一堂
「なんだか……よ~~~~やく! って感じよね。嬉しいわ。こうして皆が一堂に会する事ができて」
対天罰軍中央区中央本部。総司令官執務室。
無駄にデカい総司令官専用の椅子に座り、存分にタメを作ってにっこりと笑う総司令。
ムカつくその顔を斜め下から見上げる。本当は真上から見下ろしてやりたい気分だが。
おっさんの机と椅子がある部分は王座のように一段高い造りになっていて。
俺やデニス、サラ、ウイリアム……対天罰部隊小隊長が座しているソファからは、嫌でもおっさんの顔を仰ぐ姿勢になってしまうのだ。
「散々のらりくらりと逃げ続けて来た奴が、よく言う」
おっさんを睨みながら、吐き捨てるようにデニスが言う。
「てゆーか一堂に会してないわよね? リチャードはどこに行ったのよ?」
サラは長い脚を組み直して、周囲をわざとらしく見渡した。
「リチャードさんは辞めましたよ。カルラが捕らえられた頃に」
「は!?」「ええ!?」
ウイリアムの言葉に、揃って驚くデニスとサラ。
俺も勿論驚いたが……そうかもしれないと思ってはいた。
リチャードが神族だとしたら、勝手気ままな行動をしても不思議では無いけれど。
そうじゃなければ面倒見のいいあの男が……仲間同士内輪揉めしているというのに出張って来ないなんて、らしくないから。
そしてきっと……退役の理由は……
「娘さんが亡くなったのよ。それで、もう軍にいる意味は無いって、さ」
おっさんの返答を受け、眉間に皺を寄せていたサラは額に手をあてて俯いた。
「……お気の毒に。まだ……ルーク君と変らない位の年頃だったのに……」
痛ましい話に、胸が苦しくなる。
「じゃあ……あいつは神族じゃなかったって事か」
「ああ、皆さんはリチャードさんの事まで疑ってたんですね。あんなに情け深い人が、大量虐殺なんて出来る訳ないじゃありませんか。僕や総司令じゃあるまいし」
今この場にいる人間の中で、唯一笑顔を浮かべているウイリアム。
そんな奴に、デニスは鋭い視線を突き刺す。
「お前らが神族になった理由や目的は……そっちの若手連中に色々聞いて把握してるつもりだ」
「そうでしたか。説明する手間が省けて助かります。ではこの場では……これからの事、に議題を絞って話し合いたい所ですが……。その前にまず、ダイヤ・シティでの天罰についてご報告しますね」
「そうね。で? 首謀者は誰だったの? そっち派? それともこっち派の人間?」
ウイリアムと自分との順に指をさすおっさんに、ウイリアムは首を左右に振った。
「そのどちらでもありませんでした。襲撃犯は血統種五名。対天罰軍関係者では無く、フリーの戦闘員のようです」
「それじゃあ……他区からの侵略って事?」
低い声で、サラが尋ねる。その顔は、真剣だ。
「でしょうね。雇い主の名前はまだ吐いていないようですが」
「おいトキミヤ、連中はどうしたんだ?」
「ダイヤ・シティの警察組織に引き渡した。天罰に無関係な犯罪者は、俺達の管理下に置けないだろう」
『まぁそうだが』と、眉間に皺を寄せるデニスは、どこか不満気な様子。
「他区からの侵略……そうよね。最近ゴタゴタしてて天罰の頻度も減ってたし……そろそろ起きる頃かなと思ってたけど」
苦笑いを浮かべ、ため息を吐くおっさん。
「世界の人々は皆、天罰に慣れてしまっているんですよ。運の悪い人間だけが被害を被る、自然災害みたいなものだと思っている。この十年休戦協定を守ってきた各区の権力者達も、ガマンの限界という事なんじゃありませんか? 対天罰軍の統治下で、くすぶったままでいるのは」
話の内容にそぐわず、平和に微笑むウイリアム。
「そう。だからこそ、今回私達軍がダイヤ・シティの侵略者を撃退した事には大きな意味があるわ」
大きな机に肘をつき、両手の指を絡め、そこに顎を乗せるおっさんの顔には不敵な笑みが浮かぶ。
「今、世界中の優秀な血統種は対天罰軍に集中している。例え誰かがフリーの血統種を使って侵略を試みたとして、軍にはそれを制圧する十分な力がある……それを示す事が出来たから、か?」
俺の指摘に、ウイリアムは一層、口の端を上げた。
「天罰への恐怖心が下火になりつつある今……軍が最も恐れるべきは権威と執行力の失墜です。休戦協定は軍の管理下で締結された。各区が軍を軽んじれば、協定なんて無視をされて世界大戦が再び始まる。そうなれば……また多くの血統種の血が流れます。それを避けたいのは我々神族だけではないと思うんですが?」
「……そうね。つまりこれから軍は、天罰だけでは無く、世界大戦再燃の抑止力としても、存在感を示し続ける必要があるって事?」
瞬きを挟みながら、総司令とウイリアムとに視線を送るサラ。
「ええ。サラさんのおっしゃる通り。軍が絶対的な力でもって、世界を治め続ける。それが世界平和の礎となります。そして軍の権威を維持するためには、暴動阻止と併せて、天罰撃退という功績が不可欠です」
「世界平和って……通常種を皆殺しにしようとしている人間の言う事とは思えないけど、ウイリアム?」
「通常種を皆殺しにしたいからこそ、戦争になったら困るんですよ。僕はなるべく血統種を手に掛けたくない。でも大戦下の戦場には、血統種も通常種も混在しているでしょう? その中から通常種だけを選んで殺すのは手間です。そういう意味で、僕は世界平和を望んでいるんですよ」
「サイコ野郎……」
忌々し気な顔でそう呟いたのはデニス。
「だったら天罰撃退なんてされちゃあ困るんじゃないか? お前も総司令も」
「そうですね。完全阻止は困ります。なので、十回中、五回位は撃退するという感じで、協力してやっていきましょう。天罰の脅威と、軍の存在意義と……双方を確立するにはその方法が一番かと」
ウイリアムの提案を受け、デニスは勢いよく立ち上がった。
「俺らに茶番を演じろっていうのか?」
「そうです。デニスさんの願いはサラさんの願いを叶える事でしょう? そしてサラさんの願いは世界中の女性の幸せを守る事。世界大戦と天罰と……どちらがより多くの女性を不幸にすると思いますか?」
「わかってないわねウイリアム。私は女の子の不幸を減らしたいわけじゃない。無くしたいの。犠牲になる女の子がゼロになる道以外は、選ばない」
珍しく苛立ちの滲む表情で、ウイリアムを睨むサラ。
「では今選んでいる道で、女性は犠牲になっていませんか? なっているでしょう? 天罰を完全に阻止出来ていないんですから。今出来ていない事を、いつかは出来るなんて信じる根拠はなんです? ないでしょう、そんなもの。あなたも本当はわかってるんじゃありませんか? 自分の願いは到底叶わないものだと」
「叶えるのが難しい事は分かっているわ。でも、叶わないとは思っていない。現実を理解する事と諦める事は、全く別のものだから」
「さすが。逞しいですね。可愛い部下の首をはねてまで、そんな風に言えるなんて」
「ウイリアム!!」
サラの傷口に塩を刷り込むウイリアムの胸ぐらを、デニスは乱暴に掴んだ。




