説得
玄関扉の隙間からちらついていただけの炎は、瞬く間に広がって行った。
その熱気に、思わず後ずさりしてしまう程。
「ダメ……っ、これダメなやつだよ! 早く!! 二人共一緒に逃げよう!」
慌ててアルマンとコマチちゃんの手を取る。
けれどコマチちゃんはその手を振り払って。
「マリアさんはアルマンと避難して! 私はきちんと皆殺しにしてから行く! 若い女の子の家に放火するなんて……やっぱりここの連中許せないから!」
相変わらず物騒な事を口にするコマチちゃんの手を、今度はアルマンが掴んだ。
「コマチ! こうなったら姉ちゃんは頑固だから! お前も一緒じゃないと避難しないと思う! ここは一旦天罰は諦めて、一緒に逃げてくれ!」
「嫌! あんな通常種、生かしておいたら血統種の害に――」
バン!!
窓ガラスが割れた。
破片が飛び散ると共に、カーテンに燃え移った炎は更に勢いを増す。
募る焦燥感と危機感に、私は再びコマチちゃんの腕を掴んだ。
「コマチちゃんお願い!! 事情は知らないけど……もしコマチちゃんにとってクオンさんが大切な人なら、クオンさんの為に今は逃げよう!? クオンさんは優しい人だから……自分を慕ってくれてる子が人を殺したり、危険な目にあったりしたら、悲しむに決まってる!」
「でも私はクオン様の為に……っ」
「クオン・トキミヤの為だっつーなら、今は姉ちゃんと子供を守れよ! 二人に何かあったらお前一生後悔するぞ!!」
姉弟揃っての、必死の説得。
コマチちゃんは唇を噛んで少しの間考え込んだ後……覚悟を決めたような凛々しい顔になった。
「もう!! 仕方ないわね! マリアさんに何かあったらクオン様に申し訳が立たないし! それ以前に、あんたがキレて世界が吹っ飛ぶかもだしね!」
コマチちゃんの意思を確認して、私達は家の外へ出た。
「姉ちゃん、あんまり走らない方がいいんじゃない?」
「体勢を低くして、ゆっくり行こう! マリアさん、かがむの大丈夫?」
私を気遣いつつ、周囲を確認しつつ……村の外れに用意したという馬車へと誘導してくれる、アルマンとコマチちゃん。
頭の中はこんがらがったままだけど、それでも……避難さえできれば、とりあえずは一安心。
……なんて考えていたんだ。その時の私は。
自分達をとりまく環境と状況が、私なんかの考えが及ばない程に複雑になってしまっている事を……知る由も無かったから。
「見つけましたよ」
突然目の前に現れた男性に、私達三人は足を止めた。
人の良さそうな、穏やかな声色。
笑ってるようにも、悲しんでいるようにも見える、細い目。
後ろで一つに束ねられた、黒い髪。
出で立ちは、前に会った時とは違う。
頭の上にあった筈の麦わら帽子が……無い。
「あなたは……っ」
ジル君の故郷で出会った親切な青年……の、フリをした神族。雷神の血統種。
恐怖の記憶を呼び起こさせる人物との再会。
私は反射的に、お腹を両手で覆い庇った。




