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神々は天罰を下す  作者: 杏みん
155/222

淡く散る

 あの日は、朝から雨が降っていた。



 『ジュノ、大丈夫? 今日はいつも以上に顔色が悪いような……』


 『……うん。ちょっと、色々あって』


 『歩けそう? 早く横になった方がいいよ』


 『マリア。俺はもう、ここには来ない』


 『え? どういう事? 異動命令が出た、とか?』


 『……違う』


 『だったら、どう……あっ、私何かいけない事しちゃった?』


 

 その後、突然された。


 唇に、チュっと。




 「それで、すぐに出て行って。その後本当に医務室に来なくなっちゃったんです」


 沈黙したままの、クオンさん。


 「私の思い違いでなければ……あの時ジュノ、泣いてたんですよね。だから、よっぽどショックな事があって、つい、私で気晴らしをしたくなっちゃったのかなぁなんて」


 まだまだ、何も言ってくれないクオンさん。


 「それ以降、総務に行く時に顔を合わせる事はあったんですけど、なんか避けられてて。それで、私の甘酸っぱい初恋は淡く散ったという感じで。次にちゃんと話したのは、数年後、中央に異動になったって挨拶をしに来てくれた時だったんですよ」


 いつまで無言でいるつもりなのかな。

 ちょっと不安になって来た時、ようやくクオンさんが口を開いた。


 「そうか……やっとわかった」


 「やっと喋ってくれた」


 かと思えば、深いため息を吐いて。


 「気の毒にな」


 「大丈夫です、慰めてくれなくても。今となっては良い想い出ですから」


 「違う。あいつがだ」


 「え?」


 ジュノが気の毒? 今の話のどの部分で、そう思ったのだろう?

 持病の件? 涙が出る程辛い事があった件?


 分かりかねて首を傾げていると、クオンさんがそっと私を抱き寄せた。


 「ど、どうしましたか?」


 「悪かった。あいつの分まで……俺が守ってやらなきゃいけなかったのに。……基地司令にされてた事、気付けなくて」


 心臓が、大きく脈打つ。


 あの暗黒の三年間。

 そして……全てをクオンさんのせいにして、真実を追求しようとしなかった自分の愚かさ。

 泥のように心にこびりついたままの記憶と感情が蘇って。


 「いえ……私の方こそ。クオンさん、何も悪くなかったのに。きちんとクオンさんに話せば……もっと早くわかり合えたのに」


 「……それはそうだな。こっちはあれだけ好意を示したんだから、少しくらい信じてくれても良かったよな」


 「だから、言ったじゃないですか。こんなに素敵な人が自分を……なんて、普通思えませんから」


 「…………お前、そういう控え目風な事を言う割に、実は面食いだよな。ソン・ジュノが初恋って時点で、かなり」


 「あ。ホントですね。分不相応とか言いながらも、クオンさんを好きになってる時点で、明らかに面食いですね」


 こんな軽口を聞いて、笑い合える日が来るなんて。

 男の人が去った後の医務室で、一人泣いていた頃には、思いもしなかった。


 「クオンさん。私、これからはちゃんとクオンさんを信じます。信じて、頼ります」


 「ああ」


 「だから、クオンさんも一人で踏ん張り過ぎず、私に寄りかかって下さいね。それでも倒れちゃわない位、私、強くなったんですよ?」


 「そうだな。サワディーでの危機も、お前のお陰で乗り切れたんだもんな」


 「あれは……アルマンやコマチちゃんや……ジル君、ルーク君あっての、ですが」


 「でも、無茶はするなよ」


 「ふふ、婚約者に心配をかけない女になってくれ……ですか? あれも、何を企んでるんだって思ってましたけど。フツーにそのままの意味だったんですね」


 「やっと、伝わったか」


 あの日貰った紅いリボン。

 それで括られた私の髪を撫でてから、クオンさんは自分の唇をそっと私の唇に寄せた。


 この温もりを、もう離さない。離したくない。絶対に。



 『一番大切なものを守る為には、自分がこれからどうするべきか、考えて欲しい』



 ジュノの言葉が心の奥で、じんわり広がって行く。


 私は、もっともっと強くなる。

 クオンさんと同じ場所から、物事を考えられるように。未来を選んで行けるように。



 「あ。これ、ジュノと間接キスですね」


 「……お前、俺が嫉妬してるの、楽しんでるだろ」


 私のおでこをデコピンではじくクオンさん。


 その不機嫌そうな顔ですら、宝物のように愛おしく感じた。

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