処刑
あちこちに、倒壊した建物が目に付くダイヤ・シティ。
普通なら、侵略直後の町には負の静寂が訪れていそうなものだが。
今この町の住民は、かつてない程高揚していた。
「侵略者どもを出せ!」
「さっさと処刑してちょうだい!」
比較的被害の少なかった西端の広場。そこに設置された、やぐらのようなステージ。
上方からだらりと垂れさがる、五本のロープ。その下端は、輪状にくくられていて……集まった大勢の人々の視線は、そこに集中している。
「やっぱり……お前は本部にいた方がよかったんじゃないか」
来賓席……らしい、やぐらのすぐ近くに並べられた高価そうな椅子。
そこに座りながら、隣のマリアに声をかける。
「いえ、大丈夫です」
「本部でも説明したが、これに呼ばれてるのは俺達小隊長だけだ。侵略から町を守ったヒーローって事で。おっさんも、軍と侵略阻止との深い関係をアピールしたいらしい。だから――」
なんやかんや理由をつけて、退席させようとするけれど……マリアの首は縦に動かない。
「言ったじゃないですか。もう一分一秒も無駄にしたくないって。時間をくれ。なんて言ったのは大切な会議の為だと思ってたんですけど。本部の外に出るなら、離れるのは不安すぎます。すぐに戻るって言って出かけても、無事に戻って来る保証なんて無いですから」
う。
前科者の俺としては、胸に刺さる言葉。
俺の余命を知ったマリアに、遠慮の二文字は無い。
一人で抱え込んで我慢して、言いたい事も言えない……よりは安心だが。
「でもだからって……」
罪人とは言え、人が殺される現場をマリアに見せるのは、気が引ける。
「私もトキミヤ君と同感よ、マリアちゃん。ショッキングな光景だと思うし……お腹の赤ちゃんにもよくないんじゃない?」
「席を立つならまだ遅くないぞ。馬車の中で待ってろ」
「……大丈夫です」
横に並ぶサラ、デニスも口々にそう促すけれど……マリアは動こうとしない。
それを見たウイリアムが、俺の横からマリアに微笑みかけた。
「いいんじゃありませんか? こういう催しにショックを受けるのはクオンも同じでしょう? 伴侶として、痛み苦しみを共有するのは素敵な事じゃありませんか。それに、万一に備えて馬車にロザリーを待機させている事ですし」
嫌な笑顔。
もっともらしい事を言っているが……何か、企んでいるようにも見える。
「ありがとうございます」
マリアは固い表情のまま、軽く頭を下げて。
その直後、大きな歓声が上がった。
ステージ上に、侵略者達が現れたのだ。
「えっ……」
思わず、声を漏らすマリア。
無理も無い。俺も、初めて彼らの対峙した時は驚いた。
現れた五人の侵略者は……子供だった。
手首を縄で拘束され、警察関係者と思しきネイビーの制服を着た男達に、それを引かれて。強引に歩かされている。
「さっき警察の方にお聞きしたのですが、先頭の子から、十三歳男児、十歳女児、七歳女児、五歳男児、らしいですよ。あぁ、あの十三歳男児がおぶっているのは最後半年の男児との事です。可愛らしいですね、ふふ……」
青ざめるマリアに、彼らの紹介をするウイリアム。
まるでお遊戯会が始まる前かのような、楽し気な口ぶり。
「ク……クオンさん……っ!」
声を震わせながら、俺の腕を掴むマリア。
「無理ですよ。子供だろうが赤ん坊だろうが、通常種は容赦しません。彼らにとって、自分達を攻撃する血統種は脅威でしかない。そんな血統種を僕らが庇えば……軍への信頼は地に落ちますよ?」
「だからこそ……もっと早く知っていたら、私達が助けてあげられたかもしれないのに」
「あえて、今まで伏せてたんだろう。……下衆野郎が」
ステージに視線を固定したまま、低い声でウイリアムに応じる、サラとデニス。
その表情に乱れは無いが……声色から、燃え滾るような怒りが感じ取れる。
「彼らは幼い頃に売り飛ばされたらしいです。買主は彼らを見せ物にして金儲けをしたり、過重な労働をしいたり……それで皆で逃げ出して、日雇いの仕事をしながらなんとか生き延びてきたと供述していたようで」
十三歳らしい少年の背から、赤ん坊が引き離される。
と同時に響く、泣き声。
けれどその声もすぐ、人衆の歓声にかき消された。
「なんだか、泣ける話ですよね。彼らの間に血縁関係は無いようなのですが、お互いに協力し合い、励まし合って……」
壇上の子供達の首に、ロープがかけられた。
「クオンさん!」
すがるように、俺の名前を叫ぶマリア。
泣き叫ぶ、赤ん坊。
その首にロープを固定するのに、手間取っている様子の警察関係者達。
そのどちらにも構う事無く、にこにこと話を続けるウイリアム。
「でも、通常種はそんな事お構いなしです。自分達に害をなすものは、誰であろうと排除する」
「きゃああああ!!!」
マリアの悲鳴が、横から耳を貫いた。
赤ん坊にを宙吊り状態にすることを諦めた警察関係者達は結局……手にしていたロープで、力まかせに首を絞め始めたのだ。
「クオンさんクオンさん!! 助けて! 助けてあげて!!」
マリアの叫び声は、町民達の大歓声に飲み込まれていく。
赤ん坊を手に掛けられ、他の子供達も泣き叫びながら抵抗したけれど……すぐに大人しくなった。
地元警察の依頼を受けて傍に待機していた軍の血統種部隊員が、彼らを制圧したから。
そして……予定通り全員が、絞首刑に処された。
マリアは両目を手で覆い、ひたすら泣いていた。
サラとデニスは至極落ち着いた様子で一部始終を見届けていたけれど……膝におかれた拳は、血が滴る程に強く握りしめられていた。
そして俺は……今すぐに飛び出していきたい想いを、堪えるのに必死で――
「通常種は、こんな残酷な事を平気でする、恐ろしい種族なんです。あなた達が自分の人生を犠牲にしてまで……守る価値が、あるのでしょうか?」
ただ一人、穏やかな笑みを絶やさないウイリアムの声も……遠くで鳴る鐘のように、ぼんやりと頭の中で響くのだった。




