拠り所(レナ)
「……やばい。私の服まで、匂う……」
天蓋付きの大きなベッドの上に座りながら……一人、呟いた。
軍支給の黒トップスを頭からガバっと被ると、まるでウイリアム隊長に抱きしめられたように、ウイリアム隊長の匂いが広がって、思わず。
私はクオン隊長やジルのように鼻が良いわけでは無いから……これは血の匂いでは無く、香水なんだろうか?
清潔感や清涼感のレースで、力強く官能的な蜜を包み込んでいるような……良い匂い。
なんというか、大人の男の香り……的な?
いつからだろう。この香りに包まれると、動悸が始まって説明のつかない焦燥感や苛立ちに襲われて。
それでも、不快では無かった。
思えば、あの頃からすでに、私はウイリアム隊長に惹かれていたんだ。
「なんか……想像と違ったな……」
ベッドの上に散らばった衣服をかき集めて、もそもそと身なりを整えながらまた一つ、呟く。
こういう事って、ものの二、三十分で終わるものなの?
情事の後は腕枕? とかして、語らったり、まどろんだりするものじゃないの?
それで、そのまま寝てしまって気が付いたら朝。窓から聞こえる小鳥の囀りで目覚める……みたいなのが普通なんじゃ?
私は異性との交際経験皆無だし、その手の小説とかに興味は無いからよく知らないけれど。
昔、同年代の女子隊員達が、きゃっきゃ言いながら話していた内容を盗み聞いていた限りでは、そんなイメージがある。
なのに、これが現実だろうか?
羞恥心と緊張のせいなのか、あっという間に時間は過ぎて、事は済んでしまった。
隊長はサクっと起き上がって。
サクサクっと身支度をして。
『会議があるから』って、サクサクサクっと部屋を出て行ってしまった。
「これはもしや……そういう事をするのが目的だったっていう?」
これまた、同年代女子達がよくしていた話だけれど。
世の中にはそういう男がいるらしい。
性欲処理の為に、さも相手の女性を愛しているかのように振舞って、目的を遂げたら態度を急変させ、冷たくなってしまう。
最悪の場合には、体を重ねたら最後、まともに連絡が取れなくなる事もあるらしい。
けれど……隊長程の人がわざわざそんな面倒な真似をするだろうか。
ウイリアム隊長はクオン隊長ぶ、対天罰軍の人気者。
そういう事だけの相手なら、簡単に見つかるだろう。
そっけない私に何度も構って、付きまとって、愛していると連呼をして。
そうまでして私に迫ったのは……ちゃんと愛しているから……だと信じるのは、恋に溺れた愚か者の思考だろうか?
というか、どうしよう?
私は隊長と別れるって……ジル達と約束してしまったのに。もしこの事が知れたら……。
「ああ~っ……」
一人で考えても答えの出ない疑問に嫌気がさして、苦悶の声を漏らしてしまう。
こういう時、こういう事を相談出来る相手が、私にはいない。
唯一の親友であるソフィアも、いなくなってしまった。
キサラギさん……は頼りになるけれど、異性間のゴタゴタを打ち明けるなんて恥ずかしすぎる。
サラさん……は同性とはいえ、神族であるウイリアム隊長と通じたなんて知れたら、私への信頼に関わるし。
『レナさんっ』
どん詰まりの思考に頭を抱えていた時……マリアの笑顔が浮かんだ。
そうだ。マリア。今本部にはマリアがいる。
マリアなら……私の恥ずかしい所も、愚かでみっともない所も……きっと受け止めてくれる。
あれ? というか、マリアは今どこ?
今朝目覚めて、クオン隊長がいないからパニックになって医務室に行って……それから軍と神族入り乱れたカオスになって、その後ダイヤ・シティの天罰を制圧しに向かって、還ってきて……ああもう、どうして今日だけでこんなに色んな事が起こってるんだろう?
ウイリアム隊長が致命傷を負って、パニックになっちゃったから、余計に頭が混乱する。
でも、マリアはきっとクオン隊長と一緒にいるのよね?
だったらクオン隊長を探せば……あ、でもウイリアム隊長は会議があるって言ってたんだっけ。
詳細はわからないけど……ようやく対天罰部隊の幹部が集合したわけだし、クオン隊長もそこに出席してる可能性が高い、かも?
そしてさすがに幹部達の会議には、マリアは同行してないのでは?
ああでも、朝起きてクオン隊長がいないってだけで過呼吸起こすようなあの子を、クオン隊長はおいて行かない……か?
「ああ、もうっ。考えるよりも動いた方が早いっ」
私はベッドの傍らに脱ぎ捨ててあったブーツを素早く履いて、速足で歩き始めた。
「マリア……、マリア……っ」
心の中であの子の名前を繰り返し呼びながら……クオン隊長がマリアを心の拠り所にした理由が、今更ながらわかった気がした。




