はいっ。お気を付けて行ってらして下さいっ」
そう言って、サラさんは私達に背を向け、歩き始めた。
さすがだ。美しくて、優しいだけの人じゃない。
この人は精鋭の中の精鋭。完全な実力社会である軍で、対天罰部隊の長に座する血統種。
強く、凛々しい。私の憧れの上官……だったのに。
私はウイリアム隊長を選んでしまった。
うしろめたさから、つい、視線を下に落としてしまう。
と同時に、サラさんはくるりと振り返って。
「ジル君。女子に優しく、は、レナに対しても同じだからね? 好きな男とやった位で、裏切り者~とか、罵っちゃだめよ」
「「え!?」」
私達の状況と心境を、丸ごと把握しているかのようなサラさんの言葉に、思わずジルと声をハモらせてしまう。
「約束を破った事を責めるより、どうして破らざるを得なかったのか、親身に考えてあげる男の方が、モテるから」
「……別に……俺はモテとか興味ないんで」
起き上がりはしたものの。床に座り込んだまま、ブスっと顔で応じるジルに、サラさんは『あらそうだったわね』とケラケラ笑った。
「でも、トキミヤ君には憧れてるんでしょ? 彼が今のあなたの立場なら、そうやってふくれっ面すると思う? まずしないわ。それが器よ。そして本当の意味での心身の強さは、大きな器の中にしか育たない。目標にしている人がいるなら、その人だったらどうするか? を、常に考えて行動しなさい」
黙りこくるジル。
サラさんの言葉が刺さったのだろうか。それは……私も同じだけれど。
「サラさん……目標にしてる人なら、絶対に選ばないであろう道を選んでしまった場合は……どうすればいいんですか?」
すがるような想いで、尋ねてみる。
サラさんが私なら、絶対にウイリアム隊長と関係したりはしない。
そもそも、自分の志に反する非道な行いを繰り返している男を、好きになったりはしないだろう。
でも私は、引き返せない所まで来てしまった。仲間との約束を破ってまで。
もう……サラさんのようにはなれない。それじゃあ、私は、一体これからどう生きて行けばいいのか。
「レナ……あなたには幸せになってほしい。でも、私の思う幸せと、あなたにとっての幸せが同じ道だとは限らない。あなたは真面目だから……こうするべきっていう考えを軸に選択する方が楽なのよ。でも、そこから外れてしまったという自覚があるなら……全て、自分で決めて、選んで進みなさい」
「……はい」
優しい笑みを浮かべながら、私の肩をポンと叩いて、サラさんは去って行った。
思い遣ってくれているようでいて、突き放すような。
柔らかいようでいて、鋭く刺さるような。
そんなサラさんの言葉を慎重に噛みしめながら……私は憧れの人の背中を見送った。




