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神々は天罰を下す  作者: 杏みん
206/222

記憶

 「おおっと~!? そこにいるのはレナぴょんじゃな~い!?」


 急く気持ちを懸命に抑えつつ、主要会議棟の廊下を闊歩していたら……呼び止められた。

 音符が飛んで来そうな、ご機嫌な声で。


 「エ……エミリオ!?」


 声の主はエミリオだった。


 「わ~! なんか久しぶり~! 元気だった? 相変わらずきらめいてるね~! てゆーかいつ帰還したの?」


 左手をヒラヒラを振りながら、小走りで近付いてきたエミリオは、相変わらずな様子。

 

 「ひ、久しぶり……何日か前に還ったの。あ~……その、大変だったみたいね」


 五毒将軍の捕獲作戦で利き腕の自由を失ったと聞いていたけれど……元気なようで、安心した。

 

 ……ものの。なんて声をかけたものかわからなくて、口ごもってしまう。


 「ん? 大変て? 何が?」


 「何がって……その、右腕の事よ」


 今もだらりと、力なくぶらさがる彼の右腕を、視線で指した。


 「ああこれ……なんかよくわからないんだけどさ、目ぇ覚めたら動かなくなってて」


 「よくわからないって……いいわよとぼけなくて。一通り話は聞いてるから。食堂のマダムにやられたんでしょう? 彼女は神族で、猛毒を操る五毒将」


 「う~ん、食堂のおばちゃんが五毒将軍だったって事は覚えてるんだけど……そっか、この腕はおばちゃんにやられたんだ……う~ん……へへ、困ったね。俺、その記憶消えちゃってるっぽい」


 「はぁ!?」


 何をバカなことを。と、言おうとして、想い出した。



 『能力を使えば使う分だけ、忘れる。そういう性質だ』


 『夢を覗いたり、記憶を探って夢を見せたりってさ、人の深い所に潜り込む作業だから、自分にもダメージがあるんだよね~』



 あれは……ジルの故郷で天罰が起きた後の事だったか……クオン隊長とエミリオ自身がそう話していた。

 エミリオは他人の夢を覗くという能力を使う度に、記憶を失うのだと。


 「う……嘘でしょ、どうして? あんたまさか……腕がそんなになった後も能力(ちから)を使ってたの? 大人しく療養もせずに!?」


 「うん。カルラとおばちゃんの夢を覗きまくってた。……で……? 昏睡状態になっちゃったのかなあ? さっき目ぇ覚めた時、医療隊のベッドの上だったし。やたら体がバキバキだったし。もしかしたら、何日も……?」


 首をコテンコテンと左右に傾げながら、大変な可能性を口にするエミリオ。


 「バ……! 起きた時に医療隊の人にちゃんと声かけた!?」


 「ううん、チラっと見渡したけどクレア先生いなかったし。皆忙しそうだったし」


 「だってクレア先生は……っ」


 その事も知らないのか。

 デニスさんとの諍いで先生が負傷した時、こいつは何してたの?

 神族の夢を覗いてた? それとも、すでに昏睡に陥ってた?


 今はどっちでもいい、そんな事。


 「と、とにかく医療隊に戻って、ちゃんと診てもらいましょう! 全く、チャラリオのくせにどうしてそんなに熱心に仕事しちゃったのよ!」


 だらんとして無い方の手を掴んで、私はエミリオを引っ張りながら歩き始めた。


 「う~ん。どうしてだっけなあ? 何か……何かの手がかりを探さなきゃって、一生懸命になってた気がするんだけど……」


 「何かってなによ? まさかそれまで忘れちゃったの?」


 「ぼんやりとは覚えてるんだけどね。確か……帽子の持ち主が見つかって……」


 半ば強引に手を引かれ、足をもつれさせながら応えるエミリオ。


 「帽子ぃ? なんなのよそれ」


 「だからわかんないんだってばぁ~。何で帽子なのか、どんな帽子なのか、持ち主が誰なのか……レナぴょんがハグしてチューしてくれたら想い出すかもしれないけど」


 「今あんたに必要なのはハグでもチューでもなく医療よ! ほらさっさと歩く!」

 

 一部とはいえ、記憶が抜け落ちてしまっているにも関わらず、そんな軽口を叩けるとは。


 呆れと同時に、大した奴だと感心する気持ちを抱きながら、廊下の角を曲がると……こちらに走って来る、ジルとルークの姿が視界に飛び込んできた。


 「あ! いた! エミリオ! おま……何してんだよ! 勝手に医務室出てって……!」


 「皆さん探してますよ……あれ!? レナさん!?」


 やっぱり。

 慌てた様子の二人に、ため息を吐いてしまう。


 「状況を説明して? こいつは何がどうなって、こうなってるの?」 


 「あ、いえあの、説明といっても、僕もよく……。レナさん達がダイヤ・シティから帰還して、少ししたらデニス隊長達は総司令の所に行かなければという事になったので、アルマンさん達を医療隊に送って行ったんです。そしたらエミリオさんがいなくなったって騒ぎになっていて」


 「え!? アルマン君本部に戻ってきたの!? って事はマリアちゃんも!?」


 「医療隊……って事はやっぱり昏睡状態になってたってこと? いつからかしら」


 「わかんねえ。俺らもジュノが出て来たり、姉の捜索に向かったり、バタバタしてただろ。だからその間エミリオがどうしていたのか、わから」


 「ねぇねぇマリアちゃんは!? 本部にいるの!? トキミヤ隊長と会えた? てゆーかジュノって誰?」


 ああもう。話が進まない。

 

 「とにかく、さっさと医務室に戻るわよ! こいつ、記憶が消えちゃってるっぽいの! 早く医療隊員に診てもらわないと……!」


 ぐい、っと。私は少々乱暴にエミリオの手を掴んだ。

 けれど――その手はすぐさま、ジルによって振り払われてしまって。


 「レナ、お前はエミリオに触んな」


 敵を見るような目で、私を睨みつけるジル。


 「なによそれ」


 「エミリオはな、ちゃんと頑張ったんだよ。神族の夢覗いて、仲間の為に……自分の記憶犠牲にしてまで頑張った」


 ああ……。

 ジルが何を言おうとしているのか、わかってしまった。


 今、私の全身から漂っているのであろうこの香りが、ジルの怒りに火をつけたんだ。


 「ジル……約束を破っておいて、許してくれなんて言わない。でも聞いて。ウイリアム隊長の命がかかってたの」


 「は? なんだよそれ?」


 「どういう事ですか、レナさん?」


 「ちょっとちょっと! シカトしないでよ! 何が何だか分からな過ぎるよ! 俺にもちゃんと説明して!」


 ぴりついた空気を読もうともしないエミリオに、私達三人は互いの顔を見合った。


 「あ、あの、レナさんジルさん。とりあえず医務室に戻りませんか? 今はエミリオさんの事を最優先にしましょう」


 「そうね。そうしましょう」


 「仕方ねーな……」


 ルークの提案に首を縦に振る私と、舌打ちで応じるジル。


 不穏な雰囲気を拭いきれぬまま、私達はエミリオを連れて医務室へ戻った。

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