負の相関
「いてててて……」
ベッドに腰かけ、目を閉じながら、首元をさするウイリアム隊長。
「ロザリー、もう少し加減してくれると良かったな。君に回し蹴りされたら、いくら僕でも……」
「良かったです。お話しできるという事は、もう治癒したのですね。骨を折った手ごたえがあったので、数分間はダメかと思っていました」
そんな隊長の目の前に立ち、微笑みながら……恐ろしい事を口にするル・テリエ副隊長。
そんな二人のやりとりを、少し離れたソファーに座って眺める私。
「大丈夫ですか? イヴレフ副隊長」
「あ、はい。お助け頂きありがとうございました」
こちらへ視線を移し、心配そうに尋ねてくれるル・テリエ副隊長。
ウイリアム隊長もそれに続き、私の方へ顔を向ける。
「すいません、レナさんに怖い想いをさせているとは思わず……。僕はただ、誤解を解くには状況を再現するのが一番かと」
「ウイリアム隊長、いきなり男性にのしかかられて、恐怖を感じない女性なんていません。有事の際に備えて、戻ってきて正解でした。それにしても……人様の心情を察する事が出来ない場面が増えてきましたね? 長寿ゆえに精神的におかしくなっているのか、不老不死であっても認知能力の低下という意味の経年劣化には抗えないのか、どちらでしょう?」
可憐な笑顔でひとしきり上官を毒ずき終えた副隊長は、私に向かって頭を下げた。
「イヴレフ副隊長、うちの上官が申し訳ありませんでした。代わりに私の方から事情を説明しても?」
彼女の申し出に、私は黙って頷いた。
聞き耳を立てられていた事は、この際スルーしよう。そのお陰で助かったわけだし。
「不老不死であるウイリアム隊長の血が少しでも体に入ると、劇症的な副反応が起こるんです」
「副反応……?」
「そうですね、例えて言うなら、マグマを喉から流し込まれるような苦痛といいますか。全身が燃えるように熱く、呼吸困難に陥り、もがき苦しみ暴れまわって……」
「それで怪我をしてしまう事もあったので、僕が先程のような体勢で抑制していたんです」
「そ、う、だったんですか」
「本当は先日、ここから四区へ発つ前に血を頂こうとしたのですが……遠征任務後の疲れもあったせいか、私の方が副反応に耐えられなくなり、中断してしまって」
「そんな経緯で匂いがうつって……レナさんのお仲間のジルベルトさんに勘違いをされてしまったわけですが」
「は? ジル……?」
誤解ってなんだろう。あいつは特に何も言ってなかったけど。
「それで、今日バタバタする前にリトライと思ったのですが、早朝に隊長の私室から私が出てきたとあらば、イヴレフ副隊長が誤解されるのも当然でしたね。重ねてお詫び申し上げます」
「それはいいんですが……」
なんて、言えないほどあの時は動揺していたけれど。
事情がわかった以上、涼しい顔で受け流しておこう。
それよりも、今気になるのは……
「お二人共、そんな重要な話を私にしてしまっていいんですか?」
「構いませんよ、レナさん。対天罰部隊の小隊長クラスは、皆さんご存知ですから」
「えっ、そうなんですか!?」
「軍を立ち上げる時、その時にいた面々には伝えておいたんです。年相応の信頼を寄せて欲しかったですし、いつまでも容姿に変わりがなければ、気付かれるのも時間の問題だと思いまして」
「はぁ……確かに」
「それに、今後の話し合いに向けてイヴレフ副隊長には知っておいて頂きたかった……という事ですよね? 隊長?」
首を傾けて上官にお伺いを立てる副隊長に、ウイリアム隊長はにこやかに頷いた。
「今後の話し合いというのは……神族と軍との、という事ですよね?」
「ええ。我々としては、これから先両者が共存していく道を模索したいと考えています」
共存? 通常種を殺す神族と、それを防ぐ事を生業にしている対天罰軍が、どうやって?
「さっきも言いましたが、僕が欲しいのは普通の幸せです。家庭を持ち、子供を育てて、自然な命を全うする。そのパートナーは、レナさんであって欲しいと思っています」
「そ……れは……」
元・奥さんの前で、他の女に言っていい事ですか?
気まずくて、ル・テリエ副隊長の方をチラリと見てしまうけれど。副隊長は、全く意に介していないという様子。
「レナさん、僕は死ねないんです。ご覧のように、首の骨を折られてもすぐさま治ってしまう。そんな僕が、普通の体になるには、通常種を滅ぼすしかなくてですね」
ウイリアム隊長は少し悲しそうに、そう言ったけれど。意味がよく、わからない。
「通常種を滅ぼす事と、隊長の体と、どういう関係が?」
「通常種は血統種を虐げ続けてきた。神々はもはや、この世界に通常種が存在する必要性を感じていないんです。僕がこんな体に生まれたのは、通常種を滅ぼさせる為の、神々の意志だと思っています。その事に僕が気付くのにも、このミッションを成し遂げるにも、長い時間がかかる。それがわかっていたのでしょうね」
「ですが、それはウイリアム隊長の推測でしかないですよね?」
「そうですね。しかし根拠はきちんとありまして。十年前までは僕自身、自分が不老不死である理由がわからず、ただ長い時を生きて来たんです。ですがあの時……アルマン君の暴走に遭遇して、わかりました」
「アルマン?」
ここでなぜ、あいつが出て来るのだろう?
話が一層複雑になる予感。眉間に皺が寄ってしまう。
「私とウイリアム隊長は、偶然現場に居合わせたんです。あの暴走で、大勢の通常種が死にました。世界大戦下でも、あれだけの数が一度に犠牲になった争いは無かったでしょう。なにしろ二区の半分以上が吹き飛びましたからね」
「それでその時……僕の背が、伸びたんですよ」
「はい?」
背が伸びた? 今度は何の話が始まったの?
「つまりは、成長し、老いたという事です。背が少し伸びて、顔立ちが大人っぽく変化したんですよ、あからさまに。隣にいた私が証人です」
「ああ、そういう……え、待って下さい? じゃあたったそれだけの事で? そんな不確かな根拠を元に、通常種を滅ぼせば不老不死じゃなくなると決めてかかってるんですか?」
「実際に神族の手で天罰を下し始めてから、ウイリアム隊長の老いが進んでいるのは確かなんです。通常種の人口と、ウイリアム隊長の肉体的な年齢とが負の相関関係にある事は分析の結果、証明されている。ご存知の通り、本部のどの隊にも神族が潜んでいますので、彼らの協力を得て検証済です」
「そんな……」
事が、あるのだろうか?
通常種の根絶は神々の意志? いくら通常種が血統種を虐げてきたからといって……創造主たる神々がそんな仕打ちを、本当に?
「レナさん。信じられないお気持ちはわかりますが、事実です」
「つまり、天罰を妨害し通常種を守る対天罰軍の行為は、神々の意に反する愚行。そうはお思いになりませんか、イヴレフ副隊長?」
「愚行って……!」
今まで私達が命を懸けて取り組んできた仕事をそんな風に言われて、頭に血が上る。
「じゃあ対天罰軍は何の為にあるんですか? ウイリアム隊長もル・テリエ副隊長も軍発足に関わったんでしょう!? あなた方はどういうつもりでこの組織を作り上げたんです!?」
「それについては、この後、説明があると思いますよ」
「説明って誰から……っ」
眉を吊り上げて問い詰める私から視線を外し、壁の時計へと目をやるウイリアム隊長。
「もう九時になりますね……そろそろ、始めましょうか。ロザリー」
「はい。お声がけしてきます。クオン隊長と……総司令に」




